鋳 掛 屋 (いかけや)
今、つん が住んでいる辺りでは、ごみ収集車が空ビンや空缶など
いわゆる、不燃物を毎週末に収集している。
つい先日のこと、ごみ集積所の前を通った。週末でいつものように、
空ビンや空缶などが置かれていた。そして、その中に真新しい、お鍋が一つ
放置されていた。ぴかぴか光って、集積所脇の植栽の緑が映っていた。
「あぁ〜 もったいなぁ 〜 」つん の一言。ほんとうに勿体ないのである。
つん が、幼い頃、折れた蝙蝠傘の骨を修繕したり
孔の開いた鍋や釜の修理をしてくれる、おじさんがいた。
その、おじさんを鋳掛屋(いかけや)さんと云っていた。
おじさんは、ときたま風のように現われた。
そして、修繕を済ませると自転車に乗り隣町に消えた。
幼い つん は鋳掛屋さんの姿を見つけると、その後を追掛け
長い間、膝を抱えてその作業に見入っていた記憶がある。
孔の開いた、鍋や釜をひっくり返す。次に、孔を僅かに広げる。
広げた孔に真鍮やアルミなど地金に合わせたリベットを
内側から差込む。今度は、そのリベットを外側から「コツ・コツ」と
叩いて孔を塞ぐのである。
当時は、まだ物を修理しながら大事に使うと云う時代だった。
ヴィム・ヴェンダース監督の映画「リスボン物語」の中に
刃物の研ぎ屋さんが出て来る場面がある。自転車に取付けた
研磨機でハサミを研ぐおじさん。その研磨音をリスボンの街角で
収録する主人公ウィンター。何ともいえない情景なのだ。
また、チャン・イーモウが監督した映画「初恋のきた道」の中には
瀬戸物修理のおじぃさんが出てくる場面がある。
つん は瀬戸物修理を観た経験は無いが、なぜか
懐かしさを感じると共に、心の中まで温かく
なってくるようなシーンだった。
大量に消費、消耗する社会である現在。修理するより買った方が、
お金も掛からず、安く上がるという時代。
しかし、果たして本当に、これで良いのだろうか。
人肌の温かみを感じるような仕事って、もう、映画や物語の中だけの話で
現実には、この社会から消え去るしかないのだろうか ・・・。