当院に現存する五智如来は、連光山大圓寺の末寺の五智山普光寺の 本尊であった。五智如来堂には建立当初の棟札が残されており、内容 は下記の通りである。 『五智山普光寺廃虚に付本寺境内に建立 奉再建五智如来堂一宇 連光山大圓寺二十一世上人朝宗欽言 維弘化三丙午年(一八四六)五月吉祥日』 真言宗の教えの中心は大日如来である。大日如来とは摩訶毘盧遮那 如来(Maha-vairocana-tathagata)の意訳語である。この如来が『大 日』と呼ばれる所以は、その教えや存在が生命の根元である太陽に酷 似している為とされている。次の事柄は、この大日如来の存在が、ど のような形で我々衆生に関わっているのかを示している。 『如来の智慧の光明が、昼夜の区別無く全ての所に遍満し、衆生 の迷闇を照破する』 『如来の慈悲があたかも太陽の光と熱が地上に降り注いであらゆ る生命を育むがごとく平等に衆生の上に照らされている』 『如来の仏心が三世(過去、現在、未来)に衆生のために常に光 り輝き説法を続けている』 その大日如来の智徳を更に具体的に表したのが阿しゅく、宝生、阿弥 陀、不空成就の四仏(四如来)である。これら四仏の徳に全て通じ、 我々衆生への説法教化を働きかけるのが五仏の中心たる法身(ほっし ん)大日如来である。 宇宙全ての現象である一切諸法(いっさいしょほう)は、如来の活 動であり如来の性徳に他ならない。その宇宙の活動、真理を智ととら えるのが五智の精神である。そして五智それぞれを内部に包含する如 来として人格的に表現したのが五仏であり、すなわち五智如来という ことになる。
真言宗のお寺には、曼荼羅というたくさんの仏様を描いた絵図があ る。通常これは二枚で一組となっており、一方は金剛界曼荼羅、もう 一方は胎蔵界曼荼羅と呼ばれる。この曼荼羅は真言宗における両部の 大経といわれる根本の教典である大日経(だいにちきょう=胎蔵 界)、金剛頂経(こんごうちょうぎょう=金剛界)がもととなって描 かれ、それぞれの中心には大日如来が描かれている。金剛界の大日如 来を智法身(ちほっしん)、胎蔵界の大日如来を理法身(りほっし ん)といい、金剛界とはVajra-dhatuの意訳語で、如来の智慧は堅固 で一切の煩悩(ぼんのう)を摧破(さいは)するという意味である。 一方、胎蔵界とはGarbhakosa-dhatuの意訳語で、全ての衆生はもとも と如来の理性を持っているという意味がある。法身大日如来の働きを 智の方面から表せば金剛界、理の方面から表せば胎蔵界となるのであ る。 この二人の大日如来を説明するとき、一枚の紙にたとえるのであ る。一枚の紙には表と裏があり、面と面は別々でも紙全体を考えれば あくまでも一枚である。この考えをそのまま大日如来に当てはめ、紙 でいう表と裏は金剛界、胎蔵界の大日如来であり、この大日如来もま た別々の存在ではあるけれども大きな目で見れば一体だということな のである。これが表裏一体不二(ひょうりいったいふに=本来不二) とされる所以である。 こういった考えから真言宗では、ご本尊様の左側には金剛界曼荼 羅、右側には胎蔵界曼荼羅を配置致します。また、本堂や金堂に金剛 界大日如来を奉安した場合、仏塔には胎蔵界大日如来を奉安するのを 常としている。
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