変声期(2017.6.6)

 えーっ! そんな事も知らなかったの?!
と言われそうで、実に恥ずかしいのだが、
今日の今日まで、女性に変声期があるという事を全く知らなかった。

女性は、一生、男性よりはオクターブほど高い声を
維持するものだとばかり思っていた。
今日はじめて知ったきっかけは、
童謡コンサートなどのトークで、いろいろと
その曲にまつわる情報などを紹介する場合があり、
ネットで調べものをしていた時の事。

戦前からずっと国民的な童謡歌手として
慕われたあの有名な、「川田正子」さんについて、ネットのウィキペディアで
調べていたら、以下の記述があった。

  【生涯(履歴)】の項に、
  『1947年、 変声期にさしかかったため師匠 海沼實の勧めで歌手を引退、、、、、、』

  『1953年、 東洋英和女学院高等部卒業。その後、武蔵野音楽大学声楽科に進学、、、
         その後、成人童謡歌手としても復帰する。、、、、』

他にも「変声期」についていろいろ調べたら、
  男性は、思春期あたりに一気に声変わりし、2オクターブほど低くなる云々、
  女性は、男性と違いゆっくりと一生かけて、声が低くなります云々、

男の声変わりは自分でも経験したので、当然知っていたが、
女性にも変声期があると知ってびっくり。
ほとほと、私は女性に関して何も知らないのだなぁ と痛感。

ところで、「川田正子」さんについて、、、
  1943年(昭和18年)9歳でデビュー、変声期になるまでの4年間、
  いわゆる東京を中心とした、日本全土への空襲の最中から、敗戦を経て、
  戦後の昭和22年まで、
  当時、「空襲の無い日はあっても、川田正子が歌わない日はない」 とまで
  言われたほど、あのすごい空襲の中を命がけでNHKへ通い、
  国民のためのラジオ放送で、歌を歌い続けたすごい人である。

  戦後の昭和20年12月24日(クリスマスの日)に、NHKラジオ
  「外地引揚同胞激励の午後」という放送で、川田正子が歌った
  かの名曲 ♪里の秋♪ は、当時戦争で疲弊していた国民の心に響いたのだろう、
  放送終了後、NHKの電話が鳴りっぱなしになり、
   『今の曲は、何と言う曲なのか?』、『素晴らしい曲だったので、もう一度聞かせてほしい』
  等々の絶賛の反響がぞくぞくと寄せられ、再度同じ曲が流されたとの話しである。

  その川田正子さんは、その後もコンサート活動を中心に、数々の感動を与え続けられたが、
  2006年(平成18年)1月22日に、71歳で、“童謡ひとすじ” の生涯を閉じられた。
  亡くなる前日は、私の故郷、長崎県で開催された「子守唄と童謡コンサート」に出演されたそうである。
  なんとご立派で、見事な最期だろう。

  
  【 川田正子さん 何と素敵で、可愛らしい方なんだろう 】


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