御 荷 鉾 (みかぼ)
私の故郷である伊勢崎は関東平野の北西部に位置し、
深田久弥の「日本百名山」のひとつ赤城山を真北に望む町である。
上州名物 嬶(かかあ)天下に空っ風
などと昔から言われているこの赤北の町に私は生まれ育った。
冬は赤城颪(おろし)といわれる乾燥した
冷たい強風の吹く日が多かった。
また、季節が夏になると雷の発生。
雷雨の中、稲妻に怯えた幼い日もあった。
どこかで雷鳴が響いた後の停電。
その頃は、まだ今と違って電力事情もあまり良くなかったのだろう。
民家の灯りも落ち、蝋燭の灯りの下
送電の復旧まで相当の時間、待った記憶がある。
町の南西境界沿いを利根川が南東方向に流れ、
利根川の支流である粕川や広瀬川が市内を縫っている。
上毛(じょうもう)三山の榛名、赤城も観えていた。
夏の時期、関東平野で暖められた大気が
北部の山稜周辺で上昇気流となっていく。
水分を含んだ大気は空高く駆け上がり、やがて積乱雲となって
数千〜数万メートル上空まで立ち昇っていく。
雷のルーツであり入道雲とも呼ばれる、この雲の発生する場所は
地形の関係だろうか、大体、いつも決まっている様に思われた。
” 雷の通り道 ”とも呼ばれる落雷多発地域というのが地方によっては
あるように思う。そして、私の故郷も、そのような所だった様な気がする。
ところで、今でも遠くで雷鳴の聞こえる季節になると
親父のいっていた、或る言葉を朧気に思い出すことがある。
御荷鉾 (みかぼ)のサンゾク雨
サンゾク雨 ・・・ はて、何だろう ??
山賊雨 ?? 三足雨 ?? 三束雨 ??
サンゾク雨 の意味を親父に聴いた記憶はない。
今に為って考えるに、赤久縄山や御荷鉾山のある
西上州(南西)方面より雷鳴が聞こえだしてから、
雷雨の降り始めまでの間に、
草鞋(わらじ)を三足ほど綯える時間がある。 とか、
麦刈りで三束ほどの麦を刈取れる時間がある。 とか、
なんとかいうことであろうと、思っているのだが ・・。
果たして、本当の意味は ・ ・・ ?
兎も角、昔から、この地方に伝わる諺 (ことわざ)を
いったのであろうと。
"サンゾク雨" の意味を聞かぬ間に親父は逝き、
そして、随分長い年月が経ってしまった。
私も都会に出てきてから、故郷で過ごした月日の倍ほどの年月を重ねた。
親父の逝った歳に近くなってきた私。今になって父に聴きたいことが
沢山あった様な気がしてきた。 そう ・・・ 酒でも飲みながら ・・・ 。
父不見御荷鉾も見えず神流川
星ばかりなる万場の泊
尾崎喜八
都会のビルの彼方から、かすかに遠雷の音が聞えた様な気がした。