+  たいきょくのまつり 2  +





「ダンナ、あんまりどんどん飲むと体に良くありやせんぜ」
「うるさいぞオニシバ、ストレスがたまるんだよ管理職のサラリーマンは。こないだの健診でも精密検査に回されたし」
「すっかりミカヅチグループに染まってやすね、ダンナ……」
 すとれすとか昔は言わなかったよなあというようなことを考えていたオニシバは、ブツブツブツブツと続けられる契約者の愚痴を適当に流しながら彼の手元のビール瓶をさりげなく麦茶のペットボトルに取り替えることに余念がなかった。
 と、背後に人の気配を感じた。振り返ると天流宗家だ。じいっと自分を見ている。そこはかとない迫力を感じた。
「オニシバさん」
「へい」
「手を……見せてもらえますか」
 数秒沈黙し、チラッと己が闘神士を確認した。いない。と思ったらいたが床上30センチに沈み込んでいる。かすかに寝息も聞かれるようだ。
「……だから言わんこっちゃねえ」
「オニシバさん?」
「……へい。ところで坊ちゃん、お手、とかいうネタだったらあっしも怒りやすぜ?」
 釘を刺してみたがリクは静かに頭を振るのみ。その真剣な様子に、オニシバもつい真剣な顔になって右手を差し出した。リクはその手をそっと握り、手のひらを上にひっくり返してまじまじと眺めた。やがてため息をつく。
「ないんですね、肉球……。コゲンタにもなかった」
「……あの、坊ちゃん、あっしは犬の式神ですから」
「どうしてなんでしょうか。僕は肉球に嫌われているのかな……」
「どうしても何も。そんな傷ついた顔するようなことじゃねえと思いやすが」
 至極まっとうな意見を吐いたつもりだったが、天流宗家はさびしそうに立ち上がり去っていってしまった。途中でいいかんじに酔っているらしいサネマロにとっ捕まっていたが。
「……あっしァ悪かありやせんよね、ダンナ」
 つぶれている闘神士からはただ寝息が返ってくるばかりだ。

「よぉ」
「ああ」
 マサオミたちから距離を取ってひとり杯を傾けていたヤクモのところに、酒瓶を下げてコゲンタがやってきた。隣に腰をおろした白虎は、手酌で自分の杯を満たしてからドスっと2人の間あたりに酒瓶を置き、それからふと気付いたように、
「……おまえ、まだ17じゃなかったか?」
 ヤクモが笑って応えないでおくと、まあいいか式神の俺が気にすることじゃないだろう、という様子で酒に口をつける。
 実家が社であるために、小さい頃から面白半分の大人に神酒を飲まされて育ったようなものだ。そのたびに血相を変えた父親がかけつけてきていたのがなつかしい。
「元気か?」
「まあ、な。……ああ、とうさんも」
「……そっか」
 マイペースにちびちびと飲みながら、ぽつりぽつりと語り合っていると、いきなりひざにずしっと衝撃が来た。
 タンカムイが座っている。
 おとうさんのおひざに座る幼児状態だが、座高が意外にでかいのでヤクモの前方視界はほぼ0だ。
「タンカムイ?」
 なんとか顔をのぞき込むと、目の下を赤くしたイルカは上機嫌の様子で足をぶらぶらさせていた。もともと子どもっぽいが、酔うとさらに幼児返りするやつだったのか、とヤクモは思う。
 しかし、イルカである。皮下脂肪たっぷりで丸っこい。それが軽くあぐらをかいたヤクモのひざに座っているのだ。つまり重い。何の拷問かというほど重い。……が。
 ……重いからどいてくれって言ったら、傷つけるよなあ……。
 苦労のせいで人間のできている天流闘神士17歳には何も言えず、とりあえずできるところまで辛抱することにした。

 一方、コゲンタのほうは鋭く察していた。
 ……消雪のヤロウ、俺がヤクモとしゃべってるのが気に入らねえんだな。
 酔いも手伝って、こんな意味不明な方法で邪魔しに来たに違いない。
 もっとも、その気持ちは分からないでもなかった。自分だって、リクに「以前契約していた式神」なんてのがいて、自分の目の前でリクと仲良く話していたら面白くないだろう。
 そこまで考えてはっとした。やべ、今俺がやってるのその逆じゃねえか。あわてて現在の契約者を目で探す。涙目で見ているのと目があったりしたら全身の血がひいたろうが、幸いなことに天流宗家はよそを向いていた。キバチヨと2人、サネマロの演説を聞かされているらしく、しかもなぜか2人して正座だ。なにやってんだあいつらと思いつつ、ひとまずほっとしたところへ、
「僕はね、水が好きなんだ」
 突然消雪が言った。内容からして自分への言葉だろうと思い、
「ああ」
 とりあえずあいづちを打っておく。で、なんだよ。そう思ったのだがタンカムイは何も続けず、にこにこと足を振っている。しばらく待ち、数分の沈黙をはさみ続きはないと判断して「モンジュは……」と言いかけたらさえぎられた。
「水がね、すごく好きなんだ」
「……ああ」
 数分の沈黙の後、
「なあヤクモ、」
「特にね、冷たい水が大好きなんだ」
「……」
 コゲンタのほうもだんだんとがまん大会が入ってきた。

 その契約者のほうは、隣のキバチヨをがまん大会にしている演説に、素で感心しつつ聞き入っていた。
「なるほど……。ラーメンはスープが命なんですね。知りませんでした」
「その通りでおじゃる! ただたくさんの材料を入れればいいというものではないでおじゃるよ。よーっく覚えておくでおじゃる」
 闘神士に必要な知識じゃないよね…。キバチヨはそう思ってひたすら耐えていた。さっきまではマサオミと楽しく飲んでいたはずなのに、いつのまにこんなよく分からない演説にがっちりロックオンされてしまったのだろう。何度も逃亡を試みているが、そのたびに目ざとく「まだ話は終わっていないでおじゃるよ!」との声が飛んで動きを封じられる。ここまでなにかに圧倒されたのは何百年ぶりだろう。と、見慣れた白い上着がふらりふらりと近づいてくるのが目の端に映った。
「ガ……マサオミ!」
 天の助け。安堵のあまり本名を口走りそうになりながら己が闘神士を呼ぶと、気付いた彼は「おー、キバチヨ〜」と笑いながらふらふら寄ってきた。
「いやー、参った参った。イソロクと楽しく丼物の話をしてたんだけどさ、いきなり泣きが入っちゃってさ、泣き上戸は困るよねえ。おっ、みんなして仲良く何を話してるんだー?」
 一番困るのはからみ上戸だよ…と心の底から思った。とにかくそのからみから逃れなくてはならない。そう考えたキバチヨが「あのさ、」と何でもいいから話し掛けようとしたとき、
「丼物でおじゃるか! まろも一家言あるでおじゃるよ!」
 サネマロがいきなり食いついた。マサオミも手を叩いて「おおっ、いいねえ!」と乗ってくる。同好の士を見つけたとばかりに満面の笑みで、
「やっぱり牛丼は最高だよねえ。俺の成分の半分は牛丼でできてるんだ」
「牛丼? 何でおじゃるかそれは。そんな庶民の食べ物より、通はマグロ丼でおじゃるよ」
 あ、空気凍った。キバチヨがそう思った通り、
「……今、なんと言った? 牛丼を……馬鹿にするつもりか?」
 マサオミの目の色が変わっている。右手にはしっかり闘神符が握り締められ、背後にはめらめらと炎が見えた。
「マサオミさん! ケンカはよくないですよ!」
「……いいからさ、あっち行こうよ」
 これはガシンのためなんだ。天流宗家にだけはまだ正体を悟られてはならないんだから、妙なことを口走る前に僕が宗家を引き離しておかなきゃならないんだ。そう理屈をつけ、キバチヨはリクの上着を引きずってそそくさとその場を離れた。言い換えると、己が闘神士を軽く見捨てた。

05.5.31



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僕はね、ダメなタイザンが好きなんだ(タンカムイ風)。
というわけでまだ素の部分があんまり出てないのにこんな扱いな地流幹部(仮)。
くり返しますが、お酒はハタチになってから(またしてもいまさら)