+  モズ編  +
註:陰陽大戦記コミックス3巻を先にお読みください


「タイザン部長」
 天流討伐部室の扉前で背後から呼び止められたタイザンが、うんざりしながら振り返ると、そこにいたのは幹部でも自分の部下でもなかった。やわらかい桃色の髪に鋭い目をした、平闘神士の制服を着た細身の少年だ。
 ……クレヤマさんの部下の、モズとか言ったか。
「少しお話があるのですが、よろしいですか」
 そんなことを言ってきた。他部署の闘神士が自分に何の話か分からなかったが、とりあえず「なんだ」と応じる。
「言っておくが異動の希望は私ではどうしようもないぞ。クレヤマ部長か宗家に直接言え」
「いえ、これは個人的な話ですよ。ですが内密の話なので、神操機をお部屋に置いてきてはもらえませぬか」
 タイザンは瞬きした後まゆをひそめた。
「式神にも内密の話ということか?」
「わたしも神操機を伏魔殿内捜索部室においてきておりまする」
 相変わらずの時代錯誤な口調でそう言って空のホルダーを見せる。タイザンは少し考え、
「まあ、いいだろう」
と応えることにした。自分はあんなにがんばって現代になじんだのに、なぜこいつはこんな口調で会社づとめしてられるんだろうと考えながら。
 神操機を部屋に置き、内ポケットに闘神符が充分な枚数おさまっているのを確認して廊下に戻る。
「話というのはなんだ?」
 そう水を向けると、内密の話というくせにモズは廊下の真ん中でいきなり切り出した。
「実はわたしの式神、柊のトウベエが、部長の式神を妙に苦手がっておりまする。ウサギと犬では仕方なかろうとも思いまするが、社内で部長とすれ違うたびにトウベエの耳がぺったんこにねてしまうのは哀れでなりませぬ。なんとかしてやらねばと以前から思っておりました。そこでお願いがあります。部長から、部長の霜花に、トウベエを喰わないよう言い聞かせてはもらえませぬか」
「……伏魔殿内捜索部の、モズだったな」
 一音一音をゆっくりと、低い声でタイザンは言った。
「今の部署で幸運だったな……。私の直属の部下だったら、今すぐ天流の伝説闘神士を討伐に行ってこいと命じているところだ」
「それは困ります。トウベエはその者も苦手なようなのです」
 ごく真面目にモズが返してきた。これがテレビで言っていた『不思議ちゃん』というやつか? タイザンはその白い童顔を見下ろしつつ次の言葉をさがし、
「私の式神は、いくら犬だからと言って柊族を食べたりはせん。安心しろとおまえのウサギに伝えろ」
 結局こちらもごくごく真面目に返した。『ヒトの式神をなんだと思ってる』とどついてやりたいのはやまやまだったが。
「それを聞いて安心いたしました。ですが、トウベエのほうは安心できぬやもしれませぬ。わたしはトウベエに、わからせてやりたいのですよ。いくらあのタイザン部長の式神といえど、同じ地流の式神同士。仲間なのだと」
「その『あの』はどこにかかる。私か? 私の式神か?」
「伏魔殿内捜索部の者は皆、『あのタイザン部長』と呼んでおりまする。まあそのような瑣末事は置いておきましょう。タイザン部長、これを霜花に」
 モズは白い手で風呂敷包みを差し出した。なにか結構かさのあるものが包まれているようだ。
「これはなんだ?」
「タイザン部長の式神にさしあげます。身につけるよう伝えてください」
「……犬用の服、か?」
「いいえ、犬用の服ではありませぬ」
 二人はしばらく風呂敷包みを間にはさんで無言のにらみ合いを続けた。が、そんな風に思っていたのはタイザンのほうだけだったようで、
「遠慮なさることはありませぬ。聞けば今日が部長の誕生日とのこと。これはわたしからのお祝いということにしておきます。では」
 いつもの口調で少々ピントのずれた発言を残し、風呂敷包みをタイザンに押し付けて去ろうとしたモズの腕を、
「待て」
とタイザンはひっつかんだ。
「あの素っ頓狂な衣装はいらん。もらっても絶対オニシバには着せぬからな」
 モズは一瞬きょとんとした顔になり、それからふっと笑った。
「トウベエのあの衣装は一着しかありませぬから渡せませぬ」
「では、これはなんだ」
「言えませぬ。プレゼントとは中身を教えないほうがドキドキする楽しみがあってよいのだと、カンナに言われてしまいましたのでね」
 二人はまた無言のにらみ合いを再開する。そして弾かれたようにタイザンは風呂敷包みに耳を押し当てた。
 …………モー。
 …………モー。
 …………モー……。
「では、これにて失礼いたします」
 その声にはっと顔を上げると、軽く会釈したモズがさっさと遠ざかってゆくところだった。
 手元の風呂敷からは、かすかな鳴き声が続いている。いきなりそれがもぞっと動き、タイザンは廊下の真ん中で一人びくっとした。
17.12.13




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