＋　 天地宗家編 　＋


　キバチヨはこのところずっと悩んでいた。
　……ボクたち、決定的に足りないものがあるんじゃないだろうか。
「どうしたの、キバチヨ。元気ないね」
『え？　……sorry、ちょっとぼうっとしてただけさ』
　そう？　と顔をのぞきこんできた新たな契約者は、少し首をかしげて目を細めた。
「やっぱり、キバチヨ元気ないよ。ほら、すごく顔色が青い」
『……それはボクが青龍だからじゃないかな』
「あ、そっか。じゃあキバチヨは大丈夫なんだね。よかった」
　なぜか頬を染めにっこりするリクを見て、キバチヨの悩みはますます深くなる。
『リク、印を探しに行こうよ。このままじゃキミ、そこらの地流闘神士にあっさりやられてthe　endだよ』
「うーん……でもきっと大丈夫だよ。なんとなく、そんな気がするんだ」
　おっとりと微笑んだリクは、「でも、キバチヨとピクニックに行くのも楽しそうだね」とそう言って、最寄り駅の時刻表を広げ始めた。どうやら遠足気分だ。
「じゃあ明日９時ちょうどの電車に乗って出発しよう。早起きしてお弁当も作らなきゃね。それじゃもう寝ようかな。お休み、キバチヨ」
『……Good　night、リク』
　ダメだ、とキバチヨは思った。
　ボクたちには、決定的に主人公成分が足りない。熱血とか、積極性とか、燃える闘魂とかがまったくない。
　リクはおっとり天然ボケだし、ボクは軽いノリだけど結構冷静で、戦闘中でもあまり熱くならないタチだ。
　主人公コンビとして、これはちょっとまずいような気がする。

　数日後、その不安が現実のものとなった。襲ってきたのは年若い地流の白虎使いだったのだが、
「いくぞコゲンタッ！　俺たちの手で、地流の栄光をつかむ！！　うぉぉぉお　　　　　ッ！」
「ヘッ、まあ俺様に任せときな！　行くぜユーマ、印を切れ！」
　うわあこの二人すっごく主人公っぽい。キバチヨはそう思ってかなりの危機感を覚えた。
　 「ど、どうしようキバチヨ……」
　新たな契約者はうろたえるばかりだ。当然だよね、この子この間はじめて式神の存在を知ったくらいの初心者なんだから。あと印だってちょっとしか知らないし……とか考えている自分の冷静さに、キバチヨはちょっと悲しくなった。やっぱりボク、熱血タイプじゃないよね。この子も主人公性格じゃないのに。
「リク、こうなったら手は一つだ」
「一つ？」
「run away！！　三十六計逃げるにしかずってね！！　それっ！」
「わあぁっ！」
　リクを小脇に抱え、凄まじい俊足で駆けるキバチヨの背に、ユーマの声が届く。
「逃がすか！　行くぞコゲンタ！　震坎兌離！」
「必殺！　弧月拳舞！」
「……うわっ！」
　背中に衝撃がぶちあたって、キバチヨは前のめりに倒れた。地面に激突する直前にリクをかばったため契約者に怪我はなかったが、その分自分のダメージが大きい。しかし一つ地を転がった反動で身を起こし、リクを抱えたまま中空に舞い上がる。
「リク、印だ！　印を切れ！」
「印？　え、えーっと」
「へっ！　遅いぜ！」
　コゲンタの声とともに、飛鳥ユーマが印を切った。炸裂した怒涛斬魂剣を必殺技で相殺しようとした逆鱗牙が動かない。
「リク！　印を……！」
　吹き飛ばされ、キバチヨは再度地面に叩きつけられた。
「キバチヨ！」
　リクが悲鳴のような声を上げ身を起こしたのを見て、キバチヨはほっとする。少なくとも契約者は無事だ。
　………ボクはちょっと起き上がれないけどね……。ハハハ、desperate situationってやつかな。やっぱりもうちょっと主人公コンビらしく熱血能力を身につけておくべきだったな。
「へっ、勝負あったな」
　悠々と近寄ってきたコゲンタが、西海道虎鉄を肩に担いで余裕の笑みを浮かべた。リクがそんな白虎からキバチヨを守るように両手を広げ、背後にかばう。
「おいおい、人間は下がってろよ。怪我するぜ？」
　強くかぶりを振って睨みつけるリクに、コゲンタは困った顔をした。ゆっくり歩み寄ってきたユーマが冷たい声を投げる。
「構わんコゲンタ、止めを刺すぞ」
「はぁ？　ちょっと待てよユーマ。もう勝負はついてるだろうが」
「とどめを刺さなくては意味がない。逃げられたら、後でミカヅチ様のどんな障害になるかわからん。地流の栄光のためには、天流は全て滅ぼさなくてはならないんだ」
「だからってよ……。この状況でとどめってのはオレの性に合わねえっていうか……」
「それに、とどめを刺さなくては流派章の位が上がらないんだ。……俺にはもっともっと、ぱうわーが必要だ」
「…………ユーマ。……オレにはおまえがわからなくなってきちまった。おまえは何のために力を求めてるんだよ。みんなの笑顔のために力を使うんじゃなかったのかよ？！」
　It's a chance！　キバチヨはうめきながら顔を上げた。
「リク、こっちへ。仲間割れしてる間に逃げよう」
「キバチヨ！　大丈夫？！」
　血の気のない顔をしたリクが声をあげてキバチヨにすがった。それで地流の闘神士と式神もこちらを振り返る。
「行くぞコゲンタ！」
「チッ、仕方ねえ！　どいてろ人間！」
　ユーマが神操機を掲げ、コゲンタが西海道虎鉄を構える。
「……いやだ」
　リクがポツリと言った。その震える声は小さかったが、キバチヨの耳にははっきりと届いた。いきなり心臓が音を立てて鳴り、キバチヨは驚く。そして全身が熱に包まれた。
　……これは、まさか……。
「キバチヨとお別れなんて、絶対にいやだ！　一人はもう絶対に、絶対にいやなんだあっ！！」
　リクの絶叫に答えるように、火柱が天に昇った。その中を一匹の竜神が、雄たけびとともに舞い上がる。飛び散る火の粉から目をかばい、一歩二歩、ユーマはあとずさった。その目の前までコゲンタが一跳びに後退してくる。
「何だ、これは！？」
「ユーマ逃げろ！　大降神だ！」
「……逃げるものか！　この俺が倒してみせる！」
「はぁ？！　そんなこと言ってる場合か？！」
　言い合う地流一組の頭上を、竜神は唸りをあげて通り過ぎた。カタカタと震える神操機を握りしめ呆然とするリクをその前足につかみ、瞬く間に高く舞い上がってユーマたちの視界から消える。
　後には、空を仰ぎ見る二人だけが残された。
「……逃げられた……のか？」
　ユーマがぼんやりと言った。コゲンタは虎鉄の切っ先を地面に突き立て、柄に腕とあごを乗せる。
「逃げたんじゃねえよ。あの青龍、自分の闘神士を守りやがったんだ」
「………………」
　ユーマはまだ竜神が去っていった方向を見ている。コゲンタはしばらく契約者の横顔を見ていたが、やがて視線を地面に落とした。
「なあ、ユーマ。おまえのことはオレが守ってやるよ。おまえの敵はオレが全部倒してやる。だから焦るな」
「……だが、俺にはもっとぱうわーが必要なんだ。今すぐに」
「………そっか」
　コゲンタは口元でだけ笑って、あとは黙った。


「キバチヨ……なの？」
　竜神の前足につかまって、リクはそっと尋ねてみた。竜神は一つ吠えて返す。
「キバチヨなんだ……。すごい、僕たち空を飛んでるよ！」
　竜神はもう一声吠えた。みるみるうちに近付く天神町の丘、太刀花家の社の境内上空で、竜神はもう一度光に包まれ、キバチヨの姿になって地上に飛び降りた。
「いたた……」
　右手で背中をさすりながら、左手に抱えていたリクを放す。
「大丈夫？」
「リク、ボクたちに必要なものがわかったよ」
　気遣ったリクに構わず、キバチヨは勢い込んでそんなことを言った。リクの目が丸くなる。
「え？　……ああ、そうだね。僕、もっとちゃんと修行して印も覚えなくちゃ」
「そうじゃないよ、リク。ボクたちこれでよかったんだ。正直不安だったけれど、ボクはなるべくしてキミの式神になったんだってことがやっとわかったよ」
「そ……そう？」
「Of course！」
　キバチヨは高く笑った。ボクに必要とされてたのは熱血属性でも闘魂属性でもない。ストッパー属性だ。この主人公の暴走を止める役割だったんだ。
　暴走制止ならボクの得意分野だ。やっていけそうな気がする。いや、やっていけるに決まってるさ！
「リク、一休みしたらもう一度印を探しに行こう。Don't worry、きっとうまくいく。ボクに任せろ！」
　親指を立て満面の笑みを浮かべるキバチヨに、契約者はまず瞬きし、それからようやくあのはにかんだような笑顔を見せた。

05.12.31