T-01
開門前に行われるキャラクターのグリーティングをちゃんと見て、開門と同時に勢いよく走った。ワールドバザールを抜け、シンデレラ城を通り、右に曲がる。ヒューズが事細かく書き込んだ本日のスケジュール表を手に持って。
ヒューズ曰く、この大型遊園地は綿密な計画を立てたとしても満喫し切るのは難しい、らしい。しかし、そう言われたからには、何が何でもスケジュールを消化して満喫してみせようと思うものだろう。なのに、ハボックの足取りは重い。日頃、無駄に忙しなく動き回るくせに。
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急かすマスタングの手をハボックが強引に引っ張った。
「ちょっと待ってください!先にこっちっスよ!」
「くまのプーさんのハニーハントのファストパスをまず始めに取りに行けと、ヒューズは言っていたぞ!ああ、抜かされて行くっ!何のために、一番に入ったのかわからなくなるではないか!」
我先に、と抜かして行く家族連れの背を目で追うマスタングの耳元に、ハボックが声を潜めて言った。
「でも、こんなところで、アンタがいることがバレたら大事ですよ。身動き取れなくなっちゃたらイヤでしょ?」
「―――む。そうだな」
せっかくのディズニーランドだった。ハボックは真剣にマスタングを説得する。
「変装しましょう。あいにく、ここは道具に事欠かない」
ハボックは、怪訝そうな表情を浮かべたマスタングを、マッドハッターに連れ込んだ。
「これっ!これですっ!これ!!」
「‥‥‥‥‥‥」
「これで、もう、だれもアンタが国軍大佐なんて気が付きません」
「‥‥‥‥‥いや、ハボック」
「これを付けただけで、今日一日遊び放題ですよ。間違いありません」
「‥‥‥‥オイ、ハボ」
「絶対ですっ!テロリストにアンタがここにいるってバレたらどうするんですか!?ここでアンタが原因でテロが起こったりでもしたら、2度と入れてもらえませんよ!あ、尻尾も付けますか?」
「‥‥‥これだけにしてくれ」
鼻息荒く詰め寄るハボックに、マスタングは言いようのない敗北感に見舞われながら、ハボックの手によって、ハボック自らが自分の持ち金から買ったその、ネズミの耳の付いたカチューシャを頭につけられた。
走る気力を削がれたマスタングは、ハボックに手を引っ張られてプーさんのハニーハント到着した。そこには、もうすでに列ができている。その向かいには、ハニーフレイバーのポップコーンのワゴンが出ていた。一気に疲れを感じ始めていたマスタングにはその甘い香りがあまりに魅力的で、思わずそっちの列に並ぼうとふらりと体が傾いた。そうしたら、ハボックが、オレ、ファストパス取って来ますんで、と気の利いたことを珍しく言って、2人分のパスポートを手に人ごみの中に走って行く。マスタングは1人、ポップコーンの列に並んだ。
マスタングとハボックは、ポップコーンを片手に、お昼過ぎに入場できるハニーハントのファストパスと手に入れ、トゥモローランドに向かった。次はスペースマウンテンのファストパスを手に入れるために。
開園して一時間、続々と人が入ってくる。人気アトラクションであるスペースマウンテンには大量に人が並んでいた。
マスタングは行き交う人に振り返られることや、並んで手持ち無沙汰の人たちに指を指されることに、ついに耐えられなくなってハボックに耳打ちした。
「見られてるぞ!ハボ!!これでは、全く変装にならないではないか!やはり、三十路手前の人間のすることではないと思うぞ!!」
ハボックも、マスタング同様、耳元に顔を寄せて小声で話す。
「そんなことないですよ!やっぱり、アンタが一番似合います。あんなネズミより、ね!」
にやけた顔にウインクまでしてみせたハボックに、共にここに来る人選を誤ったことに、ようやく、マスタングは気が付いた。
T-02
それ取ったらバラしますよ。
大声で、アンタの名前、フルネーム階級付きで叫びますから。
オレ、マジです。
その上、もう2度とメシ作ってあげませんし。
中尉に一緒に謝ってあげませんし。
残業も付き合ってあげませんしっ。
それからっ!それからっ!飲みに誘ってあげませんし。
えーっと、今度、銀時計落としたら、もう、一緒に探してあげませんしっ!
それでもいいんですかっ!?
ハボックの、脅迫しつつも必死にすがりつく数々の言葉に、マスタングの手からハニーポップコーンが滑り落ちた。
立ち尽くしたままの2人の周囲に、何処からともなくほうきとちりとりを持ったキャストたちがわらわらと集まってきて、一斉に、足元に散らばったポップコーンを片付けはじめる。
話の内容が内容なので、マスタングは口を開くことができず、キャストたちが立ち去るのを、待っていた。だが、ハボックはこのマスタングの沈黙を了承したと考え、マスタングの手を握って足早に歩き出す。
キャストに、ありがとうございますと一声かけてから。
「さあ!次、行きますよ!!パレード始まりますから!」
「―――ああ、パレードね、パレード‥‥」
握りしめられてぐしゃぐしゃになってしまった、ヒューズのメモにそう言えば書かれていたっけ。
たたらを踏んで体勢を崩しかけたマスタングを引きずるように、ハボックはシンデレラ城前に向かった。
オレンジ色のかぼちゃのパレードが近づいてくるたび毎に、マスタングの機嫌は回復していった。しかも、自分たちが立っている前で、パレードが停まりパフォーマンスを繰り広げる。思わず、と言った態で、笑顔で、ハボックを振り返ったマスタングは、ハボックに強引に突き飛ばされて、パレードの真っ只中に飛び出してしまった。
「オ、オイッ!」
しかし、ダンサーたちがすぐさま近寄ってきて、ダンスを踊るように、何度もリアクションを繰り返す。どうやら、一般参加型のパレードだったようだった。あちらこちらで、パレードルートに出てきて踊っている人たちがいた。
―――ここで踊らない、という選択肢はマスタングには用意されていなかった。
踊るマスタングを、ハボックが沿道から何回もカメラのシャッターを押していた。
「あ、あの、チュロス、食べます?」
「―――食べる」
「あ、フルーツも、ありますね。食べます?」
「―――当然だな。食べるとも」
「ダンドリーチキン、食べます?」
「―――当たり前だっ!食べるぞ!」
「えーっと、あとは?」
「のどが渇いたぞ!ジュースだっ!」
「うス。ちょっと、待っててくださいね」
「スーベニアカップにしろ。ミニーがいい」
「あー、あそこのワゴンにはないっスね。デイジーじゃダメっスか?」
「ダメだっ!」
「ここにいてくださいよ?ファストパス持ってんの、オレですからね。はぐれたらアトラクション乗れないですから」
「早く行って来い。ついでに、グレードアメリカン・ワッフルカンパニーでチョコレートワッフルを買ってこい。お前の金で」
「―――うス」
ハボックが何を言われても、うれしそうなのが、マスタングのいろいろな気力とか体力とかを削いでいた。
T-03
辛うじて、ヒューズが立てた計画通りに予定を消化はしていた。
プーさんのハニーハントにも乗ったし、スペースマウンテンにも乗った。スプラッシュマウンテンのファストパスもちゃんと取った。
しかし、何かもの足りない。―――そう言えば、私はまだ、あちらこちらで見ることができる長蛇の列に並んでいなかった。あえて言うならば、朝一で買ったハニーポップコーンのワゴンに15分並んだぐらいか。
+++
マスタングは、ヒューズにファストパスのあるアトラクション以外は乗るな、どうせ、お前は1時間も待ってらんないんだから、と言い切られていた。
「―――並びたいんですか?オレはべつにいいっスよ。どこでも並びます。で、何のアトラクションがいいんスか?」
ハボックは、マスタングが食べてみたいと言った、ココナッツ味とクリームソーダ味のポップコーンのレギュラーボックスを持っていた。しかし、ハニー味が気に入ったらしいマスタングは、それらを一口食べてからは全く手を付けていない。また、マスタングはだんだん、頭のカチューシャに違和感を感じなくなってきていた。もともと他人の視線に晒されることの多い地位にいることもあり、さらに同じようなものを頭に付けている人があまりに多かったせいだろう。
「ヒューズの鼻を明かせるところがいい」
「じゃあ、ミッキーの家ですね。絶対。『お前、マジで並んだのかっ!?』って言われること間違いないです」
「よし!なら、そこへ行くぞ!」
「うス」
そのミッキーの家が、トゥーンタウンにあると知ったマスタングは、―――ちょっと、待て。プーさんコーナーに寄れと、言った。
プーさんコーナーは本日2回目の入店となった。プーさんのハニーハントにファストパスを使って楽々乗車してから、入店したのが一回目だった。
マスタングは、お目当てのものがすでに決まっているらしく、混雑した店内を淀みなく進んで行った。ソレはちゃんと棚に置かれていて、その1つを、マスタングがハボックに手渡す。
「あの?これ、は‥‥‥?」
「ティガの尻尾だ。これを揺らして歩くお前が見たい。付けてくれるだろう?」
ミッキーの耳を付けたままのマスタングが、ハボックを見上げて首を傾げる。
ハボックはなす術もなく、手渡されたそれを手にレジに並んだ。
自分の金で買いたまえ、という声を背後にハボックは聞いた。
耳を付けたマスタングと尻尾を付けたハボックは、トゥーンタウンに向かった。
ミッキーの家に向かう前に、その手前のミニーの家の裏に行きたんスけどと言うハボックに、マスタングは機嫌よく頷いた。ハボックの尻には、大きな尻尾が揺れていた。
「そこには、何があるんだ?」
「ミニーの願いの井戸です。ミニーのメッセージが聞けるんですよ」
小さな子供たちやジョリートロリーが走る、曲線でできたトゥーンタウンを2人が横切っていく。
小さな女の子とその保護者が順番を作って待っている列にハボックは率先して並んだ。
「ここで願い事を唱えると必ず適うんだそうです」
女の子たちが、口々に井戸に向かって願い事を言って、コインを投げる。そうすると、ミニーのメッセージが聞こえた。
―――星に願いをかけたら、夢は現実になるのよ!
甲高い歓声が続いて、ハボックの番が来た。
ゴクリと生唾を飲み込み、やや緊張した面持ちでハボックは井戸に向かって大声で叫んだ。
「恋人と結婚して、寿退職したいっ!!」
―――あなたの夢はきっとかなうわ!
その、ミニーのメッセージに、思わず、ハボックがガッツポーズを決めた。そして、周囲にいた人たちから、わっと歓声と温かい拍手があがった。
硬直するマスタングを引っ張って、ハボックはミッキーの家に並んだ。頑張ってくださいね!と温かいお言葉を口々に掛けられながら。
T-04
ハボックの言うことについて、深く考えることをマスタングは早々に放棄した。
―――ジョークのセンスなど皆無な奴の言うことで、動揺などしていたらマヌケだ。
ハボックは、そんなことを考えているマスタングの隣で、ここは禁煙なのが唯一の欠点ですね、とあくまでもにこやかに、列に並びながら持たされた甘いポップコーンを片付けはじめた。
1時間以上の待ち時間は結構あっさりと過ぎて、2人はミッキーの家に入ることができた。ネズミの生態を無視した造りの家を興味深く見学していく。
「お前の住んでいるところより金が掛かってるぞ」
「何本の映画に主演してると思ってんスか。ただのネズミじゃないんスよ!」
顔を寄せ合って、周りの子供たちに聞こえないように小声で話しながら。
次の扉を開いたら、何故かそこに、ミッキーがいた。
「ミッキーの家とミート・ミッキー」
マスタングは、それぞれ独立したアトラクションだと考えていた。瞬時に、何故このアトラクションが人気なのかを理解する。当たり前だ。ここで、ミッキーと一緒に写真が撮れるのだ。何時間並んでもいいと考えるものは少なくないだろう。
そして、すでに、ハボックの手にはカメラが用意されていた。マスタングが己の失態に気が付いたときには、すでに、部屋の扉は閉ざされていた。
「あ、もう、アンタの番ですよ」
ハボックの一言で、キャストがマスタングをミッキーの隣へいざなう。ミッキーの耳を付けたいい歳の男が、ミッキーと一緒に写真を撮ろうというのに、キャストの女性は同情的な眼差しすらしない。その善意にマスタングは逆らえなかった。
同じ耳を持った人間にミッキーは喜んでくれた。鼻をひくひくさせて、自分のほっぺを指差す。それを見ていた、一緒に部屋に入った数人の子供とその保護者たちがわあっと歓声を上げた。そんな中、キャストが一際大きな声で高らかに告げた。
「さあ、ミッキーにキスを!」
「ネズミのくせに!アンタにキスをせがむなんて、許せないっ!アンタも、アンタだっ!なんであんな公衆の面前で、あんなに簡単にキスするんスか?!オレと一緒に来てんのに。ひどいっ!」
「―――なら、ミッキーの家に連れてっこなかったらよかったんだ」
そんなことを言っても、周りと一緒にしっかり喜んで写真を撮っていたくせに。
「恋人と一緒に来てんのに、何で、ミッキーと一緒に写った恋人の写真が欲しいと思わないと思うんスか?!」
「―――あー、もう、次のアトラクションの時間だろう?行くぞ」
全く話に乗ってこないマスタングに、ハボックが俯き立ち止まる。しかも、トロリーの線路の真ん前に。
「まだ、ここで遊びたいっス。ファストパスの時間は、まだ、一時間有効でしょ」
「そんな予定はないぞ」
「―――冷たい。アンタ、オレより、ヒューズ中佐の計画の方が大切なんスか?」
ハボックの言い草に絶句したマスタングの沈黙に、ハボックがグスと鼻を啜り、乱暴に腕で顔を拭った。そして、ハボックの背後から、トロリーが近づいてきた。
「オイっ!泣くことないだろう!泣くこと!わかった。わかったから!喫煙所にでも、一緒に行ってやるから、そこから動け!」
「ホントっスか?でも、その前にここで遊んでください。それから、ちゃんと喫煙所にも一緒に行ってくださいね」
ハボックは、にぱっと笑ってもう一度顔を拭い線路から離れた。お前は小学生か?幼稚園児なのか?―――マスタングは、湧き上がる疑問をぐっと堪えた。周囲に、自分たちを不思議そうに伺う子供たちが増えてきたからだ。とにかく、ここを一分でも一秒でも速く立ち去りたかった。
「ここ、ここに立ってください」
マンホールの下から、声が聞こえた。
「ここ、押してください」
その脇の建物から、大きな爆発音と煙が立ち昇った。
「これ、この受話器、取ってください」
誰かの話し声が聞こえてきた。
「ここ、押してください」
何かが壊れる音がした。
「ここ、このドア、引いてみてください」
音がして、窓が光った。
「これ、これ開けてください」
木箱から、いろいろな音が聞こえた‥‥‥
ハボックはマスタングを、トゥーンタウン中、縦横無尽に連れ回した。
ファストパスの有効時間が差し迫っていたため、喫煙所よりもスプラッシュマウンテンに先に向かった。ここでは、傾斜角度45度を落下した瞬間の阿呆面を捉えた写真が売られていて、ハボックは嬉々として売店に買いに走って行った。
その揺れる尻尾を後ろから見るとマスタングはなんだか寛大な気分になってしまって、思わず大きな溜息を付いた。ハボックに言いたいことの半分も言えていない。そして、2人は喫煙所に向かう。
そうこうしている内に、やっと、日が傾き始めてきた。
「やっと、雰囲気出てきましたね。ホーンテッドマンションに行きましょう!」
しかし、ハボックは、ホーンテッドマンションがナイトメア仕様に様変わりしていて、非常に驚き、肩を落とした。せっかく、薄暗い雰囲気の中、二人乗りの乗りものであんなことやこんなことをしようと思っていたのに。
落胆したハボックは、予定を変更して、シンデレラ城のミステリーツアーにマスタングを連れて行く。ハボックは、ちょっとぐらいかっこいいところをマスタングに見せたかったのだ。
しかし、ハボックは、勇者に選ばれなかった。
恋する男の意地も、マジックとドリームの国では通用しないのであった。
T-05
ビックサンダーマウンテン。薄闇の中を並び、遠くにまだ沈み切らない夕日を見ながら疾走して。シンデレラ城の前で、今夜最後のパレードを待つ。
買い食いがあまりに多くて空腹ではなかったが、ミッキー形のハンバーガーが目の前に用意されたら、つい食べてしまうというものだろう。ハボックは、隣りで30センチもありそうな大きなホットドックにかぶりつく。―――食います?と言う言葉と共に、鼻先にそれを差し出され、思わず、私が口を開いてしまったら、ハボックが、その締まりのない顔をますます締まりなく崩した。
ざわめきの中、独特の、パレードの到来を告げる音楽がついに響き渡った。
大きな歓声と拍手に向かえられた電飾の妖精を先頭に、色とりどりの、コミカルな動きの動物たちや、大きなドラゴン、子連れの大きな白鳥、そして、多くのキャラクターを乗せた山車が通り過ぎて行く。
全てが通り過ぎた後も、遠くから聞こえる、やっと訪れたパレードを迎える歓声に耳を傾けながら、ほんの少し寂寥感を感じて。
人の流れは、慌しく、最後のアトラクションへと急ぐものに変わりつつあった。
しかし、そのまま動かず、フィナーレの花火を待つ。
ほんの少し触れる、隣りの高めの体温が、肌寒くなってきたこの季節にちょうどよく温かかった。
高らかに上がりはじめた花火に、人の流れが不意に止まった。今日、最後の魔法がかかったように、もう一度、時間がゆっくり流れ出す。
「アレ、一発で、ん十万なんスよね?うわあ、何かすげえ残酷っスよね。冷静に見てられないっスよ」
そして、花火は終わった。
+++
最後の予定は、ワールドバザールに一直線に向かって、司令部中に配る土産を買うことだった。マスタングもそのことには異存はない。が、しかし、ワールドバザール内の店と言う店に溢れ返る人の山を見て、早々に尻込みした。
ハボックは、今日の日のために、節約を重ねてきたという成果の入った財布を手に、鼻息荒く今にも店内に飛び込んでいく勢いだった。
「―――今日の休暇のために、たくさんのヤツらに迷惑かけちまいましたし。それに、土産配るの楽しいでしょ!」
ハボックの言うこともわかるが、マスタングは窓から見える、お菓子の缶1つを奪い合う阿鼻叫喚の光景を目の当たりにして、そこから後ずさった。
「わ、私は、アレが欲しいぞ!ハボック!風船だ!」
唐突なマスタングのリクエストでも、ハボックは嬉々として風船を買いに走って行った。
マスタングは、ハボックが買ってきたパンプキンミッキーの風船を手に、中に入ると邪魔になるからと言って、ハボックの買い物が終わるのを、1人、外で待っていた。
「帰りたくないっスね」
「―――そうだな」
それでも、2人は「星に願いを」を聞きながら、ゲートに向かう。
「また、来ましょうね」
「―――いや、私は遠慮する」
「どーして、そんなこと、このタイミングで言うんスか?!」
「どうして、お前は私がそう言わないと思うんだ!?自分が何をしたのか考えろ!」
「―――恋に盲目な男のすることとしては、随分、自粛してたでしょう!空飛ぶダンボに乗るアンタとか、キャッスルカルーセルで回るアンタとか、オレは写真に撮りたかったのに!アリスのティーパーティーに乗って、一緒にくるくる回りたかった!!ウエディング使用のミッキーとミニーのカチューシャを一緒に付けるのは、さすがに目立ち過ぎると思って我慢してたのに!もう、2度と一緒に来てくれないなら、我慢なんかするんじゃなかったっ!!ひどいっ!!!」
「大声でわめくな!うるさい」
「―――じゃあ、今度は、ディズニーシーに一緒に行きましょうね。ホテルミラコスタに一泊して。約束ですよ」
「―――その時間があるならな‥‥‥」
足早に舞浜駅に向かう人々や、まだ帰りたくないといった雰囲気でベンチに座るカップルたち。疲れきって眠る子供を乗せたベビーカーを押しながら、大きいお土産の袋を抱えなおしては歩く若い夫婦。にこやかな笑顔を浮かべ、腕を組んでゲートに向かう年配の夫婦。
「そうだな、また、来れたらいいな」
振り返る先には、いつものように、ハボックが一歩後ろにいて、誰にも負けないほど大きなお土産の袋に悪戦苦闘していた。その背後には、まだライトアップされているシンデレラ城と大きなパンプキンミッキーが見えた。
「―――なんスか?」
「いや、なんでもない」
今日一番のマスタングの笑顔を見逃したことに、ハボックは気が付かなかった。