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ヤクモ編 +
ある日のことです。天流闘神士吉川ヤクモさんは、新たな式神と契約しようとしておりました。というのも、初めて契約した式神である白虎のコゲンタと契約を満了したため、新しい式神と契約する必要が生じたからです。
今度はどんな式神に出会えるんだろう。知ってるやつだろうか。もしかしたらコゲンタと一緒に倒した式神だったりするんだろうか。そんな期待で胸を膨らましながら、ヤクモさんは闘神機を掲げました。
「式神、降神!」
がーっと音を立てて障子が現れます。その向こうから重低音が響きました。
「このワシを呼び出したのはおまえか?」
ヤクモさんの手から闘神機がこぼれおちかけました。
・ 場面1 ・
「白虎の、ランゲツ?!」
驚いてしまったのは仕方のないことですが、名前を呼んでしまったのは失敗でした。異世界との狭間をしきる障子がスパーンと開き、その向こうにはやっぱり白虎のランゲツが立っていたのです。契約成立です。
「うぬ、まさかあの小童か!」
ランゲツも動揺しきりです。ちなみに彼はこの間ヤクモさんに倒されたばっかりです。ヤクモさんにとってもランゲツはトラウマですが、ランゲツにとってのヤクモさんだって同じようなものなのです。
「まさかうぬと契約することになろうとはな……」
何しろヤクモさんは自分を倒した相手ですから、年齢的には子どもと言っても「なめるな小童! おまえがこのワシを使いこなせると思うてか!」とキレるわけにも行きません。闘神士と式神は微妙な空気の中、立ち尽くしておりました。
「……よし!」
と、突然ヤクモさんが明るい声をあげたのでランゲツはびっくりしました。
「昔は昔、今は今だ。これからよろしくな、ランゲツ」
笑顔でそう宣言するヤクモさんに、ランゲツは心底驚きました。おまえのせいでとか、あの時はよくもとうさんをとか、そういう言葉をひとしきり浴びせられると覚悟していたのです。それなのに今目の前にいる少年闘神士は、過去のことを気持ちの中でぱっきりと割り切ったようです。
「なぜワシがうぬに負けたか、分かったような気がするぞ、小童」
ヤクモさんはきょとんとして聞き返します。
「え? どういうことだ?」
「なんでもない。……そういえばうぬの名を聞いていなかったな。なんと言う」
尋ねると、ヤクモさんは意思の強い瞳を輝かせました。
「俺はヤクモ。吉川ヤクモだ!」
ランゲツはゆっくりとうなずきました。
・ 場面2 ・
さて、それから数年の年月が流れ、成長したヤクモさんとランゲツは、伏魔殿で神流とのバトルに精を出しておりました。と言っても最強の闘神士と最強の式神のコンビですから、すべてワンサイドゲームです。神流トップ2名の間では「ヤツにはかかわるな。遭遇したらとにかく逃げろ」という合意が形成されていますが、しかしそんな制止が効かない人はいるものです。今も、たまたま遭遇した大火使いと椿使いのコンビに「天流のヤクモ、仲間たちの仇め!」とバトルを仕掛けられ、2対1にもかかわらず返り討ちにしている最中でした。
「おまえたちのたくらみを話してもらうぞ、神流!」
まずは椿のカンタロウを即座に倒し、ひるみつつも闘神士へ直接攻撃してくる大火のヤタロウをかわしながら爆砕牙点穴の印を切ったヤクモさんは、闘神機がカタカタと震えているのに気付き攻撃の手を止めました。
「限界が近いか……」
その隙に、
「覚えておけ、天流のヤクモ! 必ずこの借りは返す!」
闘神符が光り、捨て台詞を吐いて大火使いは消えました。誰もいなくなった伏魔殿のフィールドで、ヤクモさんは闘神機を見つめて渋い顔をします。ゆっくりと闘気を収めたランゲツが振り返りました。
「どうしたのだ、ヤクモ」
「闘神機が、俺の力に耐え切れなくなっているみたいだ。……封印を解く時が来たか」
「零の力を目覚めさせるのか?」
この数年で時折語られた過去の話から、ランゲツはすぐに事態を飲み込みます。
「ああ。これから戦いは激しくなっていくだろうし、さらに強い力が必要だ」
ヤクモさんはそう言いましたが、内心では二人そろってこう思っていました。今のままでもラスボス倒せそうだよなあと。
「では、名落宮に向かうのだな」
「ああ。……なあランゲツ、ちょっと思ったんだが」
「……どうした」
「…………零の力を目覚めさせたら、俺たち、どのくらい強くなれるんだろうな」
「……今よりは強くなるのだろうな。それ以上は分からぬ」
「そうだよな」
ヤクモさんはそう言いましたが、内心では二人そろってこう思っていました。これ以上パワーアップしちゃったら、間違いなく天下狙えるようになっちゃうなあと。
「なあランゲツ、おまえは信頼の式神だったな」
「その通りだヤクモ。ワシは常にうぬを信頼しておる」
「ありがとう、俺も同じだ」
そう言いあいながら、内心では二人そろってちょっとどきどきしておりました。まさか相手は『天・地・神、三流派すべてをシメることだって夢じゃない』なんてこと思ってないよなあと。相手も同じこと考えてたら、自分たち本気で暴走しそうだなあと。
「……じゃ、名落宮に行くか。ラクサイ様、元気かな」
「あの老体もうぬの顔を見れば喜ぶだろう。ヒマをもてあましているようだからな」
「そうだな。何か土産でも持っていくか。……なあ、ランゲツ」
「どうした、ヤクモ」
「ラクサイ様が、零神操機開封に反対したら、どうする?」
「…………馬鹿なことを。なぜ反対されねばならんのだ」
「…………そうだよな。すまない、少し迷ってしまっただけだ」
そう言いながら、二人は内心少しスリルを感じておりました。玄武族の予知能力で自分の内心を見抜かれてたら、確実に零神操機は開封させてもらえないだろうなあと。
せめて目の前の相手には、この内心を隠しとおそう。二人はそう決意します。
「……よし、名落宮にいくぞ! 零の封印を、解く!」
「心してゆけよ、ヤクモ。零の開封は命がけだ」
「ああ。でもきっと大丈夫だ。俺たちの絆の強さがあれば。平和な時が訪れるまでがんばろう、ランゲツ」
「よかろう。うぬがそう望むなら、ワシはともに歩むまでだ」
なんとなくお互い自分に言い聞かせるようにしながら二人は拳を軽くぶつけあいました。
最強の闘神士と最強の式神によって、太極の平和は守られています。今のところは。
− 完 −
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