柳 の 絮


春を感じる陽気になってきた。春風が吹き、舞い散った塵のひとつが眼に入った。涙で塵を流し、痛痒くなった眼に目薬を点した。  スーッとする清涼感を感じながら、私はあの日のできごとを昨日のことのように思い出した。
 あれは確か今から三十数年ほど前のことである。当時はまだ私が単独の山歩きを初めて三〜四年経った頃で、雪山にも登り始めていた。

 あの年は五月に槍沢、四月と六月に涸沢と三カ月連続で北アルプスに入った。残雪の多かった年で、六月に入っても穂高の峰には随分と雪が残っていた。私は雪の涸沢を愉しんでから、帰路を急いでいた。徳沢まで戻り着て、ザック内の整理をした。ザックから取りだしたアルミ・ボトルの底にウイスキーが残っていた。早速、徳沢の手の切れるような冷水で水割りとした。崩れかかったチョコレートや魚肉ソーセイジなどをつまみながらザック内の残飯整理を兼ねた独りぼっちの酒宴である。

 ザックのパッキングも終え、再び梓川の河畔を歩き始めた。私はこの時期、本格的に山に取り付くまでのアプローチである山道歩きが好きである。夏などに比べ入山者も少なく、道脇の風景など、のんびり眺め愉しみながら歩けるからである。

 木製の小橋の掛かった場所辺りまで、歩いて来た時だった様な記憶がある。見上げた山道の中空に陽の光を浴び幾分輝くような白いものが見えた。

 次の瞬間、ほろ酔い気分の私の眼に何か異物が飛び込んだ。宙に漂う白いものだった。「あっ、痛い」しかし、なぜか涙がなかなか出てこない。しばしの間、目蓋を瞬かせながら歩いて行く。
 やっと、涙で異物を洗い流した私。そして、虹色に滲んだ涙目が晴れた時、私の眼に映ったのは、ちらほらと淡雪が舞い飛ぶように見える柳の絮(わた)だった。 上高地での懐かしい思い出である。

 



山道、そして柳の絮というと、
もう一つ、忘れえぬ思い出がある。


絮 の 球


 

 以前数年間、本州北端の地、青森で生活したことがあった。その時、下北半島にある吹越烏帽子岳という低山に10回ほど登った。
 四月の半ば過ぎ、この吹越烏帽子岳に登った。この日は風の強い日だった。中国の黄河奥地から黄土の塵を含んだ風がこの地まで吹きつけ、眼に滲みて痒くなるような日和だった。

 何時ものように山道を辿り森林限界へ抜けだした。この時期、標高500m程のこの山には当然、残雪も無く山ツツジやアズマギク咲く季節にも少し間があり、彩りの乏しい寂しい山道だった。
 道が険しくなり始める辺りで、妙なものを目にした。フワッとした白いボールである。何かと目を凝らし、よく観てみると傍らの低木から剥がれ落ちた白い紐(ひも)状のものが、そのボウルに繋がっている。
 低木はツシマヤナギの矮小木で、白いものは柳の絮だった。折からの風に吹かれ枝先から絮が剥がされ纏まって丸くなっていたのである。
 そして注意深く周辺をよく眺めてみると、あるある、あちらにも、そして、こちらにも白いボール。一部は風に煽られ塵散りになって空高く舞い上がって行く奴もある。
 不思議な光景を目にした記憶は今でも鮮やかである。



タンポポの綿毛より軽い柳絮(りゅうじょ)を
詠った中唐の詩人、劉禹錫 (りゅう・う・しゃく)

           私はこの詩が好きです。


柳花詞 二首 その二   劉禹錫
 
軽飛不仮風    軽く飛んで風を仮らず
軽落不委地    軽く落ちて地に委せず
繚乱舞晴空    繚乱として晴空に舞い
    発人無限思    人をして無限の思を発せしむ


  尚、絮の球を見た日の下山後の模様は つん のとぼとぼ のページ (上北に春が来た 〜)に書き込みしてあります。


   つ ん
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