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タイザン編 ＋
○月○日
今日、ついに地流に入り込むことに成功した。経歴はでっちあげだが、準備にかなり時間をかけた甲斐があって疑われることはなかった。滑り出しは順調だ。
地流宗家ミカヅチと直々に対面した時はさすがに緊張したが、ヤツも私を疑う様子はなかった。すぐに契約式神は何かと尋ねられる。
「青龍、雷火、榎、黒鉄、それから消雪です」
「……そのうちの、どれだ？」
「全部です」
あからさまに怪訝な顔をしつつ、ミカヅチが実力を計るための模擬戦闘の準備を命じた。出てきたのは腹に一物ありそうな闘神士で、降神したのは黒鉄だった。面白い、こちらも黒鉄で遊んでやろう、とリクドウを降神した。……のが間違いだった。
「貴様リクドウではないか！ ここで会ったが百年目、この一族のハジさらしが！」
「あいやフジどのー！ あれは事故です、お許しを！」
勝負そっちのけで逃げ回るリクドウと、追いかけまわす敵黒鉄。開いた口がふさがらなかったが、ミカヅチが失笑するのが耳に届いて我に返った。同時に頭に血が上った。
「戻れリクドウ！ ゆけ、タカマル！」
金属性を克する火属性で、かなり大人げなく叩きのめしてしまった。式神が交代したことに驚く地流幹部どもの顔を見る余裕もなかった。
○月○日
今日正式に辞令が下り、天流討伐部長に抜擢されることになった。やはり五行の式神を操れるということは大きな売りになるようだ。そういうことだから言動には今以上に気をつけろと連中に言ってやったら、
「昇進ですか！ そいつぁめでたい！ え〜それじゃあ昇格をネタにした小噺を一席………」
「討伐部長とは大佐くらいの階級でありますか？ それとも少将くらいでありますか」
「それもこれもまろたち５体がついているおかげでおじゃる。感謝するでおじゃるよ」
「えらくなるのもいいけど、今よりもっとあのビルに入り浸らなきゃいけないんだよね？ 僕はあんまり嬉しくないや」
「管理職になってしまうと我らが戦う機会も減るのではないか？ あまりめでたいとは思えぬ」
「分かったから一人ずつ喋れ！ 聞き取れん！」
叫んでもあの連中のうるささには対抗できなかった。以前からそうだったが、最近さらにその傾向が増しているように思える。なんだかどっと疲れた。
○月○日
連中が、せっかく五体も式神がいるんだから、みんなで力をあわせた必殺技を作ろうとか言ってきた。ミカヅチ玩具が提供している子供向け特撮番組の影響のようだが、こっちは毎日の残業でそれどころではない。そう言っているのに連中は聞かず、五重音声で必殺技必殺技と言ってくる。
持ち帰り仕事をするのもままならないので、数ヶ月前から毎週録画させられている『太極戦隊ゴギョウンジャー』のビデオを流してやったらようやく静まった。
それにしても、式神が五体そろってテレビに見入っているというのは異常な光景だ。
○月○日
なぜだろう。最近、通勤途中に柴犬を見ると無性に泣きたくなる。疲れているのだろうか。
○月○日
連中がまた必殺技を作ろうと言って聞かない。今日はビデオ攻撃も効かないようで、ビデオよりも必殺技必殺技と言ってくる。
「タイザンが忙しいのはよく知っているであります」
「だから僕たちだけで練習するからね」
「タイザンはまろたちを降神して、あとは放っておいてくれればいいでおじゃる」
「リビングでは邪魔になろうから、他の部屋を借りるぞ」
「ささ、タイザンはどーぞ持ち帰り仕事に戻ってください」
とにかく静かになればいいと思って降神し、連中をキッチンに放り込んで書類のチェックに戻った。報告書に目を通していたら不意に目の前が暗くなって、気がついた時には額に冷たいタオルが乗った状態でソファに寝かされ、霊体の五行連中と雅臣が心配そうにしているのに取り囲まれていた。雅臣曰く、遊びに来てみたら私が書類の束に埋もれて倒れているのを見つけて青ざめたのだそうだ。
「５体も式神を降神したままでいたら、そりゃあ気力も尽きて倒れるだろ。あんたもうちょっと考えて行動しろよ。俺が遊びに来なかったら、大変なことになってたぜ」
こともあろうに雅臣に説教されてしまった。すさまじく屈辱だ。
「あんまりあんたの生活まで口出ししたくないけど、少なくとも火を使う時はその場を離れるなよな。式神に火の番させて自分は別の部屋で仕事、なんてこと、もうするなよ」
そんなことを言われたが、そのときは頭がぼうっとしていたので聞き流してしまった。ペットボトルのスポーツドリンクだの土産の丼物だのを置いて雅臣が帰ったあとでようやく、今日は火など使っていなかったと気付いた。すると、
「ええっと〜。スイマセンスイマセン、もーしわけございません！」
いきなりリクドウが謝ってきた。他の連中も、
「面目ない。全て我らの落ち度だ」
「どのような処分も覚悟しているであります」
「まろの計算違いでおじゃるよ、たぶん」
「火を使ってたの、僕たちなんだ」
話についていけず、ぽかんとしていると、連中がキッチンの方へ手招きする。ふらつきながら行ってみると、キッチンのテーブルの上には手作りとおぼしきケーキと、表面が焦げた出汁巻き玉子があった。
「途中でタイザンが倒れちゃったから、ここまでしかできなかったんだ」
「他にもいろいろ、タイザン殿の好物を作る計画だったであります」
「……なんだ、これは」
やっぱり話についてゆけず、テーブルに寄りかかって尋ねると、連中は苦笑いした。
「やはり忘れていたな」
「まろがたぶんそうだと言ったとおりでおじゃる」
「自分の誕生日を忘れるなんて古典的なボケじゃツッコミにも困りますよ〜」
「……誕生日？ ……私の？」
「まあまあ座って座って！」
リクドウが椅子を引くマネをしたが、霊体では物にさわれないので、私が自分で椅子を引いて座る。連中がまわりを取り囲み、ハッピーバースデイ！と言って手を叩いた。……雅臣の青龍に毒されたとみえる。
「お腹すいてるでしょ、食べて食べて」
「昼から食事をとっていないのだから空腹でも無理はない」
「ワタシのプロデュースですから美味いですよ！」
「玉子はこげたところを取ったほうがいいでおじゃるよ、たぶん」
「ケーキは冷蔵庫に入れておけばしばらくもつであります」
そういえば確かに腹は減っていた。五重音声がうるさく言ってくるのに囲まれつつ、もそもそと出汁巻き卵を食べる。
「おいしい？」
「……ああ」
連中はわあっと手を叩いた。本当にうるさい連中だ。……出汁巻き玉子は確かに美味かったが。
それにしても。私の節季は大雪、冬だ。今の節季は秋分。私の誕生日ではない。一体誰と間違えたんだ？
……まあ、いい。些細なことを気にしても疲れるだけだからな。料理の味がかわるわけでもなし。
05.10.28
