+  たいきょくのまつり 3  +





「みな酔っているでありますな」
 そう言ったのはキバチヨの同属である青龍のブリュネ。その横では赤銅のイソロクが芋焼酎のビンに埋もれて座っている。片手にほぼ空の一升瓶を持った彼は誰にともなくぶつぶつと何か言い聞かせているが、ブリュネがそれを聞いていないことには気付いていないらしい。
「ボクは酔ってないよ」
「僕も…。お酒は飲んでいませんから」
 いや、さっきキミが飲んでたの酒だから。キバチヨはそう指摘しようとして止めた。どうもこの天流宗家には勝てる気がしない。
「ブリュネさんも酔ってませんよね」
 リクが言うとおり、ヤクモの青龍の顔には酔いの影一つ見えなかった。だからこそキバチヨはこちらにやってきたわけなのだが。
「酒は飲んでも呑まれるな、というであります。それに自分には闘神士を守る任務がありますから」
 びしっと姿勢を正した軍人口調は、いつものキバチヨなら「固いなあ」で片付けただろうが今は何よりありがたかった。そうそう、呑まれるやつは飲んじゃだめだよ、と深く同意する。
「すごいですね。じゃ、ブリュネさんは酔ったことがないんですか?」
 素朴な疑問を投げかけたリクに、ブリュネはばつが悪そうな顔をした。
「自分も酒自体は好きでありますから、時折過ごしてしまうであります。そうなると悪いクセが出ると指摘されたことがあるので、それで気をつけて飲み過ぎないようにしているであります」
 リクとキバチヨはそろって首を傾けた。
「悪いクセって?」
「自分はキス魔になるそうであります」
 ものすごい勢いで距離を取ったのはキバチヨだけで、リクは平然と「へえ、そうなんですか」と返している。
「それだと、周りの人がびっくりしちゃいそうですね」
「まったくであります。飲んでも呑まれぬようにしなくては。……ところで」
 ふとブリュネがリクのほうを見た。上から下まで眺め回し、
「時折思うでありますが……ニンゲンの肉というのは、実においしそうでありますな。……右手か左手か、一本味見させていただくわけにはいかないでありますか?」
 キバチヨはとりあえず凍った。こいつ酔ってる。そう思った。そして、
「右手か左手か……ですか? うーん……、1本ずつしかないしちょっと困るかもしれません」
 真顔でそう返す天流宗家に愕然とする。彼も酔っているのだろうか。キバチヨには分からなかった。が、自分だけじゃなく世界中の誰にだってわからないだろうというヘンな自信もあった。
「ちょっとだけでもよいのですが。そのはしっこのところだけでも」
「はしっこだけですか……。うーん、はしっこだけならどうかなあ……」
「あ、あのさ」
 自分の腕を見つめ真剣に悩んでいるリクと、期待を込めた目をしているブリュネにおずおずと声を掛ける。
「キミ……今のそれ、他の闘神士にも言ったの?」
 ブリュネは一つ二つ深くうなずいた。
「ニンゲンは……いや、そう言う言い方は失礼ですな、ヒト科の動物はどれもこれもおいしそうに見えるでありますからな」
「ヒト科の動物のほうがアレだよ。じゃなくて、あの怖いヒトにも?」
 ブリュネの闘神士を指差そうとして、彼が見当たらないことに気付いた。しかしブリュネにはすぐ伝わったようで、
「顔洗って酔いを醒ましてこいと冗談にされてしまったであります」
「冗談じゃなくド本気だよ、その一言。よく粛清されなかったね」
「はっはっは」
「あのね、今のも冗談じゃあないから」
 キス魔じゃなくってもっと違う言葉を言われたんだろうとなんとなく察した。誇り高き青龍族がこれかいと思うとなんだか泣きたくなってくる。
 ガシン何とかして、と自分の闘神士を見ると、どのような経緯があったのか、マサオミとサネマロは互いに涙を流しながらがっちりと握手を交わしていた。駄目だ、声はかけられない、確実に2人がかりでからまれる。ブリュネの闘神士ならばと目で探したが、消雪と白虎がいるばかりでやっぱり見当たらない。ところで消雪が何かに座ってくつろいでいるようだが、あんなところに座椅子があったろうか。
 

 座椅子こと吉川ヤクモはかなりつらい時間を過ごしていた。
 重い。本当に重い。時間がたつにつれさらに重くなってくるような気がする。子泣きじじいだったのかこのイルカは。…なつかしいな子泣きじじい。何も知らない小学生の頃、よくあのアニメ番組を見たっけ……。
 微妙に現実逃避が入って来た天流闘神士のひざの上では、消雪のタンカムイが相変わらず上機嫌で足をぶらぶらさせていた。
「それでね、一番好きなのは海の水なんだ」
「……はあ」
 コゲンタとしてはいいかげんこのイルカの相手をやめたいのだが、父親……つまり先々代の契約者モンジュのことを聞きたいのでヤクモのそばを立ってゆくわけにも行かず、しぶしぶあいづちを打っていた。それに気付いているのかいないのか。相変わらずものすごい間を取ってからタンカムイが問うた。
「キミも、水が好き?」
「いや、別に」
「! 馬鹿…っ!」
 なんで適当に調子あわせないんだ、と声をあげかけたのはヤクモだったが、時すでに遅し。タンカムイが顔色を変えた。
「水が嫌いなの? 水は全ての命の源なんだよ? キミの闘神士だってボクたちのヤクモだって、水がなきゃ生きていけないんだよ? 2人が干上がってもいいって言うの?」
 さりげなくボクたちのとか言いやがったな消雪、とかコゲンタがしっかり突っ込んでる合間に、タンカムイは駄々をこねるように手足を振り回した。ひざに座られてるヤクモとしては重いどころではない。痛い。
「水がなかったらヤクモもリクもみんな死んじゃうんだよ? その方がいいって言うの? キミはひどいやつだ!
 リク! リク!」
 自分の名前を聞きつけて振り返った天流宗家に、タンカムイは憤然と言い募った。
「キミの白虎、キミなんか死んじゃってもいいんだって! ヤクモが死んでもいいんだって! 人間なんかみんな滅びちゃえって思ってるんだって!」
「待てぇ! んなこと言ってねえ!」
 叫んだコゲンタは間に合わず、リクの顔がさっと青ざめる。
「そうだったの、コゲンタ……」
「ちがう! 誤解だ!」
 必死で叫ぶがリクの顔色は変わらない。泣きそうな顔でうつむいてしまった。
「人間のこと……好きじゃなかったんだね。ごめん、僕気付かなくて……」
 ああ、この子やっぱり酔ってたんだなあとそばにいたキバチヨは思った。しかしテンパりまくりのコゲンタにはそれに気付くだけの余裕もなく、
「そうじゃねえ! 俺が言いたかったのはだな、えーっと、だから、」
 あまりの展開にもともと何の話だったか頭から飛んでいる。口ごもるコゲンタの姿に、リクの肩が震えだした。
「ごめんね、コゲンタ…。今までありがとう。さよならっ……」
「あっ待て、おいリク!」
 乙女走りで駆け去った宗家のあとを追って白虎も一同の視界から消え去る。まあ一同といっても正気を保っているキバチヨとヤクモとオニシバ、一応周りが見えているタンカムイとブリュネの5人だけがその背を見送っただけだが。マサオミとサネマロはいまだ泣きながら語り合い、あとの連中は完全につぶれている。
 ふー、と息を吐いたタンカムイは一件落着とばかりにヤクモにもたれてくつろいだ。
「なんだかどっちも大変だねえ」
「……行って今すぐ謝ってこい、タンカムイ」
「え? どうして?」
「理由はしらふに戻ったら教える。とにかく今すぐ謝ってこい」
「……はあーい」
 珍しくドスのきいた契約者の声に、しぶしぶ立っていったイルカは軽い足取りで2人の消えたほうへ歩いてゆき、ややあって戻ってきた。
「なんか仲直りできたみたいで幸せそうだったから、邪魔せずに帰ってきちゃったよ」
 闘神士は頭を抱えたが、キバチヨはうんうんとうなずいていた。そうなると思ってたよ、僕は。


「はい…すっごく調子悪いそうなんです……はい、ええ、一応薬飲みましたから大丈夫だと思います…はい、はい、じゃあお願いします。はい、失礼します」
 通話を切ったリクはたたんだ携帯電話を所有者の方に差し出しながら、
「有給使っていいそうです。ゆっくり休みなさいって言ってました」
「お手間とらせやした。ちなみに、誰が出やした?」
 本人の代わりに受け取りながらオニシバが尋ねる。リクは小首をかしげ、
「オオスミさんっていう女の人でした」
「よりによってあの人ですかい。ダンナ、明後日は覚悟しといたほうがよさそうですぜ」
 ぐったり寝込んだタイザンは応えない。頭が割れそうに痛いのだそうだ。だからってミカヅチ本社への欠勤連絡を天流宗家に入れさせるのはどうかとオニシバも思ったのだが、式神の自分がかける訳にもいかないし、一番妥当なマサオミは面白そうににやにやするばかりだし、神流が仇敵と定めているヤクモに頼むのは問題がありすぎるとなるとリクしか残っていなかったのだ。
「ダンナ、どうしやす? 一応ヤサに帰りやすか? それともここでしばらく寝ていきやすかい?」
 隠し社の木の床で沈没しているタイザンはやっぱり応えない。先ほどこの社の鬼門へとみんなで帰ってきたばかりである。マサオミは牛丼の特売がとか言いながら走り去ってしまい、イソロクは例の出撃基地へと戻り、この機会に一度家に戻るというヤクモはちがう鬼門から帰っていった。残ったのはリクとコゲンタ、そして沈没中のタイザンとオニシバだけだ。
「しかたねえなァ、ダンナ。よいせっと」
「あの、僕も手伝います」
「要らねえよ。帰るぞ、リク」
 コゲンタが引っ張る。オニシバも引き止めなかったので、彼らをそこに残してリクたちはぼろアパートへの道を取った。
「ったく、何だったんだかなあ……。地流のヤツはいるし、どいつもこいつも酔っぱらいになるし、ヤクモとは全然話せなかったし……」
 ぼりぼりと頭をくコゲンタに、
「でも楽しかったね、コゲンタ」
 リクは無邪気な笑顔を見せる。数秒沈黙してから、
「……そうかァ?」
 コゲンタは吐息をつくことしか出来なかった。

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オニシバの口調がどんどんおかしくなってゆく……。
そしていつのまにかあのキバチヨが突っ込みかつ進行役に。
そういえばみんなごく普通のことのように降神状態でした。
くり返しますが、お酒は(以下同文)