刺蛾(イラガ)の笛



山茶花の花の散り敷いた道を歩み、
見上げた柿の木は既に葉を落としていた。
その枝に卵形をした小さな楕円球がみえる。
インゲン豆ほどのその球は西日を浴びて、
柿の枝と一緒に、くすんだオレンジ色にみえた。


最近、子供の頃の懐かしい夢をみた。
 
私の生まれ育った群馬県の町、伊勢崎。
昭和の三十年代前半、私はまだ小学生だった。


あれは、いつごろの季節だったのだろうか。

拾った長い棒の先で、その球を突き上げると
枝から剥がれて"ポロッ"と地上に落ちた。
拾い上げた小さな楕円球。よく見ると、
黒褐色に白の縦縞模様を付けた
洒落たデザインの殻である。
この殻の中には、うす黄色い色をした
虫(イラガの幼虫)が入っているのである。

幼い私は道ばたに落ちている、
平たい小石を探した。
そして、その球の一端を小石で擦ると
直ぐに薄い殻に小さな穴が開いた。
次に、爪楊枝ほどの小枝の先を、
その穴の中に突き入れて
中にいるイラガの幼虫を引張り出した。

その殻を下唇に当てて、開けた小穴に
息を吹きかける。
「ピィー」と鋭く甲高い音が
黄昏の空に響き渡った。



イラガの笛。私の懐かしい思い出である。

しかし、今考えてみると随分と
可愛そうなことをしたものである。
冬に備えて造った”まゆ”を壊され殺されたイラガ。
あの笛の「ピィー」と鋭く甲高い音は
イラガの悲しみに満ちた泣き声だったのかもしれない。

ときとして子供とは惨忍なものである。



ところで、刺蛾(イラガ)の幼虫には、
その名が示すように鋭い棘が生えている。
幼い つん も、この棘に刺されて
痛痒い思いをしたことがある。

そしてイラガの”まゆ”を
スズメの小便桶(たご)と呼ぶのを大人になってから
知った。あんな洒落たデザインの殻を ・・。
皆に嫌われている虫かもしれないが、
この虫にとっては気の毒なことだ。


    つ ん
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