中部産業遺産研究会
The Chubu Society for Industrial Heritage


■新金谷の産業遺産(大井川鐵道施設車両区にて)

白井:ここで水処理が問題となりますので、ここで水をイオン交換樹脂で軟水化して、タンクの中へためておいて、それを機関車の水槽にいれておいて、さらに水槽へ入れてから錆缶剤という化学薬品を水槽の中へほりこみまして、酸性度の加減とか、溶解酸素を減らすとかの処理をしています。大体、ヨーロッパの水よりは日本の水は柔らかいのでいいのですが、そのへんの因果関係が非常に難しいんで、ボイラの釜の腐食がかなり進んで、缶圧を下げなければならないとか、もっとゆけば使えないとか、そういった心配があって次の機関車を持ってきたわけですが、それがどのくらい錆缶剤とか水処理によって延びるかと、いうと、あまり定量的な計算はできていないわけですね。少しでも寿命が長いようにやると。煙管については水が悪いときは板圧が減るのではなくてピンホールで開いてやられるんですね。本数が少ないときは、煙管の両方に蓋をしてつめてしまって、伝熱面積が少し減るわけですが、機関車はほとんど影響無いわけですよ。100本くらいありますので、2〜3本つぶしても。普通に考えれば2〜3本いかれれば、同時に新品にしているんだから、ほかもみんながたがたっとゆくと思われるんだけど、必ずしもそうじゃないですね。2〜3本いかれたら、殺して使っていれば、また2〜3年使えたとかね。
そういうこともありますので、電気機械みたいに計算尽くへのらない。
それから、向こうの石炭は豆炭と自然の塊炭と2種類使っています。豆炭はベトナムのハノイ炭が主体です。これは非常に高いのですね。ですからブレンドで安い中国炭とかブレンドして、そうすると質がばらつくんですが、配合が均等になるように相当沢山のローストで何百トンという単位で豆炭化する。向こうの塊炭はオーストラリア無煙炭の一番良いものです。それから日本の石炭は高くて全然使い物にならない。ベトナム炭は一番良い。戦前はお召し列車だけでだったですね。ものすごく要求が難しくてね、点火が良くて火持ちが良くて、灰の状態が固まらずにさらさらで、途中で粉で舞ってゆくことが少なくて、勿論カロリーが高くて、たまに少し練炭でも安いやつを多く入れると、すぐに沿線火災とかね、山林火災で補償を申し込まれて、まだ交渉しているのもありますがね、大変な損害になっちゃうんですね。ですからそうならないぎりぎりのところの値段、これと塊炭は約半額なんですね、それと2:1くらいに混ぜて使ったりしてね。これから山火事のシーズンですね。汽車が通ってすぐに火事にならないわけですね。どこかへ入って埋め火で、1時間とか2時間とかたって、だんだん広がってばあっと燃える。あんまりそれを何回もやると、前の九州みたいに、当然県の消防からは運転差し止め命令というのが出るのですね。命令ですから。

天野:大井川鐵道ではそういうのは無かったのですか?

白井:無かったですね。無いようにやっているわけです。今でもちょっと手を緩めれば、そういった危険があるわけです。材料から機関士の釜焚きの焚き方ね。

天野:結構火の粉は出るもんですか?

白井:戦前なんかは夜見て、煙突から火が出ているというくらいでした。それが石炭の材料でした。

橋本:いずれにしても消防がうるさいんですね。

白井:あとは煙は環境部、これが消煙管ですね。
これは点火用の焚き物ですね。昔は枕木を使っていましたが今は大井川は木が多いのでほとんど無償で持ってきてくれるんだね。ただ、これは旧式であって、本当は点火は油ブローでやって方が良いのですが、これは危険をはらんでいて、濃い煙が出る可能性があるんですね。そうすると、この近所の洗濯物を汚すと。

【C11227を見ながら】

▲メタル焼けを拾うためのサーモグラフ
白井:これがメタル焼けを拾うサーモグラフです。温度が変わってくると色が変わります。多分、色が変わったのを見つけたときは手遅れですね。気休めですね。やっぱり降りてせっせとさわって自分で確かめると。これはね、やっぱり機関士のレベルが落ちちゃって困っているんですが。相当メタルが焼けて軸に傷が入るくらいになってやっと見つけるというようなあれで、昔に比べると非常に程度が悪くなったと。困っておるんですが。ちょっと大井川鐵道のダイヤがきつすぎると言う点があるのですね。もうちょっと昔みたいに途中でゆっくり止まって、降りて全部拾ってゆけば早期発見できるかもしれんですが、どっちがいいのか一つの課題ですが、今では降りてこんなことをやっている暇はないですね。千頭まで行っちゃうと。いっぺんやったときには、もうメタルの軸受けのスパットも火がついて燃えているという状態。一つはにおいというのが大事で、絶対にわかるはずなんですね。焼けてくる前にね。逆ににおってくるはずなんですね。その辺が電車になって、故障が無くなったんですね。昔はしょっちゅう焼けたんだけど、めったにやけないもんだから。電車だとコンピューターのリレーで補うことができるんですね。

▲C11227の機械式速度計
白井:これが機械式の速度計ですね。スイスのテロックというところが開発して、日本の機械メーカーが真似して作った。こういう風に機械的に回転数を微分して速度にすると。
はじめはスイスから輸入していたんだけど、そのうち、昭和はじめくらいからは国産で作りました。まあ、以前は電気式の速度計はいい加減だと、特にアナログですからね。これはデジタルですからこれは正確だと。戦前は電車にも速度計は一切無かった。機関車は速度計があった。機関車は格が上だった。もっとも電車の運転手も速度に関しては正確でしたね。速度計を付けてもはじめはベテランの運転手はそんなものはいらんと。俺の方が正しいというくらい自信を持っていました。大井川鐵道にも速度計の無い電車も走っていますよ。しらさぎとか。運転手の勘で。

橋本:いつごろから速度計が付き始めたのですか?

白井:大正末くらいにAmerican Locomotiveから導入して。そのころに新式の発電機とかね、発電機とか無かったんですね、大正末に電灯を付けたり、もちろん前は石油ランプで、速度計を付けたり、近代化がはじまったわけですね。

橋本:日本の電車に速度計がつきはじめたのは?

白井:昭和30年代くらいじゃないですか。

【工場内へ入って】
白井:それから、めがねとかスパナはもちろんインチサイズですが、普通では無いような特殊などこそこへ使うよと。これは大事な商売道具で、多分、もう作ってもらえないものもあります。

▲蒸気機関車をメンテナンスするための特殊な工具が含まれる

▲鍛冶場のコークス炉(現役)
白井:これは鍛冶場です。昔は鞴(ふいご)でやっていたんですが、これだけはモーターになりました。青酸カリの焼き入れもやっています。当然、青酸カリの管理は厳重にやっています。金庫の中に入れてあります。

白井:これは下を見てもらうと、車軸のブッシュを替えることによって600mmという超軽便から1524mmまでなんぼでも変わって。これは陸軍ですから、戦前ですがローラーベアリング。これは97式貨車と言うんですけれども、昭和12年ですけれども、ボールベアリングも使っています。陸軍だから金はいくらでもある。だから今の可変ゲージ電車の先祖です。

天野:なんか物置みたいになちゃっているけども・・・。

白井:これは金谷からずっと向こうまで大井川の鉄橋が空襲で落とされたときに新線を作ったんですね。その新線の工事用に持ってきたんです。

▲97式貨車の台車(斜め前より)

▲97式貨車の台車(正面より)

▲97式貨車の製造銘板(新潟鐵工所 昭和13年11月製)
隣の○にSはこの材料が八幡製鉄製であることを示している。
白井:これはソーダバスと言って、苛性ソーダの駅の中へ電車の部品を放り込んできれいにするわけです。
前に名鉄の鳴海工場にもっと大きなものがありました。

橋本:今は他にソーダバスは無いのですか?

白井:今は名鉄の舞木定期検車場ではドライアイスを使って洗浄しています。

天野:このソーダバスも産業遺産ですね。

▲ソーダバス全景
白井:1500Vの架線の電気を使ってモーターの回転試験をやる機械とか、SLのボイラの耐圧試験をやる機械とか汚くてごてごてだけど、たくさんあります。一番面白いものは軸受けのスパットとの系統の作業かな。

【C5644を見ながら】

▲C5644のボイラ
白井:下が小煙管、上が過熱管で、過熱管の奥に大煙管があります。

天野:手前の黄色いのが過熱管なんですか?

白井:そうです。縦になっているのが、あれが下に降りて大煙管の中に入っています。普通のスーパーヒーターと同じことですが、一番傷みやすいですね。1000℃くらいになりますからね。まあ、煙管よりは早くやられますね。まあ、あいつらのたぐいは消耗品だからね、予備品も持っててどんどん替えてゆくと。それとうまいことに材料がちゃんと供給されますね。それが無くなっちゃうとシリンダの高熱油とかヘッドライトの玉とかね、これは32Vなんだよね。電気器具メーカーがたのむでやめさせてくれと。アメリカはどういう訳か今も32Vで使っているところが多いですね。

■金谷駅前の藤棚の下にある車輪と車軸

白井:この車輪と車軸は、中国を占領したときに広軌にできるように、車軸は長くなっています。台車も広軌用です。事実、中国へ行って広軌になってそのままになった客車も数多くあります。
この藤棚の休憩所は私が寄付をしました。

▲新金谷駅前の車輪と車軸(写真左)・白井氏の寄贈銘板(写真右)

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