二次創作小説

都合により文章内容を変更・改正する場合がございます。
15      思い出の国 ― preserve ―
草原があった。
 
一面に広がる草達は濃い青色をしていて、少しずつ色あせている部分もあった。
 
その草原の中には一本の道があった。とても簡単な道で、凹凸が結構あった。草も所々、生えている。
 
どこまでも続くようなその道を西にたどっていくと、ある城門に辿り着く。その城門は紺色をしていた。
とてもきれいに磨かれているため、汚れ一つ見えない。
その城門の前には、一人の旅人と一台のモトラドがいた。モトラドはサイドスタンドで立っていて、
旅荷物を満載していた。旅人は短髪で、右腿にはパースエイダーが見える。
 
「エルメス、ここだね」
エルメスと呼ばれたモトラドは普通に答えた。
「そうだね、キノ。この国はおもしろいかなぁ?」
キノと呼ばれた旅人は、城門を見上げながら普通に答えた。
「さぁ」
 
国内はとても清潔で、ほとんどのものが新しいように見えた。王宮のさらに向こう側には巨大な白い
ドームが見える。
歴史のあるような建物は見られない。
「なんか現代風って感じだね、キノ」
「そうだね、エルメス。今日と明日は観光しよう」
「いいけど、この国広いから気を付けてよ。体力は残しておかないと」
「分かってます。さて、まずはレストランへ行こう!」
その楽しそうなキノの反応にエルメスはあきれたように言った。
「全く」
 
キノはレストランを出た後、国の中を一通り走ってからホテルへと向かった。
そして、シャワーを浴び、ホテル内のレストランで夕食を食べた後、すぐに寝た。
 
次の日。いつも通りパースエイダーの整備、訓練をして、朝食をとってホテルを出た。
街で買い物を済ませ、軽い昼食をとった後、王宮へと向かった。
「キノ、明日じゃないの?」
「いいんだよ。今日はあいさつだけ。もし明日いきなり行っても、ダメかもしれないからね」
「分かった。じゃぁ深入りしないでね」
「分かってます」
 
王宮は汚れ一つなく、いつからここにあるのか、キノには分からなかった。
しかしエルメスは、
「この王宮と街の建物を比べてみれば分かるよ。こっちの方が建築法が古そうだし、煉瓦に多少風化が見られる。だいたい140年くらい前に建てられたんじゃないかな」
「なるほど」
 
「ようこそ、旅人さん。よくぞいらっしゃいました。私はこの国の大臣です。さぁ、王がお待ちです。
旅人さんとお会いするのを楽しみにされていますよ」
王宮で出迎えた大臣の話では、半年に一度ほどしか訪れない旅人に、王は歓迎の夕食会を開いて
くれるとのことだった。
 
キノ達は王宮の中を一通り見学した後、晩餐室へと招かれた。
「これはこれは、旅人さん。我が国へようこそ。心より歓迎いたします」
満面の笑みで迎えてくれた王にキノもあいさつで返す。
「歓迎、ありがとうございます。ボクはキノ。こちらは相棒のエルメスです」
「それではキノさん。早速食事にしましょう。この国の新鮮な食材を使ったものばかりですので、安心してお召し上がり下さい」
目の前にある大量のご馳走を残さず食べたキノは、王に今までの旅の話をした。
「キノさん。旅のお話、とても楽しかったです。明日もまた、出発前に是非お立ち寄り下さい」
「こちらこそ。お食事、とてもおいしかったです。明日も来たいと思います」
そう言ってキノは寝ていたエルメスを起こして、王宮を後にした。
 
次の日。つまり入国してから三日目の朝。
キノはいつもよりパースエイダーの整備と訓練を念入りに行った。
「今日は面白いものが見れるといいね」
エルメスが整備中のキノに話しかける。
「今日は早いんだね、エルメス」
「早くみたいだけ。それに昨日はよく寝たから」
ホテルで朝食をとったキノは、チェックアウトをして、そのまま王宮へと向かった。
 
「おはようございます、旅人さん!」
王宮を警備する兵士達の挨拶が飛び交う中、キノは王の歓迎を受けた。
「今日、出国なされるんですよね。昨日、旅のお話をしていただいたお礼に、郷土料理をご用意
しました。乾燥させてありますので、二週間は持つと思います。焼いてからお食べ下さい」
そう言って王は、紙袋をキノに手渡した。
「ありがとうございます。大切に食べさせていただきます」
その後、王と別れの挨拶を交わし、城を出ようとした。
その時、
「あの、キノさん。ちょっとお見せしたいものがあるんですが……」
大臣にいきなり呼び止められたキノは、
「はい。それは、何ですか?」
大臣はにっこり笑ってこう答えた。
「それはあの白いドームの中にあります。説明はそちらで」
 
「ここ、ですか」
キノが言った。
ドームのドアの外には警備兵が立っていて、こちらを見ている。
ドームに入ってすぐのところにはまるで城門のような壁があり、キノ達はその壁の前に立っている。
「はい、そうです。ここが我が国が世界に誇る、最高のドームです」
「何のためのドームなの?」
エルメスが緊張感が全くない声で言った。
「それはこの先に行けば分かります」
そう言って大臣は壁の上の方へと続く、長い階段の上を指さした。
 
大臣は階段で上へのぼり、キノとエルメスは荷物運搬用のスロープで上へと向かった。
「キノ、準備は大丈夫?」
エルメスがキノにだけ聞こえるようにそう言った。
「あぁ、大丈夫だよ。エルメス」
そして、キノ達は上についた。
 
「ここは、我が国が世界に誇る“貯蔵庫”なんです」
大臣は言った。
階段の上には、壁の中を一望できる場所があった。大臣の立っている後ろはガラス張りになっていて、様々な食べ物が貯蔵されているのが見えた。
「どんな災害が起きても、食料に困らないようにこうしてためてあるのです」
大臣は誇らしげに言った。
「でもさぁ、このぐらいの貯蔵庫だったら他の国でも作れるんじゃない?」
エルメスがさらっと言った。
「そう。そうなんです。そうなんですよ。これぐらいでは、世界には誇れません。しかしですねぇ、
この“貯蔵庫”は食べ物だけではないんですよ」
そう言って大臣は、手元の壁の一部をスライドさせて、そこにあったスイッチを押した。
キノはその間に、パースエイダーの安全装置を解除して置いた。
 
そこは、“貯蔵庫”だった。
時が止まったような、静かな“街”があった。
建物も、人も、全てが貯蔵されていた。
「ここは、我が国の“思い出”を貯蔵している、世界に誇れる貯蔵庫なんです。約70年前からこうして
貯蔵してきました」
大臣は誇らしげに言った。
「建物は歴史のあるものを運んできました。人は死んだ人、もしくは死にそうな人を我が国の特殊
技術者が開発した薬を使い、半永久的に腐敗、変形しないようにして、ワイヤーで固定してあります。
これで、昔の懐かしい人やものをいつまでも見ることができるんです。写真などではなく、実際に
この目で見ることができるんです」
大臣は偉そうに話を続ける。
キノ達は黙ってその話を聞く。
「思い出というものは、色あせてしまうものなんです。忘れたくなくても、いつか忘れてしまいます。
そして、記憶は曖昧なものです。覚えているようで、実際と違っていたりする。
しかし、こうしておけば、忘れることも、間違えることもない」
キノは真剣な表情でその話を聞く。
「この国で起こった洪水や火災の様子も再現してあります。もちろん死者も」
大臣が指さした場所には、災害の様子が生々しく忠実に再現されていた。
「ほら、見てください」
そう言って大臣は別のスイッチを押した。
すると、壁の中で何かがスライドして、ガラス窓から見えるところまで近づいてきた。
それは、ガラスの中に入った“歴史的人物”だった。
「これは我が国歴代の王達です。こうして変わらずのお姿をいつでも見ることができます。その横には
今までこの国を訪れてくださった旅人の方々もいますよ。すごいでしょう。感動したでしょう。
それでですねぇ、キノさん」
大臣のいきなりの呼びかけに、キノは身を引き締めた声で返す。
「はい、なんでしょう」
大臣は怪しい笑みを浮かべた。
「実は、キノさんも我が国の“思い出”として貯蔵しておきたいのです。珍しい旅人さんを
忘れないように――」
そう言って、大臣はポケットからサバイバルナイフを取り出し、キノに向かって突進してきた。
キノは右に倒れながら、右手で『カノン』を抜き、ハンマーをあげて、大臣に向けて打った。
連続して発射されたゴム弾が額、首、足、腕にそれぞれ当たった。
大臣はさっきまでキノが立っていた場所の壁にぶつかり、そのまま倒れた。
「キノ、通報通報」
「言われなくても」
 
「キノさん、本当にありがとうございました」
キノは西の城門にいた。
入国管理室の前で、王に謝礼をもらっている。
「キノさんが事前に貯蔵庫についての情報を入手して、さらにその場で捕まえてもらって。
キノさんがいなければ、自分まで“思い出”にされるところでした。本当に感謝しています」
キノは笑顔で謝礼を受け取る。
「自分は大臣に『食料の貯蔵庫』と聞いておりました。まさかあんなものも貯蔵されていたなんて」
ほっとしている王に、キノは普通の顔で聞く。
「これから、あの貯蔵庫はどうするんですか?」
「あれは、食料の貯蔵庫として使いたいと思います。あの場所にいた人々は、こちらで別の場所に
埋葬させていただきます。安心して、ゆっくりと眠れるように」
キノは少し安心したような顔で、
「そうですか。それではボクはそろそろ出国します。いろいろと、ありがとうございました」
「いえいえ。こちらこそ、ありがとうございました。またこの近くへ来られることがありましたら、どうぞ
お立ち寄り下さい。歓迎いたします」
「分かりました。さようなら」
そう言ってキノは、静かに城門をくぐり、エルメスに乗って次の国へと向かった。
更新日時:
2006/09/13
前のページ 目次 次のページ

[HOME]


Last updated: 2006/9/13

誤字・脱字などがありましたら、下記までお知らせください。
また、掲載している作品はメディアワークス様・時雨沢恵一様等とは一切関係ありません。