ご飯、食べる? (2011.6.30)


 戦時中、ろくな食べ物もなく、餓死する人すらいた昭和20年前後、
その時代、最も食べ盛りの子供時代だった人は、
私がこのエッセイの最初に書いたように、
特に、「食べる」ということについてかなり貪欲だと思う。



私は戦後生まれであるが、まだまだ戦後のドサクサの中で、
貧乏人の子沢山の家庭の中で、いつも腹を空かしていた。
空腹に耐えかねて、道に落ちているものを拾って食ったり、
思い出すだけでも恥ずかしい事もした。

時は流れて、私は成長しサラリーマンになり、
結婚もして、子供もでき、その家庭を守るため、
企業戦士とまではいかなくとも、家にも帰らず、
毎晩夜遅くまで仕事をしていた時期があった。
ほぼ毎日、家に帰り着くのは夜の0時頃だった。

たまたま、何らかの理由で、めずらしく早く帰宅した時のことである。
上着を脱ぎかけていると、女房が
 『 ご飯、食べる? 』 と、言った。
疲れきっていた事もあり、カチンときた。
 
 『 めずらしく早かったわね。 何も無いけどすぐご飯の支度するからね 』と、
そう言ってくれたら、どんなにか気持ちが和んだことだろう。
いつも夜遅く帰ってきて、夕飯は食わないので、
当然何の準備もしていなかっただろうが、
残り物のご飯と、漬物だけでもいいのに。

カチンときた私は、「 いらん!」と大声で言い、
急ぎ足で、玄関のドアを蹴るように開けて、
近くの小料理屋へ行って酒を飲んだ。
 “ ちくしょう、ばかやろう、俺を何だと思ってるんだ・・・ ”
そんな愚痴を何度も噛み殺しながら、夜遅くまで飲んだ。
怒りが収まらず、次の朝も、飯も食わず口もきかずに出勤した。

毎日会社で、遅くまで仕事をしている自分の方が大変だ、偉いんだ・・・
私は、そんな事はこれっぽちも思ってはいない。
事実、夫がいない間、家庭を、子供の面倒を、教育を、
買い物や、掃除、炊事、洗濯、町内会、となり近所との付き合い、
しつこい訪問勧誘の撃退・・・・・
逆に、私より女房の方が大変だとさえ思う。

しかし、私は「食べる?」という言葉にカチンときたのである。
何故、私が怒って家を出ていったのか、
多分その時の女房には分からなかっただろうし、
今も、そして今後も分からないだろう。
そんな、もう20年以上も前の出来事・・・・・・・

今考えてみると、携帯電話など無い時代であり、
今なら、メールで
 「 今から帰る、飯食っていないからよろしく・・・」
と連絡するので、そんな事件は起こらない。


ところで、最近読んだ、吉村 昭氏の著書(エッセイ)に、
「あなた、夕ごはん、食べる?」という言葉に、激怒したという内容の事が書いてあった。
氏自身の話しではなく、知り合いの人の話しなのだが、
私の場合と、全く同じエピソードが載っていた。
私は、うん、うん、わかる、わかると、うなずきながらそのエッセイを何度も読んだ。


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