聖封神儀伝
1.鏡幻の魔術師
ここは鏡の国。
現実の世界を余すところなく映し出すけど、
全てはさかさま。
全ては偽物。
否。
あの世界そのものが偽物なのだから、この世界こそが本物なのかもしれない。
たとえ、この世界に触れられるものが何一つなくても。
たとえ、この世界に望むものが何一つなくても。
君を失ってから、僕はこれでも随分と我慢していたんだ。
僕らは生まれた時も場所も、流れる血さえ違ったけれど、
出会ったときから二人で一人だった。
片時も離れることなく、そう、かくれんぼする時だって二人一緒に隠れてた。
離れなきゃならないときがくるとしたら、それは君の命が尽きたとき。
それでも、僕は輪生環の環をかいくぐって君の魂の行方を掴み、
また君に会いにいったことだろう。
あの頃、僕はこの世は一つだと信じて疑わなかったから。
永遠と呼ばれる時の中で、君のことを忘れた瞬間は一度もなかった。
毎日鏡を見る度に、僕はその向こうに君を探す。
君は簡単に見つかる。
僕がみつめれば、君も同じ紫水晶の瞳でみつめ返す。
僕がぎこちなく微笑めば、君もぎこちなく微笑を返す。
そうだよ。
それは君じゃない。
とてもよく似ているけれど、僕でしかないんだ。
わかってる。
分かっているけど、
僕はそうやって君を失った寂しさを埋めるしか術を知らなかったんだ。
あの頃は。
鏡をみつめる。
映った君に手を伸ばす。
今日も滑らかに君を映し出す鏡面は、冷たく僕の指先をはねのける。
ここは鏡の国。
前を見ても後ろを見ても、君と僕しかいない、二人だけの世界。
だけどそこから君はとうにいなくなっていて、僕はいつも一人。
触れられるものは自分だけ。
拳を握った。
息を吸いこむ。握った拳を鏡面に叩きつける。
磨きあげられた鏡面に、無様なひびが八方に走っていった。
どうして今まで気がつかなかったのだろう。
割れた鏡の向こうにこそ、真実の世界があるかもしれない、と。
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