山之口貘詩集(2008.2.11)


 数ヶ月前に本屋で買った「山之口貘詩集」を、やっと読み終えた。


 山之口貘詩集 現代詩文庫 】



私の好きなフォークシンガーだった人に、高田 渡さんがいる。
高田 渡さんは、山之口貘さんの詩が好きで、いつもこの人の詩を歌っていた。

高田 渡さんの代表的な歌である、「生活の柄」、「結婚」、「鮪と鰯」などは
全て、山之口貘さん作の詩である。

 ”歩き疲れては、夜空と陸との隙間にもぐり込んで・・・・” 「生活の柄」より

 ”・・・・・
いまでは詩とはちがつた物がゐて
      時々僕の胸をかきむしつては
      箪笥の陰にしやがんだりして
      おかねが
      おかねがと泣き出すんだ。” 「結婚」より 

山之口貘さんは沖縄県出身だが、初上京の日から16年間畳の上に寝たことは無かった。
昼間は喫茶店に入りびたり、夜は土管にもぐって寝たり、公園や駅のベンチ、
キャバレーのボイラー室等、折り折りの仮住まいの放浪生活の中で詩を書き続けた。


私はよく、「貧しかった子供の頃・・・・・」という文句をこのエッセイの中で使うが、
山之口貘さん達が経験した貧しさは、私なんかの比ではない。

極貧の生活環境において、普通の人なら挫けたり、ヤケになったり、不善の道に走ったりするが、
そんなことが山之口貘さんには、ないのである。

詩というものの定義すら説明できないという貘さん。
ただ、詩を読んでもらいたい、おすすめしたいという獏さん。

数行あるいは十数行の一遍の詩に、二百枚から三百枚の原稿用紙を使うという。
一遍の詩をつくるのに4年もかけるような潔癖さ。
四十数年、詩ひとすじに生きてきたのに出版された詩集はたったの3冊。

その恐るべき実直性、不撓不屈の根源は何か。
私は思うのである。
自分の未来に対し、一点の曇りもない自信と優しさ、正義、これしかないと。
プロの仕事とは、このような気概で取り組まなければならない。

貘さんの詩の中でも、私の好きな詩

 
「鮪と鰯」

鮪の刺身を食いたくなったと
人間みたいなことを女房が言った
言われてみるとついぼくも人間めいて
鮪の刺身を夢みかけるのだが
死んでもよければ勝手に食えと
ぼくは腹だちまぎれに言ったのだ
女房はぷいと横にむいてしまったのだが
亭主も女房も互いに鮪なのであって
地球の上はみんな鮪なのだ
鮪は原爆を憎み
水爆にはまた脅かされて
腹立まぎれに現代を生きているのだ
ある日ぼくは食膳をのぞいて
ビキニの灰をかぶっていると言った
女房は箸を逆さに持ちかえると
焦げた鰯のその頭をこづいて
火鉢の灰だとつぶやいたのだ。

 (「鮪と鰯」 山之口獏)


高田 渡さんは、この「鮪と鰯」という詩も、
ギターのリズムにのせ、実に味わい深く歌い上げているのだ。


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