WALKOUT+
01

南方国境線への視察がたった電話一本で本決まりとなったとき、それを執務室で聞き耳を立てていたハボックががっくりと肩を落とした。わあ、なんてヤな話! そう、憚りもなく堂々とつぶやいたから、はっきりと言い渡してやった。
「別にお前に同行など頼んでないだろうに。それにそれほどイヤならお前には頼むまい」
実にできた上司のお言葉に、ハボックはもの言いたげにたっぷりと私を注視してから、それはそれは大きなため息を付いた。そして、肩を落としたまま司令室を何も言わず出て行く。
いくら私が寛大で理解ある上司といえども黙認できる態度ではなかった。すでに私の気持ちは決まっていたとも言えるだろう。
ハボックめ、お前なんぞこの出張に同行させてやらん! むしろ、もっと酷いところに出張へ行かせてやろうとも!

――しかし、私の硬い決意は数日後に簡単に翻された。なんと歯痒いことだ。挙句、私のあずかり知らぬところで、南方国境線視察の随行者たちはすでに選出されていた。その随行者のリーダーにとっとと納まった、ハボックの主導で。
「過酷な戦場だったという話は聞いています。ハボック少尉が言うには、視察なんて実に酔狂なことだそうですよ。南部の司令部はよくそれを許可しましたねとまで言っていました」
雄弁な眼差し。私が半分眠って、書類をよく読まずにサインをしたと疑う…。
視察地は南方国境線の中でも特に危険視されていた場所だった。そして、東部へ来る前のハボックの戦場のひとつでもある。
「そして、それを良く知っているハボック少尉がわざわざ大佐の同行を申し出てくれているのですから、あなたは大人しく従いなさい」
そのお言葉にこれらがもうすでに彼女に決定事項として扱われ、種々の手続きを経ていることを知る。彼女が奴の申し出を快諾したのだから、東部においてそれを覆すことは東方司令官の私といえども簡単に行えることではなかった。だが、事後承諾がなんとも虚しい。反論の余地はいつものように与えられることはなかった…。
そもそもこの視察の話は目的すら曖昧で大儀すらなかったことを覚えている(私は書類を全く読まずにサインをすることはない!)。しかし、提案者の上位階級を考慮し黙殺せず、南方側に判断を委ねた話だった。ここ数年でアエルゴとの戦線は変動し、東方からより離れ、東方司令部が積極的に関与する話ではなくなっていた。よって、わざわざ東方司令官が出張ることも口を出すこともない。私のやることといえば、上がってきた無意味な報告書にこの視察の提案者が満足できるよう見栄え良くサインを押せば良いはずだった。発案者の将軍が深夜にトイレに行き、そこで転んで足の骨を折らなければ。
――そして、立ち消えになってもおかしくなかったこのいかにも面倒臭げな視察が、別の将軍に引き継がれ、その同行者という役目が何故か回りまわって、年若く有能ゆえに妬まれ続けるこの私のところまでやってきた。それがことの真相だった。



ハボックはこの話が決まってから、自分の小隊へ掛かり切りとなっていた。たまに司令室に戻ってきても口数は極端に少なく、ずっと顔を顰めていた。そして、南方に到着したときから、愛想笑いすらしなくなり、今回視察に同行するという地方支部の将軍が用意したというスケジュールとメンバー表、軍用車を見て、表情を強張らせた。
支部に立ち寄り、この視察の発案者にして深夜に転んで足を折った将軍と、その志を勝手に引き継ぎ余計なことをしてくれた将軍と少々世間話をしている間に、ハボックは精鋭の部下たちを走らせて、いそいそとどこからか何かを調達しはじめる。そして、いざ南方国境線へ向かうとなると、部下たちを一斉に車から降ろした。
「この先はオレひとりで十分です」
それを先方に認めさせるのはさも私の仕事だと言わんばかりの視線を向ける。
恐らく結論を言えば、このハボックの判断は実に正しかったことになるのかもしれない。ここに数多くのものがいたところで役には立つまい。むしろ混乱を招きかねないのだから。
2010/10/10 COMIC CITY SPARK 5 で配布させていただきました。
それを更に加筆修正して、2011/05/04のスパコミ01〜03まで配布させていただきました。
「カッコいいハボックに挑戦!」というかなり高い(?)ハードルを設けています。
2011/05/04