四文字熟語行政書士物語 VOL.03

複雑怪奇

 おはよう御座います、今月も先月同様の売上を……・、
色々な諸問題も有りますがその辺よろしくお願いいたします、景気も今一つパッとしませんが丁
度今飛行機が離陸してまだ車輪が引き込まれていないが飛び立った状態であると聞いております
。このまま一気に景気が良くなるとは思われませんが、道内企業の中には非常に元気の良い会社
もたくさんあります、何が違うのか?真剣に考えてみたいと思っている次第であります。

 そのひとつには挨拶の励行が挙げられます、おはよう御座います、有難う御座います、失礼い
たします、すいません、ご苦労様ですのオアシス語を自分から言うようにしたいと思っておりま
す。

 当事務所の内部環境も色々な改善で景気と同じような状態であると思います…………・・。

 昼恒例のミーティングの最中にそのお客は入ってきた

「すいません、此方の事務所では、相続関係の相談にも載って戴けますか?」

 入ってきたのは妙齢の婦人、意気揚揚さんであった、夫の意気軒昂さんが経営している株式会
社内政干渉のことと相続についてお聞きしたいと言う相談であった、このような突然の依頼に、
金吉
は以上にハリキル。

 直に模糊を呼び外勤している者に指示をあたえる、区役所に行っている夜船には除票、住民票
、戸籍謄本、戸籍の附票の申請を「あ、職務上請求書持ってる?」。法務局に行ってる満帆には
履歴事項全部証明書、現在事項全部証明書の申請。税務署に居る晩成に相続税の用紙と要項書等
などなど、ここ器用貧乏法令オフィスのアシスタント(補助者)は各自自前の携帯電話を持って
いる、これが機動力か?巧遅拙速が事務所のモットーのようだ。

 金吉所長は、多少間違いがあっても迅速に且つスピーディーに書類を仕上げた方が喜ぶ。

 父親である意気投合が亡くなって3ヶ月経ち、土地の名義変更と会社の株の相続手続き依頼で
あった。いずれにしても相続関係相関図、分割協議書の作成をしなければ成らない、意気投合
奥さん意気消沈と一人息子の意気軒昂が相続人となるが、被相続人意気投合が生殖能力のある1
5歳まで戸籍を遡らなければならない、一応出生まで戸籍の収集をするのだが意気投合の父親の
秘密がこの様な形で今現れることを誰れも想像できなかった。

 それは血縁の無い兄弟婚であった。

 意気投合の父は定吉(嘉永6年2月28日生)だが、定吉は6度目の結婚の59歳で投合を生
んでいる。それも血の繋がりこそ無いが全て兄弟結婚であった、さらに母親のスヱ(慶応3年4
月7日生)は定吉の妻になり3男をもうけているが、末っ子の投合(明治45年7月29日生)
を生んだ翌年大正2年7月30日の丁度1年後に亡くなっていた。

 定吉の結婚暦は数奇な運命を辿っている、最初の結婚は、明治7年9月8日トワ(天保14年
12月10日生)と定吉21歳、トワ31歳であるが2年後に協議離婚している、その間子供は
出来なかった。

 明治9年から明治12年までの4年間で定吉ヨシ(弘化4年12月2日生)タキ(文久3年
2月19日生)タミ(元治元年2月20日生)と三人の妻を娶ったが全て死別である。ヨシ明治
10年享年30歳で亡くなる。タキ明治11年享年15歳、タミも享年15歳の明治12年に亡
くなっている。

 明治13年9月8日5度目の結婚はタカ(万延元年3月18日生)20歳の晩夏である、12
番目の子を産んでまもなく明治36年9月8日享年43歳で亡くなっている、腹の休む暇が無い
一生であった。

 定吉が齢52歳、明治38年9月8日の日付で何故6度目の結婚をしたのかは定かでないがそ
の日に投合の母スヱと籍を入れている、スヱが44歳で三男投合を産み翌年亡くなっている。

 大正3年7月30日定吉が亡くなった後、3歳の投合を世話したのは定吉初婚の相手トワが1
6歳で産んだ子ナヨ(安政6年11月27日生)である、ナヨは55歳だが何故か妙に若々しい
印象を回りに与えていた。

 大正15年12月25日か昭和元年12月25日(大正からは改元日から新元号を使用の為、
明治45年7月30日と大正元年7月30日は同日、大正15年12月25日と昭和元年12月
25日は同日、何れも後記を使用。昭和64年1月7日と平成元年1月8日は次日を使用。尚、
明治から一世一元となる。慶応以前は年単位で元号が定まっていた。)の前日、大正15年12
月24日に誕生した消沈ナヨの孫娘だったことが判明してしまった。


 意気投合(明治45年7月30日生)と消沈(大正15年12月25日生)が昭和20年に結
婚して意気軒昂が昭和21年1月7日に誕生していた。

 今回意気揚揚がオフィスに初めて顔を出してから、丁度10日目の平成12年10月8日に現
れた時、金吉定吉の父、軒昂の祖父、清太郎(文化14年2月11日生)、その妻タマ(文
政12年4月22日生)から数えて約200年間の歴史を語り出した。

「いらっしゃい、鈍よりとした天気ですね。早速ですが、ぶんか(文化1804〜)ぶんせい(
文政1818〜)てんぽう(天保1830〜)こうか(弘化1844〜)かえい(嘉永1848
〜)あんせい(安政1854〜)まんじゅ(万延1860)ぶんきゅう(文久1861〜)げん
じ(元治1864)けいおう(慶応1865〜)めいじ(明治1868〜)たいしょう(大正1
912〜)しょうわ(昭和1926〜)へいせい(平成1989〜)と時代が流れていますが、
次の図のようになります。」

                        
                                      

表にすると解り易いですね

 意気消沈ナヨの孫娘で意気投合の縁戚である事。

 意気投合の父定吉の結婚相手は全て兄弟である事。

 さらに6人の妻を娶り、内5人亡くしている事。

 生年月日が全て改元日に関係している事。

 さらに誕生年の元号がみな違う事。

 以上のようになります、と話す訥言敏行で実行力の有る金吉の言葉を意気揚揚は、遠くの空を
ぼんやり眺める目で聞いていた。

 重苦しい空気の中、曖昧模糊は3杯目のコーヒーを運んできた。

「ご苦労様です。お疲れじゃ有りませんか?」

模糊の言葉で我に返った意気揚揚は、突然泣きじゃくり、ひとしきり泣いた後静かに語り出した。

「何故か、主人が他人で無いような?遠い昔の幼きころの思い出に登場する訳が、今やっと理解で
きました。大先生本当に有難う御座いました。」


 

  複雑怪奇(ふくざつかいき)  内容が非常に込み入っていて、怪しく不思議なこと。

   巧遅拙速(こうちせっそく)  うまくて遅いよりは、すこしぐらいまずくても速いほうが                 よいこと。

   内政干渉(ないせいかんしょう) 内政問題に強制的に介入して、主権を侵害する事。

  訥言敏行(とつげんびんこう)