家族でタンザニアツアーに参加して
  工藤 ワカ子

 トウェンデから一枚のハガキ『アフリカ タンザニア ツアー』がきっかけでYさん、Hさんとの最初
の出会いでした。日頃から外国には行ってみたいが目的は何でしょうか、漠然とした思いでした。アフ
リカと云うとマイナスイメージが強く、遠い遠い存在でした。が、物質文明に侵されたこころを取り戻
してくれるところかも知れない未知の世界への好奇心が湧いてきて、こころが揺れ、右往左往しまし
た。

 参加する場合は家族(夫婦、重度の知的障害のある息子)3人でとの思いから、息子のことを考え
ると万全の注意を払わなければと、できるだけ多くの情報を集めました。
○薬・・・・・服用している粉薬の持ち運びにトラブル防止のため医師に薬の内容、病名など英訳をして
もらいました。
○風土病対策…黄熱病の予防接種とマラリア予防薬を投与。日本製の蚊帳を持参
○食べ物・・・日本食(真空パックのご飯、レトルト食品)は全部使用しました。
○水・・・・・ペットボトル380ml、25本全部使用(現地で調達可能でした)
○トイレ・・・洋式でないと出来ないのでアウトドア用の椅子の真中をくり抜いて作りました。結果的には
先々で洋式があり一度も使用せずに済みました。

まあこんな事をあれこれ準備してるうちに、とうとう不安が頂点に達して私はパニックになってしま
いました。救急車でI医大へ運ばれるはめになってしまいましたが、回復も早いものでした。この機会
を逃がしてしまったては二度と行くことができないだろうと思い、キャンセルのキャンセルをお願い
した次第でした。不安はあるが謙虚さをもってタンザニアを学ぼう、異文化の中で何を学べるか新鮮
な気持ちで出発しました。

1)花巻~ダルエスサラームへ出発
 息子の状態を気にしながら機上の人となりました。関西空港からは長時間乗るので安定剤を飲ま
せましたが効き目がなく、たびたびトイレ、落ち着かない、機内のトイレが狭く一回介助を失敗し失禁
となりました。途中ドバイに降りることになっていたので助かりました。

 一気に冬から夏に変化、衣服も着替えさっぱりとして街へバスで移動しました。身近に見るアラブ
の人たち、遠くへ来たのだなあと実感しました。昼食はチャーハンに肉と野菜を煮込んだのを汁ごと
かけるメニューでした。おいしそうに夢中に食べ、マンゴージュースも満足そうに飲みました。食事が
できて安心し、気分転換ができました。
 そしてまた機上の人に。ナイロビに一時着陸、息子はこの際安全ベルトをいやがり激しく抵抗し乗
務員に押さえられる場面もありました。(もうすぐ着くぞという時に待つことが出来るようにするこ
とが彼の課題です)

 ダラエスサラーム着、入国手続きは厳しいというか手間がかかるものです。重い荷物を受け取り
バスでホテルへ移動、アフリカ最初のホテルです。むし暑い、シャワー、トイレの水不足(水は貴重なこ
とを実感)、クーラー、扇風機の音も気になりこの先ちょっと不安になりました。朝食は南国らしい庭
木の見えるホテルのレストランで、果物、パン、コーヒーでした。息子はパンが嫌いなので持参してき
た日本食を温めてもらって食べました。(通訳してもらえるので助かりました)その後も朝食は日本食
を続けました。

 バスで街へ出ると、露店が並ぶ往来するタンザニアの人々の光景を眺めながら、カトリック教会の
集会へ参加しました。迫力のある説教、ハーモニィのきれいな賛美歌、大人から子供まで大勢参加し
ていました。日本からの客人と云うことで一人ひとり紹介され、彼もタンザニアの人たちとスムーズ
に握手を交わしていました。

 昼食のため市内のレストランへ、客の多さとムンムンした熱気、彼はアフリカの食べ物の匂いと味に
圧倒され水だけを飲みましたが、同行者達はおいしそうに羊肉を食べていました。バナナを買って食
べました。果物が美味しいので嬉しい。(その後、アフリカの米のメニューはお代わりして食べるように
なりました)

2)マコンデ村へ(木彫)
 アトリエとはほど遠い大木のしたで製作していました。材料を大事にして小さな物まで作品にする
すばらしい技術と感性をもっているように感じました。息子の仕事に何か参考になるようなことがな
いか関心もありましたが。木彫と絵を買い、途中カンガ(布)も買いました。夜は街のレストランでYさん
の教え子達との交流会が催うされ、各自ゆかた姿で出かけました。Yさんのお人柄なのでしょう、時
間を超えた絆の強さが印象的でした。教え子さん達は深い宗教心のある若者達のように思われまし
た。

3)タボラへ飛行機で
 赤い土、低い山々、土のまま曲がった道、湖の周辺の緑、アフリカの大地の色と風景に感動し、眺め
ながら空港へ降りました。これからいろいろお世話になるカリムさんやママさんが出迎えてくれまし
た。
 マンゴーの並木道(タボラではこのような道が多く、通る時は気持ちが良かったです)を通りタボ
ラホテルへ、平屋の大きなホテルでした。家族3人同室にしてもらい403号へ、長い通路を歩いて5部
屋ほどある離れでした。

 部屋の中はやはり暑いなあー、蚊の侵入を防ぐため小さな窓にネット張り、防虫スプレーをベットの
下やあちこちへ(その後毎日ホテルの人がやってくれました。)更に、香取線香を燃やし、日本から持
参した蚊帳を備え付けのベットの蚊帳の上から2重にかけました。これはうまい具合に覆うことが出
来、息子が夜中に何度もトイレに起きるので安全対策になりました。

 夫は2~3日防虫スプレーのせいか今一でしたが、息子はだんだん慣れてきたようでした。よかっ
た、よかったと、ほっとしました。

 
ンゴロンゴロ公園にてガイドさんらと共に




4)タボラでの体験など
 翌日から学校、福祉局、州立病院、公的機関などを表敬訪問をしました。
 それぞれの建物、設備などは質素でした。イプリではストリートチルドルンたちを援助しているインド
から来た神父さん(生まれはタンザニアだそうです)、ベルギーからきたという女性のボランティアさ
んに心を打たれるものがありました。身体の不自由な人々の施設チャワタではいろんな要望があり
ました。それにしても日本の私達はものを粗末にしているなあー。彼らの生活に何か役に立つように
再利用の仕方がないものか?といろいろと考えさせられます。彼ら自身が自立するためになにをな
すべきでしょうか。よいリーダーを育てることも大事なことでしょう。

 カリムさんが協力しているNGOの仕事を見学しました。村の生活改善、農業、牧畜の振興、水の安全
な確保(井戸掘りの推進)、エイズ対策、リハビリセンターの充実などいろいろ、うまくいくようにがん
ばってください。そのためにも助け合いの関係を作るにはどんな方法があるでしょうか。

 今回のツアーで感じたことは、Yさん、Hさんのようにきめ細かな一人ひとりの人間関係ができて、
はじめてよい国際関係が生まれるのであろう、と思います。
 そしてタボラの人達、村の大人から子供まで身近に接することができたことは大きな収穫でした。
アフリカの旅は不安と感動の連続でした。

笑顔のマー君



 最後に、私達家族が足を引っ張らないようにと息子対策に気をくばるあまり、スワヒリ語の勉強、タ
ンザニアの歴史、文化、スケジュウルの決定など、全てリーダーさんにおまかせでした。息子の大きな
パニックはある程度予測がついていましたので、全体的には合格点でしょう。



 
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