GIFT 16-21
ちょっとした興味というより、自分がかなり蔑ろにされていたから。

大佐が時計のお返しに何かくれると言ったクリスマスから、早2週間が過ぎていた。わざわざ大佐からプレゼントを貰うという状況がすでに不吉なのだが、仕事の忙しさにこのまま忘れられて行くのは癪に障り、ざわめいている司令室で、あのー、と大佐に切り出した。

大佐はオレの思った通り、お前は何を言っているんだという顔を執務机に山と積まれた書類の間から見せた。しかし、何とかかろうじてそれを声に出す前に、クリスマスのことを思い出したらしい。大佐はぐっと眉間に皺を寄せ、――よし、今夜、私の家に来たまえと重々しく言った。

あ、ほら。やっぱり。オレは蔑ろにされてる。

それでも、オレが、――はあ、とやる気のでない返事をしたのは、大佐が貴重なプライベートの時間をオレのために割いてくれるという価値を知っていたからだ。



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16.

でっかい大佐の家に入ると、大佐はちょっと待っていろとオレを残して、そのままリビングを出て行った。

オレは全く予想だにしていなかったが、オレへのプレゼントなるものはもうすでに用意されているのかもしれない。――オレが何を貰ったら喜ぶか考えながら、あの人が何軒も店を回ったとか…。
「ありえねえ」
口では何と言っても、心が浮き足立つのを止められなかった。リビングのでっかいソファに座って待ってるなんて間が持たなくて、キッチンへコーヒーを入れにオレはいそいそと立ち上がった。気持ちだけで十分とか、大佐からもらえるならタバコ一本でもいいとか言ってた自分が馬鹿らしい。オレはなんだかんだと自分をごまかしていたけど、本当はちゃんと思いを思いで返して欲しかったんだと思った。



ちょうど、コーヒーが入れ終わるタイミングで大佐がリビングへ戻ってきた。その手に机の引き出しと手帳を持って。――プレゼントの類は何1つ見当たらない。その上、大佐はオレにライターを寄こせと右手を差し出した。
「――あの、何でオレがアンタにライター没収されるんスか。プレゼント、アンタがオレにくれるってハナシじゃなかったんスか?」
そうだとも!と、無駄に偉そうに胸を張って大佐は言った。



そして、オレはいつものように大佐に押し切られて愛用のライターを大佐の手のひらに置く。大佐はソファにゆったりと座り、オレが丁寧に時間をかけて入れたコーヒーを飲みながら、嬉々としてライターを細かく分解して、壊し始めた。

オレのライターが無理やり寿命を終わらせられていく。悪い予感ほどよく当たるのは何でなんだろう。長く使っていた愛着のあるライター1つ、大佐の手から救出してやることのできないオレはなんて無力なんだ。ライター、許してくれ。――そう、心でライターのために手を合わせた。


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17.

大佐はドライバーを手に、オレのライターをなんと23部品にまで分解して見せた。つまり、完全に、これ以上分解できないほどに、だ。いつの間にこんな知識を手に入れてたんだろう…。侮れない。

次に、大佐は手帳で何かを確認するようにして、手帳に挟まれていた細いチョークでソファーテーブルに練成陣を書いていく。いつも、呼吸をするように練成を行う大佐しか見たことがないオレとしては、それは物珍しく興味深い見世物だった。――長年使ってきたとはいえ、セールで手に入れた3000センズのライターと引き換えに見れるなら、安いのかもしれないと思う程度には。

だんだんオレの中に、少し冷めてしまったコーヒーに手を伸ばすだけの精神的余裕が芽生えてきた。そう、このコーヒーは、大佐に黙って、大佐の金で買った最高級のコーヒーだった。熱い、ウマイ内に飲まなければもったいない。このコーヒー豆は決して自分の金じゃ買う気が起きないほど高いのだ。そして、オレはこの豆が大佐のおもちゃにされて、むざむざ無駄にされることを未然に防ぐため、大佐にこのコーヒー豆の存在自体を言っていなかった。その結果、大佐はオレの入れるコーヒーをいつもウマイウマイと言って飲む。時には、どうしてお前が入れるとウマイんだろうと首を傾げながら。豆が違うんだから当たり前なのに、いつまでもそんなことに思い付かないとこが、かわいい……。

ソファテーブルの上には、この高級コーヒーと分解されたオレのライターの23部品、大佐が描いた練成陣、そして大佐がおそらく書斎から持ってきた机の引き出し…。
その引き出しの中には、きらびやかな宝石や時計と、無骨な鉱物などが一緒くたになって入っていた。オレがゴミ箱に捨て切れなかった、大佐がどこぞの熟女から貰ってきた高級腕時計も。



オレのライターのオイルで黒く汚れてしまった、大佐の白い指がその引き出しの中の宝石を摘んで、練成陣の中央に置く。大佐がその練成陣に両手を付くと鮮やかな光が上がった。思わず、目を細める。――その眩しいほどの光が消えた後に残ったのは粉々の宝石の成れの果てだった。大佐は次々と惜しげもなく、その引き出しの中身を錬金術で粉々にして行った。そして、ついに大佐の手があの150万の時計にかかり、止める間もなく、その時計もさらさらと分解されてしまった。

「それ、150万っスよ?」
オレが貧乏だからこんなことが気になると言うわけじゃない、と思う。が、思わず、そう言わずにはいられなかった。
「なんだ、欲しかったのなら先に言いたまえ。だが、お前の腕には似合わないと思うがな」
質屋に持って行く気かと言いたげな、オレをバカにした顔で大佐が笑った。
「――自分の腕には似合うと思ってんスね?」
「そう思ったから、お前はその時計の値段を覚えていたんじゃないのか?」

大佐は、目も合わせずそう言って作業を進める。
――図星を指されて、一瞬にしてかーっと熱くなった顔を見られなくてすんだことに、オレはちょっと安堵して、すっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干した。


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18.

大佐はソファテーブルに描いた練成陣を描き直し、元が何だったかもう分からなくなってしまった粉末をその練成陣に振りかけた。そして、その中心に分解したライターの部品を山積みし、再び手を付いて練成をする。――しかし、出来上がったものは元と変わりなかった。少なくともオレにはそう見えた。だが、それは失敗ではないらしく、大佐はそのできに満足気に頷いて、それを今度は組み立て始めた。分解するよりも、その手つきはかなりおぼつかない…。

「錬金術は、――理論上、存在するものなら練成可能だ。だが、まあ、そんなものを練成するのは、常識的にはありえないが、常識を持たないものもいるだろう?」
「――大佐のことっスか?」
ライターのちっさなネジに悪戦苦闘し始めた大佐に手を差し出せば、大佐の手の中の部品と一緒にドライバーを乗せられた。
「馬鹿。子供のことだ。――錬金術を教わって、1、2年の間に作ったものは、今、考えても驚くものが多い。少なくとも、今なら作ろうとは思わないな。非常に純粋な好奇心というのは性質が悪い。それに、時間が豊富にあることも良くない。それができてしまうんだから」
コーヒーカップを片手に、大佐はオレが自分のライターを直していくのを悠々と見ながら、機嫌良く話した。
オレがネジを留めると、次と言わんばかりに別の部品を手渡される。

「何、作ったんスか?」
「そこで聞かずにはいられない所が、人間の業だ。が、それこそ教えられるか。あー、言ってもお前には全くその価値が解らないだろうな。科学的知識のない人間には、ガラクタ同然というものだ」
さらに、ほらと部品を渡された。
「しかし、教えられるものもある。――このライターの内部は、スーパーゴールドだ。理論上でしか存在しない純粋な金、だ」
「それって、売ったら高値が付きます?」
錬金術師って、金を練成したらダメなんじゃなかったけ?
「ならないだろうな。何せ市場がないし、理論上は存在しても、現実的には存在しないとなっているものだからな」
換金できない金なら、練成してもいいのかな…?

結局その大半を自分で組み直したライターのキャップを開けてみたが、当然の如く火は点かない。オイルが入っていないから、当たり前と言えばそうなのだが…。
「あのー、この火の点かないものを、オレにどうしろと……」
売っても金にならない、火の点かないライターを、はいと大佐に戻した。
「馬鹿者。まだ、これからだ。――重さはそんなものでいいか?やや重くなってしまっただろう?」
「はあ?こんなもんじゃないっスか?オレに分かる違いじゃないっスよ」
手に持った感覚は、大佐がいたずらする前とそう違和感を感じるものではなかった。
「手に馴染んでいるものだろう?――おそらく、微妙な差も分かるはずなんだが…」
「……………」
大佐は肩を竦めて見せた。癪に障る。誰がそのライターを組み立てたってんだよ。



次に描かれた練成陣は、いつもの三角が描かれたものとは全く違った。大佐は何回も手帳で確認しながら、真剣に丁寧に仕上げていく。その練成陣の上に、先に大量に作っていた粉末を部分部分に盛って、最後にオレの火の点かないライターを中央に置いた。


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19.

「アンタが、なんか見て練成陣描くのはじめて見ましたよ」
「こんなの覚えていたって、何の役にも立たないからな」
そういう役に立たない練成をオレのライターにしようとするのはなんで?
確か、オレが今日ここに来たのは、オレがクリスマスにプレゼントした時計のお礼をくれるためじゃなかったっけ?
ねえ、大佐。アンタ、本当にわかってんの?



「えーっと、何を練成するんスか?」
「焔だ。火の点かないライターなんて、役に立たないだろう」
「うわあ…」
火の点かないライター…。雨の日のアンタみたいだ。――何か、無下に捨てられなくなりそうな予感がする。思いっきり顔を顰めたオレに、大佐が、オイ、ちゃんと火は点くようになるぞと低い声で言った。いくら大佐でも、そういうものをくれるという訳ではないらしい。

「この粉末って?」
「触るなよ。――触媒だ」
「はあ?」
「まあ、触媒なんだ。うん」
これ以上の説明は面倒臭いと言いたげに、視線がぎこちなく逸らされ、さらに、本当に嫌だとばかりに片膝を抱え込んで、体の向きまでオレから逸らした。どうせ聞いたところで、何一つ分からないんだろうけどっ!そういうのって傷つく!

大佐は、意外なほど真剣な顔で手帳を読み返していた。でも、オレは沈黙が耐えられなくて、つい声をかける。
「あの、それって、昔の大佐の錬金術の手帳っスか?」
今使っている手帳は、もっと小さかったはず。大佐は面度臭げだったが答えが返ってきた。
「――そう、子供の頃のだ」
「へえ……」
子供のいたずらを、大人になってやろうというのか…。



しばらくして、大佐はよしと一声上げて練成陣に手を当てた。――ゆっくりと目を閉じると、練成陣を辿って青い光が走り、次第に、今までの比ではない大量の青い光が部屋中にあふれ出した。それは、長い、長い、静粛で厳粛な光景だった。



「――成功したようだ。ほら、時計の礼だ」
ぽいっと投げて渡されたライターを、受け取っても、外見にはなんの変哲もない。
「開けてみても?」
「ああ」
キャップを跳ね上げれば、今度はちゃんと火が点いた。見慣れた火だ。
「あのー、その、これって普通のライターと何が違うんスか?」
大佐は待ってましたと言わんばかりに、満足気に高らかに言った。
「オイル交換の必要ないライターだっ!」
「―――はあ。それって、ずっと使えるってことっスか?」
「そうだ!」
大佐はにっこり笑った。

「――それだけのために、宝石とか150万の時計を粉々にしたんスか!?あんなに大量に!?マジでっ!?」
背筋に震えが走った。それは、ありえないだろうだろうが!たったそれだけのために、いくら使ったんだっ?
「――いらないなら、寄こせ」
途端に、大佐が憮然とした。これだから、高給取りは!こんなライターと言えども、3000センズ以上はするのに、貧乏人に買い替えろとは!!
「いつも使ってる、オレのライターっスよ。アンタにやったら、オレのがなくなるじゃないっスか!――それに、大佐。非常識っスよ」
金を無駄にしすぎだ!!

大佐は、オレが説教し始める気配を感じ取って、早々と机の引き出しと手帳を手にソファを立った。
「――お前を、喜ばせるのは難しい。おい。それを使う気があるなら、分解するなよ」
「えー、何かヤバイもんが入ってんスか?」
「焔だと言っただろう。開けたらなくなる」
「うわあ。物騒で、不吉な予感……」
「まあ、否定はしない。だが、安全性は保障する。普通に使えるぞ」
「あー、それは、どうも。助かりました」
オレのおざなりの礼に、大佐は小さく頷き、リビングを出て行った。

得体の知れないものを貰って、相手を喜ばすのは難しい…。
「オイル交換の必要ない、永久ライターか。一体、いくらかかってんのかねえ」



オレがこのライターの正体を知るのはしばらくたってからだった。それまで、オレにとってこのライターは、大佐が非常識ないたずらした程度のものに過ぎなかった。


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20.

邪魔にならず、実用的で、多機能、そして、いざと言うときにその真価を発揮する時計。クリスマスに、ハボックに思いがけずプレゼントされた時計は、まるでハボックそのもののようだった。――ピンチの時のために。小憎らしいことに、プレゼントに添えられた、その言葉まで私を喜ばせた。

ハボックの分際で!何て生意気な!!

私はニューイヤーに、ハボックがぎゃふんと言うものを渡してやろうと心に硬く決めた。しかし、時間は瞬く間に過ぎて行き、私がプレゼントを選ぶ間もなく、あっという間にニューイヤーを迎えてしまった。そう。買いに行く暇がないのなら、作ればいいのだ。何せ、私は錬金術師なのだから!

贈りたいものは決まっていた。ハボックの窮地を助けるものがいい。だからと言って、銃器の類を贈るのはあまりに無骨過ぎる。――ロイ・マスタングとしては、実に避けたいこと限りない。そして、才能豊かな私が思い至ったのがライターだった。決して消えることのない焔を湛え、場所を選ばずに、明かりを灯せるライターだ。それは熱量を熱量として等価交換する焔であり、劣化することがない。それに、いつも金欠なハボックには、オイル交換の必要がなくなったライターは重宝するだろう。

私は自分の考えに頬が緩むのを感じた。何を贈るか決まれば、その準備を急がなくてはならない。もう、ニューイヤーは過ぎてしまっていた。
書斎に人目から隠すように置いておいた、過去の練成手帳を引っ張り出してきて、熟読を繰り返す。――人を効率よく殺して行くための錬金術以外の、錬金術に頭を悩ませるのはいつ以来だろうか。錬金術が自分の最大の玩具であった頃のように、それは私を夢中にさせた。――思わず、目的を忘れてしまうぐらい。



1月を2週間過ぎた頃、ハボックが、あのーと切り出してきて私が何のために何をしていたのか思い出した。ハボックがやっぱり忘れてたんでしょう言いたげに、大きなため息を付くのが、ムカついた。いいだろう。私がここしばらく考えていた錬金術の成果を見せてやろうではないか!
「――よし、今夜、私の家に来たまえ!」
凄いものを見せてやる。そして、私に、己の非を泣いて謝りたまえ!

だが、人は、やり慣れないことはあまりしない方が無難であると言うことを思い知って、このプレゼント交換会を終えることになってしまった。


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21.

東方司令部の喫煙所で、ヒューズ中佐にタバコをねだられた。今日、ここに、この人がいる話なんて聞いていなかったが、元々神出鬼没な人だから慌てるだけ無駄だ。――はい、どうぞとオレが少し達観した気持ちで手持ちのタバコを一本渡したら、オレのノーリアクションが気に入らなかった中佐が大げさなため息を付いてみせた。
「――どんどん、つまんないヤツになっていくな、お前…」
「ほっといてください」
つまんない上等だし!
中佐はわざわざオレの隣りに座った。

「で、ハボ。――火は?」
ヒューズ中佐はオレのタバコを銜えて、上下に揺らし火を要求した。だが、オレは大佐のいたずらしたライターしか持っていなかった。
「ご自分の、使ってくださいよ」
「お前、いい度胸じゃねえか。持ってんだろ、ライター?」
「持ってますけど…」
訳あって、貸したくないんスよ。何かあってからじゃ遅いんで。
「随分、遅い反抗期だな。――ロイに言いつけるぞ。お前の躾、なってないってな」
「――大佐にいたずらされたライターしか、持ってないんスよ、オレは。そんなヤバイもんでいいならお貸ししますが?」

ヒューズ中佐はオレの言葉に興味を引かれたのか、ちょっとそれ見せてみろと言った。躊躇いつつも、その手にライターを乗せた。中佐は、じっと真剣な目でそのライターを見たり、火を点けたりしてから、しばらくして顔を上げた。
「普通のライターに見えるケド?」
「永久ライターらしいんスけど。――大佐が言うには、オイル交換の必要ないライターだそうです」

「いいもん貰ったじゃねえか」
ヒューズ中佐はキャップを跳ね上げて、銜えたタバコに火を点けた。
「これ、何かわかってんスか?」
「うーん。どうだろうな?――オレの予測だと水の中とかでも点くんじゃないのか」
「はあ?」
「――昔、ロイの練成手帳、盗み見したことあんだわ、俺」
そう言うと、中佐は美味そうにタバコを吸った。オレの先を促す視線を全く無視して、ゆっくり、ゆっくり、その一本を大切に吸い終わるまで何も言わない。

「――熱量だ。ロイの熱量、俗っぽく言えば、魂か。そのエネルギーと等価交換された焔だぜ。この中に入ってんの。きっと」
タバコ、サンキュと言って立ち上がった中佐のオバースカートを思わず掴んだ。中佐はただ言葉もなく、困惑するオレを見て、にやりと笑うだけだった。



性格が悪いからな。
自分がやったものなら、例え、それがごみくずだろうが大切にするお前が見たかっただけだろう。
だから、これが何なのか言わなかったんだと思うぞ?
これの価値を知って大切にするお前より、ただ、自分に貰ったというだけでこれを大切にする馬鹿なお前を見て、笑いたかったんじゃないのか?
お前が気に病む必要はねえと思うけど?

ヒューズ中佐はこう言って、手に持っていたオレのライターを投げ返した。



性格が悪いのは、アンタら2人一緒だ。
予想外に性質が悪いライターに、背筋が震えた。
この後日談があります。オフにちょこっと収録。
全編ちゃんと書きたいな。