涸 沢
紅葉狩りのつもりが雪見とは
今回は上高地に入る前から変だった。新島々から上高地に
向ったバスも上高地が近づくと殆んど動かなくなってしまった。
紅葉狩のシーズンである。おまけに、長野オリンピックまでは
国道158号の道路工事が行われているからだ。
予定時間から大幅に遅れてバス・ターミナルに着いた車から
降りたった人達は皆疲れきった顔をしていた。
私も日の暮れないうちに横尾まで入っておこうと思い、道を急いだ。
しかし、明神を過ぎ徳沢の先を行くようになると薄暮の状態となり、
横尾に着いた時は日もとっぷりと暮れていた。
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10月11日である。涸沢の紅葉は既に盛りを過ぎているだろうか。 然らば、名残の小枝を観に行こうと横尾の谷に入っていった。 天気はあまり芳しくない。前方の山波も今日は煙って見えている。 |
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いや〜降ってきたなぁ〜 |
随分積っている |
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先へ進むうちに空から白いものが舞ってきた。雪である。 初めは大粒の重たそうな奴だったが、そのうちフワフワの奴が 本格的に降ってきたのである。気温も朝と比較し随分下がってきたようだ。 私が涸沢に向って登り続けていると、下山してくる人が怪訝そうな顔で 「これから涸沢ですか」と声を掛けてくる。確かに下りてくる人はいても これから涸沢に向かって登って行く人はいないようだ。 涸沢が近づいてくると、雪は幾分小降りになったが足元には随分積っている。 |
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ヒュッテにて |
紅のナナカマド 白き雪 |
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辿り着いた涸沢は一面の銀世界である。北穂も奥穂も煙って 薄っすらと見える程度である。 ヒュッテに寄ってみる、ガラ〜として静かである。 涸沢のテン場には2張りの天幕が残っていたが人の気配は無い。 涸沢小屋に行く。小屋前にいた人に声を掛けられる。 「いや〜生憎の天気になっちまって」とその人。 彼は北穂稜線に向っていたのだが、この雪で ここまで逃げ帰って来たというのである。 既に、雪は止んでいるが天気は直ぐには回復しそうにない。 ヒュッテに折り返し、下山に掛かろう。 ふと気がつくと道脇の小枝に赤い実。 そう、ナナカマドの真紅の実が鮮やかなのである。 こんな鮮やかな色をなぜ、今まで気がつかなかったのだろう。 体の中のどこかで緊張していた何かが この色を観た時、解き放たれた気がした。 真白な雪に映える紅の色をしたナナカマド。 そして、背景は薄墨色をした前穂高岳。 まるで一幅の日本画を観る心地がする。 |
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上高地への道 |
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上高地への帰り道はいつもよりリラックスして歩いていたような気がする。 初日に薄暮の中、足元ばかり見て歩いていたせいかもしれない。 気のせいか、久しぶりに見る奥上高地の紅葉は心に沁みた。 先程からまた、みぞれ雑じりの氷雨が降り続いている。私はヤッケの 襟を立てて上高地への道をゆっくりと歩んで行った。 実はこの後、上高地のバス・ターミナルまで来てみると、 降り続く氷雨の中紅葉見物に訪れていた観光客が 右往左往しているのである。上高地周辺の交通事情が 前日と同じように悪いのかもしれない。 私は前日のことがあったので、この日の帰宅を早々に諦めた。 向った先は、こんな時利用する機会のある○糸屋である。 幸い時間が早かったこともあり、空きがあり宿泊できた。 しかし変わった体験をできたのは翌日のことだったのである。 |
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○糸屋前から焼岳を望む |
河童橋傍より見る穂高 |
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昨晩の酔いが抜けきらない体で宿の玄関をでた。 梓川の河畔で焼岳を望むと雪で覆われて白くなっている。 河童橋まで歩いてくる。まだ、この時間橋周辺に人影は疎らだった。 そして、ここから見上げる穂高も真白である。 早朝のバスで新島々に向う。スムーズと云えないまでも、 それなりの時間で新島々に到着。松電に乗り換え松本駅に 着いた後、そのことに気がついた。 松本駅の構内放送で何かアナウンスしているようだ。耳を澄まして 良く聴くと、何と中央線が止まっているようだ。 なぁ〜に〜、中央線・大月駅の構内で列車事故だとぉ〜。 案内によると、現在中央線復旧の見込みは立っていないと云う。 あちゃ〜、どうしよう・・・と思っている間も無く、次のアナウンスがある。 結局、中央線乗降の切符で他の路線を使っての振替輸送を行うというのである。 それではということで、篠ノ井線の特急で長野まで出て、開業まもない 長野新幹線に乗り換えて帰ってきた。 (私にとって始めての長野新幹線乗車がこんな機会で実現するとは、 更に中央線利用時の所要時間より短時間で帰宅できてしまうとは、 まったく考えもしなかったことである。) いやぁ〜えらい目に遭ったなぁ〜。でもいろいろ経験できて楽しかった。 と云うことで上高地から戻ってきました。 そりゃ〜まあぁ、何十年も山歩きしていれば、いろんなことありますよね。 秋の雪といえば、確か十五年ほど前の十月に剱岳で 今回とは比べ様もないくらい、凄い降雪に合って随分苦労したことなど 涸沢からの帰り道で懐かしく思い出しました。 |