+  たいきょくのまつり 1  +





「いやあ、いい時代だねえ〜」
 杯の水面に桜を映しながら大神マサオミは満足げな声を上げた。
「昔はおいしいものと酒をそろえて花見なんて、そう簡単にはできなかったからねえ」
「昔……ですか?」
 不思議そうな太刀花リクに、「いやいや、俺が小さかった頃ってことね」と付け足す。素直なリクは「へえ」と納得したが、
「おまえ、やっぱりトシ嘘ついてやがるだろ? 本当はいくつだよ。20か? 30か?」
 ここぞとばかり白虎のコゲンタのほうが追及してくる。
「あっはっは、もう酔っぱらってるやつがいるねえ。絡み酒は嫌われるぞ、コゲンタちゃん?」
「誰が『ちゃん』だ!」
 ああ、うまいことはぐらかしたなあ……と思ったのはキバチヨだ。しかし口に出さず、マサオミと一緒に笑っておく。それによりますますカッときたコゲンタは、2人の思惑通りわめきちらしてさっきの話題を忘れ去った。この辺の呼吸のよさは長年の絆のなせるワザだ。
 ごほん、とせき払いの音がして、みなの視線がそちらを向く。控えめな方法で注意をひいたのは吉川ヤクモ。今日はマントなしの普段着だ。横目でマサオミを見つつ、
「どうしても理解できないんだが、俺たちはこんなところでほのぼのしていてもいいのか?」
「同意したくはないが、その意見には同感だ」
 反対側から言ったのは地流の天流討伐部長タイザン。後ろに霜花のオニシバがついている。ちなみにヤクモの後ろにも5人ほどいておかしくないのだが、今いるのは雷火のタカマルのみで、サネマロとリクドウとタンカムイは伏魔殿の花畑に軽くハイになってはしゃいでおり、その3体をブリュネが学級委員のごとくやっきになって統制している。
 伏魔殿の中層、花の咲き乱れるエリアである。芝の上に座って杯を傾けつつ、マサオミは楽しそうに笑った。
「まあまあ細かいことは気にしない。今日は百年に一度の闘神士無礼講祀りなんだからな!」
「へえ、そんなのがあるんですか」
「うんうん。せっかくだしみんなで無礼講を楽しもうと思って、俺から連絡のつくやつを集めてみたんだ」
 ……○年闘神士やってるが初めて聞いたぞそんなの。
 天流と神流のベテラン2人は同時に思った。
「名前はアレだけどこれは太極神が決めた神聖な祭りだからな、敵対行動とったらばちが当たって式神が名落宮に落ちるぞ」
 受けた衝撃も同時だった。
 限りなく嘘くさいが、己が式神を危険にさらしてまで試してみる勇気は誰にもない。ヤクモは異議を引っ込めて黙り込んだが、タイザンのほうは方向性を変えてなおもつっかかる。
「……だからって酒とつまみが並んでいるのはどうしてだ? 私以外全員未成年(一人自称)だろう!」
「まあまあ細かいことは気にしないでごわす。今日は無礼講」
 横からぬっと現れたかぶと虫に「うわっ」という声がもれた。赤銅のイソロクはその手に芋焼酎のビンをさげ、どすどすと一同の輪を抜け真ん中に座り込む。
「さ、一献」
「おっ、悪いねえ」
 さっそくマサオミと酒を酌み交わし始めた。
「……メカはオイル飲むものと思ってたのに」
 ヤクモがつぶやいた言葉に思わずうなずくタイザン。ちょっとだけ心が通じ合ってしまった。と、そんな2人に天流宗家が笑いかける。
「ヤクモさん、たまにはこういう日があってもいいと思うんです。流派同士戦ってばっかりで、こんな機会なかなかないし。タイザンさん、地流のお仕事大変ですよね、今日くらいはゆっくりしてください」
 必殺無意味にほほ染めスマイルの前には敵も味方も毒気を抜かれるしかない。というわけで奇妙かつばらばらな宴がなんとなく始まった。

「そういえばマサオミさん、ソーマくんとナズナちゃんは呼ばなかったんですか?」
 尋ねると、マサオミは空になったリクのガラスコップにオレンジジュースをつぎ足してくれた。
「お子さまは遠慮してもらったよ。ほら、酒もあるだろ?」
「リクだって二つしか変わらねえだろ」
「主役がいなきゃ始まらないじゃないか。なあキバチヨ?」
「そうそう!」
 そろってけたけた笑うマサオミとその青龍。そこへ、
「おっ、盛り上がってますな!」
 クワガタムシが仲間を連れてやってきた。分かりやすく言うとヤクモの式神たちが押し寄せてきたのだ。コゲンタはげんなりした様子であっちへ行ってしまった。
 タンカムイなどさっそくイソロクのそばに座り込み、酌など受けている。くいーっと一息。
「こりゃいい飲みっぷりだねえ!」
 マサオミが手を叩いた。ぷはーっと満足そうに大息を吐いたタンカムイは杯をリクに差し出した。
「キミも飲む?」
「いえ、僕は未成年ですから」
「じゃ、これを飲むといいでおじゃるよ」
 サネマロが瓢箪からそそいだオレンジ色の液体を一口のみ、「あ、これおいしいですね」とリクは嬉しそうだ。サネマロは妙ににやにや笑っている。
「ところで」
 妙にきっぱりと接続詞のみを口にしたのはタカマルだ。手にした杯をごくりと飲み干し、
「あの白虎とは昔の話などなさるのですかな」
 妙にきっぱりと唐突な疑問を続けた。いきなり何を単刀直入に、いや婉曲なのか?と仲間たちは混乱したが、素直なリクは小首をかしげて「コゲンタと……ですか?」と言った。
「あまりしないです。僕、歴史そんなに得意じゃないから……」
「そこまで『昔』の話じゃないと思うよ」
 タンカムイの突っ込みにリクは不思議そうな顔をする。どうやら素だ。
 タカマルはもう一杯飲み干した。そして、
「するとあの白虎は、特にそういった話はしないと。その、昔の」
「しないんです。この間も歴史の宿題を手伝ってって頼んだんですけど、式神は人間の事情には立ち入れないとか言って断られてしまいました」
「なるほど、昔の話はしない、と」
「ずれてるよタカマル、分かる?」
 タンカムイの忠告を聞いているのかいないのか、タカマルはまたぐいっと一杯飲み干した。
 そして唐突に倒れた。
「うわあっ、タカマルさんっ?」
「つぶれたでおじゃるよ、多分」
「いつもながら心臓に悪いつぶれ方でありますな」
 焦ったのはリクだけで、他の式神たちは平然と宴を続けている。どうやらこれが普通らしい。
「ところで赤銅、そちの闘神士はどこでおじゃるか? それらしい人間が見当たらぬようでおじゃるが」
 サネマロがイソロクに尋ねた。そういえばテルさんの姿が見えないなあ、とリクはようやく気付く。イソロクは既に酔いが回っているような声音で、
「テルは欠席でごわす。ナズナどのが来ないなら自分も行かないと言ったでごわすよ」
 あ、やっぱりそういう人なんだ〜。という空気がうっすらと流れた。そんな中リクだけがごく自然に、
「じゃあやっぱりナズナちゃんやソーマくんも呼べばよかったですね。ジュースもサネマロさんが用意してくれていたし」
「おおっ、それはジュースでしたか! ワタシ、甘い飲み物に目がないのですよ」
 飛びついたのはリクドウだ。やっぱりクワガタだからなあ、とはみんな口に出さなかった。
「味見してよろしいですか?」
「どうぞどうぞ」
 ジュースをもらったリクドウはほくほく顔で一気に飲み干し、
 そして唐突に倒れた。
「うわあっ、リクドウさんっ?」
「ど、どうしたのリクドウ?」
 リクとタンカムイが驚く中、
「つぶれたでおじゃるよ、たぶん……」
 サネマロがボソッと言った。リクにこれを飲めと勧めた張本人だ。
「つまり、クワガタくんが飲んだのは……?」
 マサオミが苦笑いで言うのにこくりとうなずく。リクは驚いた顔になった。
「……ジュースでつぶれる式神もいるんですね。僕もコゲンタのこと気をつけてあげなくちゃ」
 ……素直だなあ。そんなんだからガシンにころっとだまされちゃうんだよ?
 微妙な空気が流れる中、キバチヨはひそかにそう思った。

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つづきます。
……お酒はハタチになってから(いまさら)
自分、ほんと宴会ネタ好きだなあと痛感いたしました。