流離の憂い(2010.2.16)


 1番はマッちゃんで、2番はミヤちゃんで、間奏が入って3番はナルちゃんね。

アッシら5人の童謡バンド ”きまぐれーズ” で、数々の童謡をコーラスするとき、
たまにはソロで歌おうではないかという曲がある。
 『椰子の実』という曲もそんな歌である。


【 どこから流れてきたのか・・・・ 椰子の実 ひとつ・・・ 】

ソロで歌うアッシの受け持ちは、3番の歌詞・・・・・

 
実をとりて 胸にあつれば
    (あらた)なり 流離の憂(うれい)
  海の日の 沈むを見れば
    (たぎ)り落つ 異郷(いきょう)の涙
  思いやる 八重(やえ)の汐々(しおじお)
  いずれの日にか 国に帰らん


何と素晴らしき詩か!
1番から3番まで通してみると、”旅” を感じさせる、一連の文学作品そのものだ。
1番と、2番もあげてみる。

 ♪1.名も知らぬ 遠き島より
    流れ寄る 椰子の実一つ
  故郷(ふるさと)の岸を 離れて
    (なれ)はそも 波に幾月(いくつき)

 ♪2.(もと)の木は 生()いや茂れる
    枝はなお 影をやなせる
  われもまた 渚(なぎさ)を枕
    孤身(ひとりみ)の 浮寝(うきね)の旅ぞ ♪

この曲の作詞者は、かの有名な島崎藤村である。
名も知らぬはるか南の島から、長い旅をして日本の海岸に打ち寄せられた椰子の実。
その流れ着いた椰子の実を指差し、流浪の旅をしている私と同じだ・・・・とつぶやきそうだ。

拾い上げて胸に抱くと、ひしひしと感じられる ”流離の憂い” 。
人も同じだ、
人はどこから来て、どこへ流れていくのか、
人は悲しいね・・・・・・・・・

それにしても、海岸に流れ着いた1つの椰子の実から、
これほどの素晴らしい詩が書ける島崎藤村とは、
何てすごい人なのだろう。

人それぞれ感じ方は違うと思うが、この ”椰子の実” という曲は名曲である。
最近テレビでたまに聞く、訳の分らない薄っぺらな歌謡曲とは比べ物にならない。
ちなみに作曲者は、大中寅二 という人である。
メロディが、これもまた素晴らしい。
こういうのを名曲というのだろう。


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