+  ショウカク編  +


「タイザン、雅臣、いるか」
 いきなり玄関が開き、顔を出したのはショウカクでした。
「おお、いたか。なかなか伏魔殿に戻って来ぬからこちらから来てみたぞ」
「自力でここまで来たのか、ショウカク」
 タイザンは驚いて吹いていた笛を取り落とすところでした。何しろここはタイザンの住むマンション、つまり伏魔殿の外なのです。来るためには鬼門から出てしばらく歩かなくてはなりません。外の世界があまり好きではないショウカクがここまで来ることなど考えてもいませんでした。
「なに、前につれてこられたときに道は覚えたからな」
 そう言ってショウカクはどこか得意げです。そういえば以前に雅臣さんにひきずられてこの部屋まで遊びに来たことがあったのでした。(ちなみにその時は、過労で寝不足だったタイザンにかなり冷たくあしらわれて、二人はとぼとぼ帰っていったのでした)
「それに、渡したいものがあったのでな……。今日中に渡さねば意味がないと言うし」
 ショウカクはそう言って布の袋を差し出しました。片手の平ほどの大きさで、中にはなにか四角いものが入ってるようです。
「なんだ、これは」
「この時代では、誕生日ぷれぜんとと言ってその者の節季に物を贈る習慣があるのだろう? オレもそれに倣ってみたのだ」
 ますます得意げなショウカクを前に、タイザンは目を丸くしました。
「よく知っていたな。誕生日プレゼントなどというものを。というより、どこで知った?」
 当然の疑問に、ショウカクは余裕の笑みで答えます。
「雅臣がよく話していたからな。今日って俺の誕生日なんだ〜と嘘をついて、『ぎゃくなん』してきた女子にぷれぜんとをもらうのが得意だと」
「……貴様そんなみっともないまねをしているのか……!」
「まっ、待て、やってないからな、タイザン!!」
 笛を握りしめゆらりと立ち上がったタイザンに、雅臣さんは顔色を失って両手を顔の前で振ります。ただでさえ財布扱い(かつ沸点が低い)の真面目な義兄には、けして知られたくないことでした。
「許してやれ、タイザン」
 鷹揚な声を投げたのはショウカクでした。
「雅臣がこの時代の話を伏魔殿まで持ってくるから、オレもいろいろと学ぶことが出来ているのだ。伏魔殿に篭りっきりとはいえ、郷に入ってはというからな」
「………そ……そうか。ショウカクとは思えぬことを言うな……」
 時代の変遷など知ったことかというように見えていたショウカクがそんなことを言うので、タイザンと雅臣さんはちょっと動揺しました。明日はきっと雨なのでしょう。
「まあそんなことを思って、これを持ってきたわけだ。ちゃんとこの時代のしきたりに合ったものを選んできたのだぞ」
 ショウカクはますます胸をはります。現代で生活している二人はちらっと目を見交わしました。
「………気持ちだけはありがたくもらっておく」
「そう言うなよタイザン、こういうのは贈ろうとする気持ちが大事なんであってな……」
 そんなことを言い合う神流の仲間二人を、ショウカクは怪訝な顔で見ていました。どうやら二人が、開ける前から突拍子もないものが入っているに違いないと決め付けていることには気付いていないようです。
「ほら、早く開けてみろ」
 せかされて、タイザンはしぶしぶ片結びを開けてみました。一応喜ぶフリくらいはしないと悪いでしょうか。たとえ中に入っているのが輪ゴム1箱とか黒板消し1つとか、おとといの競馬新聞とかだったとしても。
 固結びを解き、袋を逆さにすると、中からはぽろりと薄っぺらく四角いものが出てきました。
 チョコレートでした。
 100円ほどで売っていそうな板チョコだったのでした。
 現代暮らしの二人は一秒ほど考え、
 ……ああ、バレンタインと区別がつかなかったんだなあ……。
 そう思ってたいへん和みました。
 二人の顔に浮かんだ満足げな笑みに、喜んでもらえたと思ったらしいショウカクもとても嬉しそうです。
「……ときに、タイザン」
「なんだ」
「おぬし、ちょこれーとは一口二口しか食べられぬと言っていたな」
 そういえば昨冬のバレンタインの日、部下からもらった大量の義理チョコを抱えて伏魔殿に戻った際、ショウカクにいくつかを押し付けながらそんなことをこぼした覚えがありました。
「そのちょこれーとは大きいから、全部はとても食べられまい?」
 言われて、タイザンは少し考えました。と言っても、自分がこれを完食できるかということをではありません。ややあって、
「……ショウカク、食べるか」
 差し出された板チョコに、ショウカクは目を輝かせました。
「よいのか! かたじけない」
『ショウカクどの、独り占めはずるいぞ!』
「ちっ、聞いておったか……。まあいい、式神降神!」
「大火のヤタロウ、見参!」
 そしてショウカクとヤタロウは半分こした板チョコを2人でもそもそ食べたのでした。その様子をあとの2人は黙って見守りました。
「ふう、うまかった。誕生日ぷれぜんとというのはよいものだな、タイザン」
「……ああ、そうだな……」
 いつになく素直な笑みを浮かべ、タイザンは同意します。その横で雅臣さんも暖かい笑顔でうなずいたのでした。
 本当に、誕生日とはいいものです。


『……ダンナ、だまされてませんかい』
「うるさい、いいんだ、これで」
『…………まあ、ダンナが満足なら何も言いませんがね』
05.12.22




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