+  雅臣編  +


「おかえりなさ〜い! ご飯にする? お風呂にする? それとも    うわっ!」
 おどけた仕草で玄関先に出てきた雅臣は、顔面で掛け軸を受け止めてのけぞった。ぼこっと鈍い音がしたようでもある。
「って〜。なんだよカリカリしてるじゃないか」
「黙れ! ヒトが疲れて帰ってきたのに貴様というやつは……なんだそのセリフは!」
「昼にテレビのコントでやってたネタだよ。観覧席の客はここで大ウケだったぜ?」
「雅臣。時と場合というものを考えろ」
 目が据わっていたせいか、雅臣はわりと素直に「……はい」と応えた。
「それにしてもなんだよこれ。掛け軸? うわ、こりゃ下手にも程があるなあ。俺だってもうちょっと上手く書けるぜ?」
『そう? キミといい勝負なんじゃない?』
「キバチヨ〜、それはないだろ」
『アハハハハ、sorryマサオミくん!』
 さっき投げつけてやったナンカイ部長の書を広げ、義弟と青龍は楽しげにじゃれている。疲れているので放し飼いに決めてマフラーを外しながらリビングに入り、そして足が止まった。
「ああ、それ、誕生日パーティーの準備」
 聞いてもいないのに背後から雅臣の声が飛んでくる。リビングのローテーブルの上に、まるまるワンホールのケーキと、ファーストフードの牛丼らしき容器が二つ。
「あんた今日が誕生日なんだろ。……生まれた日がはっきり分かるなんて貴族ってすごいよな。まあ、現代じゃ当たり前なんだけどさ。
 ああ、そんなことはどうでもいいか。とにかくせっかくのあんたの誕生日だし、ケーキでもと思ってさ。あと俺オススメの特製牛丼」
「……無駄遣いするなと言っただろう」
 振り返らずにそれだけ小声で言うと、後ろから苦笑いする気配が伝わってきた。
「言うと思った。まあ確かに元はあんたの稼いだ金だけどな。本命はこっちだから勘弁しろよ」
 言いながら雅臣がてくてくこちらに近づいてくる。「ほら、入った入った」と背中を押され、ローテーブルを囲むソファにとりあえず腰をおろすと、雅臣のほうは放り出してあった自分の荷物からひょいっと細長い棒を取り出した。さし出されてそれが横笛であるとわかる。竹を削りだして作ったと見える、素朴な笛だ。
「これは無駄遣いじゃないぜ。天神町のそこらの竹林から失敬してきた竹で作ったから、元手ゼロだ。俺もけっこうたいしたもんだろ?」
「おまえが作ったのか」
 雅臣は昔ウスベニにほめられた時のような、くすぐったそうに得意げな顔になった。
「ああ、昔姉上に教わったことがあってな。まあ姉上ほど上手くは作れないが、俺としてはかなり最高の出来だぜ。……あんた昔はよく笛を吹いてたのに、この時代に来てから全然吹かなくなっただろ。ちょっと吹いてみてくれよ」
 こちらが受け取ろうとしなかったからか、雅臣はさらに「ほら」と横笛を押し付けるようにした。
 もっといい竹を使えとか、指穴がいびつだとか、おまえの前では吹いていないだけで今も時折吹いているとか、そもそも疲れてるのになぜおまえに演奏を要求されねばならんのだとか、文句をつけようと思えばいくらでもあったのだが。
 それでも、寝てるのか起きてるのかわからない目を閉じた雅臣を横において、その午後はずっと笛を吹いて過ごした。たぶん二人同じ一人のことを考えながら。
17.12.20



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