+  ローカル線をぶらぶらと  +


「…………どこだ、ここは」
『さあ、あっしにゃァとんと見当もつきませんねェ』
 見渡せばあちらには山、あちらには畑、あちらにはちらほらと民家、そしてもう一方の『あちら』には線路が一本だけずっと続いている。その線路はタイザンとオニシバの目の前……鄙びたプラットホームの目の前を横切り、しばらく行ったところで途切れているのだった。
「終着駅、か?」
『どうやらそうみたいですぜ』
 ほら、と指差す駅名の立て看板は、左方向のみに次の駅名が表示され、右方向は空欄だった。……ここがこの線のどん詰まりなのだ。
 朝。見ていたニュース番組を消して自宅マンションを後にしたところまではいつもと同じだった。その後最寄駅に向かい、列車に乗ったところまでもいつもと同じ。
 そして列車の中でうとうとと意識がなくなって……現在に至る。見知らぬ駅、見知らぬ風景、見当たらない人影。
「! 駅員がおらぬぞ?!」
『ああ、あんまり小せェ駅だとそういうこともあるらしいですぜ。無人駅っていうんでさァ』
 オニシバの何気ない講釈に、タイザンはしばし絶句し、
「何駅通り過ぎたんだ。いつも降りる駅から」
『さあ、あっしにゃとんと……』
「なぜ起こさなかった! これでは完全に遅刻してしまうだろうが!」
『面目ねェ。あっしもちょいと神操機の中で気を抜きすぎたみたいですぜ』
 オニシバは頭を掻く仕草などしてみせる。春の朝のうららかな日差しに、二人そろってふぬけていたらしいと気付いてタイザンはコンクリートの床を蹴った。そして携帯電話を取り出す。天流討伐部室の直通番号を選び出し、ボタンを押した。
「私だ。今日は少し遅刻する。……ああ、昼までには着くからその書類はおまえたちで処理しろ。……それくらいできなくてどうする。ああ、任せたぞ」
 寝過ごしたバツの悪さが、あえて尊大な態度を取らせているようだ。というオニシバが内心に抱いた感想も知らず、タイザンは携帯電話をぱたりとたたむと、
「仕方あるまい。幸い3月中旬並みに暖かい日になるというし、多少待たされても苦にはならん。次の電車で戻るぞ」
 木製のベンチに座って足を組んだ。確かに日差しはまぶしく、吹く風も柔らかな暖気を含んで一足早い啓蟄の節季を思わせた。目を閉じるとまた、あのうとうととしたまどろみの中に誘われてゆきそうだ。
『へい、そいつもまた粋でいいや。……ですがね、ダンナ。あっしにァあれが気になって仕方ないんでさァ』
 ん? と目を開けたタイザンに、オニシバは柱に掲示された時刻表を示してみせる。それは随分とすかすかだった。詳しく言えば、横向きに色分けされた何段もの帯、その一行おきにのみ、1つだけ数字が入っている。
 タイザンは思わず立ち上がった。大またに時刻表に寄り、
「なぜ2時間に1つしか発車時間が書いていない!」
『そりゃァ、2時間に1つしか電車がこないからじゃありませんかい』
 あまりにも当然な答えを述べるオニシバの声に、いっそこのまま無断欠勤でも決め込みたくなる。
『この景色ですからねェ。どしどし列車をよこしたところで蝶々くらいしかお客がいないんでしょうよ』
 のんびりと風景を眺める契約式神はあくまで泰然たる構えだ。タイザンは返事をする気も起きず、時刻表脇の停車駅一覧を指でたどった。この線は駅が4つ、その反対側の終着駅名はタイザンにも聞き覚えがあった。いつも乗る列車の終点がそうだったはず……。そういえば今日はたまたま一本早い列車に乗れたのだった。間の悪いことにそれが2時間に1本の、ローカル線に入る列車だったらしい。
 タイザンはしばし時刻表と停車駅一覧を睨んで考えた。オニシバが大きくあくびをして待つほどの間があった後、時刻表を叩いて身を起こす。
「もういい、待つのも退屈だ。オニシバ、この線の始発駅まで歩くぞ。2時間待つより早かろう。いや、遅くても構うものか。地流の部下どもには最近楽をさせすぎていたからな」
 オニシバは楽しそうな笑みを浮かべ、ふらふらと飛ぶ羽虫を追っていた視線をタイザンに戻した。
『おやおや、珍しいこともあるもんだ。うちのダンナが開き直っちまった』
「……うるさい。神操機ごとそこのベンチに置き去りにされたいか?」
 含み笑いのオニシバに居丈高な声を投げてやった   つもりだったが、その声もまるで暖かく一面の緑を照らす淡い日の光にくるまれているようだ。いつもの鋭さをどこかに見失い、タイザンは渋面を作って半透明のオニシバと、その向こうに広がる白と緑の風景を見渡した。目覚めたばかりの草の緑と、まだ溶け出さない雪色が山頂に残る風景だ。そしてその中にひとつ、一点透視の線路の遠くに淡い桃色が見えている。
「……桜だ。オニシバ、見ろ。桜が咲いているぞ」
『桜? どこにですかい?』
「あれだ。式神のくせに見えぬのか」
 タイザンの示す先を振り向き、オニシバは黒眼鏡の奥の目を凝らす。
『確かになにやら桜色が見えやすが……桜にゃァちょいと早すぎるんじゃありやせんかい』
「いや、あれは間違いなく桜だ。都でも里でも嫌というほど見たから見間違えるはずもない」
 そういえば自分は桜が好きだった。昔あの隠れ里で迎えた春に初めてそのことに気付き、今この寂れた鉄道の駅で改めてそのことを思い出した。それは随分と不思議なことのような気がする。
『そうかねェ……。梅じゃありませんかい? まだ雨水ですぜ』
 オニシバはまだ目を凝らし、そんなことを言っている。黒眼鏡の後ろからでわかるものか。タイザンは声に出さず笑った。
「何なら賭けるか。桜か、桜でないか」
『……へえ、こいつァ明日の天気が心配だ。きっと大雨が降りますぜ』
「なんとでも言え。賭けに乗るのか? 乗らぬのか? 自信が無いなら乗らなくて構わぬぞ」
『まったくおっかねェ、大雨どころか槍でも降らすおつもりですかい。ま、せっかくのダンナのお誘いだ。あっしァ桜じゃねェほうに賭けやすぜ。あれァきっと梅だ』
「よし、賭けたな。……行くぞ。ちょうど向かう方角だ。あそこまで行ってはっきりさせてやろう」
 そしてタイザンは歩き出した。
『ダンナ、賭けるものを決めてませんぜ。負けたら何を差し出すんですかい』
「道々決めるさ。どうせ時間はたっぷりある」
 そう宣言して駅の無人改札をくぐるタイザンに、低い笑いでのどを鳴らしながらオニシバも従う。一瞬入った影を抜け出すと、また先と変わらぬ春の光が辺りを満たす。
『いい春ですねェダンナ。節季が正しく巡ってるってのは結構なもんじゃありませんかい』
「……そうだな」
 線路沿いに歩き出すと、遠い桃色は緑の向こうに隠れ、また現れる。
 ……間違えるものか。あれは桜だ。
 胸のうちに湧いてくる期待は、多分いつもの自分には似合わないのだろう。それを承知しながらも、タイザンはもう少しだけ足を速めた。

06.02.25



フレームなしメニュー




部長はきっと列車通勤。バスはともかくタクシーは苦手なイメージです。
そして里で鍛えられた健脚でどこまでも歩けそうな感じがします。
春だなあ、と思ったらむくむく光景が浮かんで一気に書けました。
短い後日談つき