＋　小話７　＋


　ある春の日のこと。
　仕事を一段落させたタイザンが、食事でもとろうとミカヅチビルを出ると、正面玄関前広場の植え込みの辺りで見慣れた背中がうずくまっているのが見えた。
「クレヤマ部長？　お加減でも……」
　近づこうとすると彼ははじかれたように振り返った。その拍子に腕に抱えていたものが「ニャー」と細い声をあげながら地面に落ちる。子猫だった。さらには彼の体の陰に、数匹の子猫と親猫らしいものが見える。
「た、タイザンか。いや、ハハハ、その、ちょっと興味をひかれてな……」
　クレヤマは顔を赤くして、言い訳だかなんだか分からないものを残して足早に去っていった。
『子猫にかまうってェのは、そんなに照れくさいもんですかねェ』
「……まあ、クレヤマさんだからな」
　言いながら、タイザンはそっと子猫に近寄った。とたん、母猫が飛び起きて毛を逆立て、「フーッ」と威嚇する。子猫たちも転がるように植え込みの中へと駆け込んだ。
「………………」
　タイザンはしばらく、母猫に威嚇されながら考えた。
　と、
「おや、タイザン部長。猫ですか」
　皮肉っぽい声が背後から届くと同時に、猫たちがいっせいにそっちを見た。
「ニャー！」
　嬉しそうな声をあげ、猫たちは歩いてきたモズに群がる。
「おやおや……。動物と言うのはカンが良いものですね」
　植え込みの前に取り残されたタイザンに、優越感に満ちた視線をくれてから、モズは言った。
「……ずいぶんと猫に好かれているな」
「ええ。昔はそうでもなかったのですが、数年前からとても。野生のカンで、やさしい人間がわかるのでしょう」
「数年前……。もしかして、闘神士になったころからではないか？」
「ああ、言われてみればちょうど時期が合うようです」
「そうか」
　タイザンは深くうなずき、さっさとその場を離れた。
「確かに動物のカンとはたいしたものだな。敵と食料は本能的にかぎ分けるか」
『ダンナ、なんかひでェこと言ってませんかい』
「いや、真実を口にしたまでだ。ああ、そういえば私も食事に行こうとしていたのだったな」
　タイザンはお気に入りの蕎麦屋目指して歩き出す。振り返ると、モズはまだ猫に群がられていた。

07.4.27