蕎麦と、日本酒 (2012.5.19)
井伏鱒二さんの本に
『・・・・・よく私は一人で駅(中野駅だと思われる)の附近を散歩していて、
南口の稲葉屋で太宰が笊蕎麦を前に、日本酒をちびりちびり飲んでいるのを
見ることがあった。』
また、池波正太郎さんは、浅草雷門近くの“並木藪蕎麦”で、
『天蕎麦か鴨南蛮を、蕎麦抜きで注文し、
樽の菊正宗でゆっくりやり、ざるでしめる。・・・・』
また、吉村 昭さんも、
『・・・・酒の肴はどのようなものを・・・と、雑誌の編集部などから電話で問われることがあるが、
私には答えようがない。(中略)
強いて一つを・・・・、と言われれば天ざる、または天ぷらそばと答える。
そばがなぜ酒に合うのか不思議な取り合わせだが、実に合う。
そばだけでは少々淋しいので、天ぷらを添えたものということになる。
天ぷらそばなどという汁物がなぜいいのか、と言われるかも知れないが、
汁からすくいあげる天ぷらやそばを食べ、そして衣などの浮いた汁を吸いながら
ちびりちびりやる酒は実にうまい。
上質のそばと天ぷらを出すそば屋で、一人静かに酒を飲むのが
私の性に合っている。 』
と、エッセイに書かれている。
蕎麦が酒の肴になるのだろうかと・・・・
私は長い間、蕎麦やで日本酒を飲むというイメージが湧かなかった。
しかし、上記の御三方の文章を見て、何となく雰囲気がわかるような気がする。
“天ぬき” という言葉があり、これは天ぷら蕎麦の、蕎麦を抜いたものを意味する。
【 左:天ぬき。 右:鴨ぬき。 残った汁で、笊蕎麦を食べてしめる・・・・粋だねぇ
】
そば屋の縄のれんをくぐり、
『 おう、おやじ! 天ぬきと、ぬる燗を一本つけてくれ!』 なんてね。
東京の下町あたりの蕎麦屋で、江戸っ子がやるような、
いわゆる通人の酒の飲み方なのだろう。
ここ熊本で、黄昏時の蕎麦やで 「天ぬきと、ぬる燗 ちょうだい!」と、注文したとしたらどうだろう。
きっと、
『 はっ 何ですか? そんなメニューはやってません』 と言われるだろうな。