今回は私がSL乗務時(機助)に体験した(一般の人では絶対体験し得ない事処)について書いてみたいと思います。
時は昭和36年頃で月日はチト記憶の中に残っていませんが、なにせSL全盛期でその時はC55形式の
機関車にて通勤時間帯の列車に乗務中でして、手稲駅を定刻に発車したと記憶しております。
私は一生懸命石炭をくべる作業をしていて一息つい
てヤレ、ヤレとの思いで助士席に腰を降ろした途端
にグァ〜と云う様な異音が聞こえて「非常ブレーキ
音」聞こえました。 私は何が起きたのかは
さっぱり分かりません その時の速度は60k/h位だ
ったと思うのですが非常ブレーキ後始めて機関士が
「ヤッタ!ヤッタ!と言う様な声にならない声をあげていました 完全に冷静ではありません。
列車は非常事態が発生して「非常ブレーキ」を作用
させたからと云って直ぐには停まれません!。
どの列車にも(電車、気動車、新幹線も同じ)ブレーキ距離と云うのがあって、非常ブレーキを作用させても何百メートルかは停まれないと云うもので、この
場合も60k/hでは約180メートルは走行を続ける
事になります この間はどうあがいても列車は停まる事は出来ません。
この停まるまでの間で どうしたかを・・?尋ねた所「人が入った! 人が入った!!」と云う返事がかえって来て私も咄嗟に 「飛び込みダ!!」と感じました 厭な場面に遭遇したと思いながら列車は
人が入ったと思はれる地点から(約30M手前にて発見)約150メートル行き過ぎて停止。
直ちに現場確認となる訳ですが、この様な時は機関士は席を立つ事は出来ません 現場に見に行くのはどちらかと云うと助士の役目です 進行方向左側の機関士側から降車し「犬走り」を走って飛ばされた方向に向かいましたが 何せ通勤列車とあってお客さんが野次馬さながらに どうした!どうした!と
声を掛けて来るのには閉口します。
何百メータか走ってそれらしき現場に着いた所人は列車の左側から線路に入って機関車の進行方向
左側前頭部(専門用語では「左端粱前部」)にぶつかりそのまんま左側に20メートル位飛ばされている
状態の様でした、その近辺に近ずいった所で丁度この列車に公安官(今の鉄道警察官)が添乗してまして事故発生と同時にすぐ降車して現場に出向き即死しているのを確認した旨の返事をもらい内心
ホッ!としたものです(何故なら「仏さん」をこの目で確認せずに済むからです)。
・・・と云う所で
この文はまだ続きますのでこのページはここで終わる事とします 次回も読んで下さい!。