赤城神社(旧・赤城明神社)

右上拝殿前に狛犬が画かれています

地下鉄神楽坂駅から5分ほどの所に赤城神社が在ります。
その昔上野国の豪族大胡氏が牛込に移り住んで牛込氏と改称、当社は牛込氏が故郷の赤城大明神を勧請したのが始まりといいます。
名所図会には石鳥居、表門、参道、社殿が描かれ境内には茶屋(岡場所)があり当時の猥雑な雰囲気を今に伝えています。
狛犬は拝殿前に描かれていて現在も同じ所に居ます

台座の銘は「改代町
安永八己亥年九月造立(1779)寛政十一己未年十一月再造立(1797)」
牛込榎町 石工 仁兵衛
「昭和三十四年修理」
と刻まれています。

赤城神社の祭礼は9月19日で当社産子の二十八町から出された様々なこしらえ物が錬り歩く賑やかな祭りでした。
また
石工仁兵衛の住む榎町には五尺余りの獅子頭二体が飾られたそうです。
昭和20年の空襲で社殿は焼失、狛犬の背中にも火傷跡が残っています。

現在の社殿は昭和34年に鉄筋コンクリートで再建されたもので、狛犬も修理されました。
なおこの空襲で
八代目塩谷仁兵衛が亡くなり、家や作業場も焼かれて、全て灰になってしまったそうです。合掌。

狛犬を奉納したのは改代町の氏子ですが、改代町とは江戸城築城のおりに立ち退かした人達をこの地に移し、寛永年間の田畑開墾の後、改めて代わりの地を賜ったので、改代町という地名になったそうで、正式には牛込改代町といいます。
台座に刻まれた町名は歴史を語る。台座も文化財です。

追記
平成20年夏、赤城神社再生プロジェクトがスタート。
社殿や狛犬、その他の石造物、境内脇の神輿倉、稲荷社、住宅などが全て撤去され、
平成22年秋の再建完成をめざしています。
仁兵衛の狛犬については liondog さんからの知らせで、仁兵衛お孫さんに台座の一部が贈られたそうなので、破棄されたと思われますが詳細は不明です。

赤城神社 東京都新宿区赤城元町1-10

2002年32号より
2008.12 加筆訂正
写真:山田・阿由葉