2006-7-28-30 青山スパイラルホール 「moire-モアレ」

「今回が安藤洋子の出発点だから、良い悪いというのは関係ない。とにかく、これがスタートだから」公演が終わった打ち上げで、スタッフの一人が話した。
そうだ。
文字通りスタート、今、安藤洋子は始まったばかりだ。

 

日本人で初めてフォーサイスに見出され、単身その前身であるフランクフルトバレエ団に旅立って数年の時間が経つ。
フォーサイスカンパニーでの色々な作品に出演、ウイリアム・フォーサイス自身のサポートをしたり、作品作りそのものを体験してきた。
そこに限りなく興味の目が向く。
その辺りが、いわゆるダンサー達とは一線を引くところだ。
つまり、ダンサーとしての興味もさることながら、フォーサイス自身はどういう風に作品作りをしていくのか、そしてその「どういう風に」には、どんな意味が、あるいは、どんなスパイスが秘められているのか、そこに目がいった数年だったのだ。
もちろん、様々なキャリアを持つ同僚達からも、その感性からあえて影響を受け、外国のダンサー達の感性とはいかなるものかを味わってきた時間でもあった。

 

 

 

今夏、安藤洋子さんの新作「モアレ」が東京・青山スパイラルホールで行われた。
今年の初めからフォーサイスカンパニーの同僚である、アンデルとアマンシオをダンサーとして迎えた。
「今、私が踊りたいのはこの二人」贅沢を言えば、同僚全員だろうが「今の私の実力では、二人以上の面倒は見れない」とキッパリ未練を切り取って語った。
久々の新作だけに、安藤さんに蓄積された「何を」が渦巻いていた。
「アンデルの良さ、アマンシオの良さが際立てば良いのですが」と安藤さん。

 

フォーサイスカンパニーでの私のワークショップ終了後、三人で合わせる。「くるみ割り人形」の複雑なステップをエミリーから習い、三人で合わせていた。
「そうか、クラシックバレエの要素も出そうとしているんだ」レッスンを見学していて気付いた。
案の定、アンデルとアマンシオのデュオは、クラシックバレエの様相を呈していた。
もちろん、ただですむ筈もない。

アンデルとアマンシオ、アンデルと安藤さん、アマンシオと安藤さん、そして三人で、とコネクト(正面向かい合い)から動きを作り出していく。
身体を接触させ、あるいは、離れた状態で、めまぐるしく即興が展開されていく。
「これは良い」スタジオの隅でリハーサルを見ていて感じた。
それは、フォーサイスが作り出す舞台や、既成のコンテンポラリーの舞台とは完全に異質の、そしてクオリティの高い動きになっていたからだ。
安藤洋子の新たな一歩が見えた。

ワークショップの半ば皆川さんが、ミラノへの途中でフランクフルトに立ち寄った。
安藤さんと衣装や、舞台のアイディアの交換だ。
「とにかく、本公演のことだけを考えるようにね」私が日本への帰り際伝えた。
安藤洋子は気が回りすぎるから負担が自動的に増える。
それを何とかゼロにし、本公演に全力投球してもらいたかったからだ。

ワークショップで安藤さんのヒントになるものはないか、それも考えながらの今回のフォーサイスカンパニーだった。

安藤さんが帰国し、続いてアンデルが来日した。
毎日スタジオを取り、リハーサルを重ねていく。その間に、作冬、今夏のショウケースの為に選んだ人達とのワークショップも入り、きっと頭も身体も擦り切れていたことだろう。

スパイラルホールでのワークショップが始まった。
安藤さんの緊張が、時間と共に高まっていくのを感じた。
それでなくても細い安藤さんが、どんどん細く鋭い釘のようになっていく。
アンデルもアマンシオもどんどん緊張感を増していった。
ワークショップ初日、四人で打ち合わせをした。
アマンシオが「正面向かい合いをもっとしたい、コネクトの感覚をもっと養いたい、だから、ショウケースでいきなり踊るのはどうかと思う」と意見を言った。
アンデルも同様のようだ。もちろん、安藤さんも。
であれば、本当に動かないショウケースにしよう。


ワークショップは、初めての人には少し難解だったかもしれない。
とにかく「正面向かい合い」を基本に、そして全てのカリキュラムに共通させたからだ。
ワークショップの最後の日、安藤さんが「全員と正面向かい合いをしてみたい」と言い出した。
そんな体験を持ったこともないし、今後もあるかないか分からない、であれば、今それが出来るのだから、それをして見たい、ということだ。
ショウケースの振り付けのこともあったが、全員との正面向かい合いを試みた。
緊張感だけの2時間30分が過ぎていった。

ワークショップとショウケースが無事に終わり、後は安藤さんの本公演一本に集中できる。
出来るだけ邪魔をしないようにしよう、と考え、安藤さんからの指名があるまで、リハーサルをのぞかないようにした。
皆川さんとの衣装合わせ、照明、音響、ゲネプロまで一転二転し深夜まで及ぶ。
ゲネ終了。
通しでやってみなければ分からないことが沢山ある。
また、本番でなければ分からないことも沢山ある。
本番も一日目と二日目と続くと、毎回違った良いところ、悪いところが出る。
それもやってみなければ分からない。
とにかく分からない。
だから本番は恐い。
でもそれが本当に 楽しいのだ。

初日が開いた。三人の世界、一人の世界、二人の世界、それらは、舞台側と観客では違う。どう意図したのか、それは舞台側の問題だ。観客側としては「どう見えた」で良い。

私の隣に座っていた女性が感動のあまり涙を流していた。
手が壊れるのではないかと思うくらい拍手を送っていた。
三宅一生さんや、野田秀樹さん他多くの著名人が観客になっていた。
安藤洋子はそれくらい注目されているのだ。

安藤さんがどうしたかったのか、それは舞台で明確に反映されたのか、それは一切聞かなかった。
誰よりも、舞台での自分、そして三人を感じているのだから、そこに説明など必要ではないからだ。
そして、それを聞いたところで、一観客としてどう見えたか、しか言えないからだ。

舞台を批評するのは簡単なことではない。
そこにある世界に肉薄できる感性や、流れる血心臓の鼓動をまさに共有出来る何かを持っていなければならない。
アンデルのふくらはぎの筋肉。
アマンシオの観客に向ける視線。
安藤洋子の沈黙。
それを前にして、語るのは難しい。

今回の作品の良否、ダンスの良否は、「今、ここから始まった」
その記憶だけで良い。
だから、次が大切なのだ。

この一歩の向かう先の一歩はどの地点に行くのか。
来年の本公演はすでに決まっている。
安藤洋子の世界はどこに向かっているのか。
皆にも 少しは見えるかもしれない。

今回のWSや本公演は、NHK芸術劇場や、国際放映が取材に入った。
様々なメディアでも取り上げられている。
その中での次回である。
2007は…

安藤洋子ゲネリハーサル
 
取材
 
 

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