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 振り返った先には、やはりおかしなものがあった。
 かごが、地面に伏せてある。
 というか、詳しく描写するなら、確かフラットで野菜を入れるのに使っている腰くらいまでの高さの大きなかごが、短いつっかい棒で斜めに立てかけてあるんだ。つっかい棒には、ひっぱるのにちょうど良さそうなひもが結んであった。
 ひょいとのぞけばその中では、らーめんの丼が一つ、湯気を上げていた。
「ええっと……これはもしかして……」
「キール! さわっちゃダメ!」
 思わず手を伸ばした背中に、鋭い声がかかった。振り向くとリプレだ。壁際に詰まれた木箱の後ろに身をかがめ、手招きしている。その手にはひものもう片方の端が握られていた。
「ハヤトは? いた?」
「いや」
 僕の返事を聞いて、リプレは顔を曇らせた。
「そう……。やっぱり、用意しておいてよかったわ」
「……リプレ、あれはきみが?」
「そうよ」
 それから、僕があれを理解していないと思ったのか、
「ハヤトはきっとおなか空かせてるでしょ。らーめんの匂いにつられてやってきて、あのかごの中に入ったらこっちのものよ。この紐を引っ張るとかごが落ちてきて、ハヤトを捕まえられるようになってるの」
 仕掛けの解説を始めた。
「リプレ……」
 僕はあきれて、でも相手がフラットの帝王だから、言葉を選んで言った。
「そのくらい僕もわかるし、ハヤトだってすぐわかるよ。きみは本気で思ってるのか? 僕らの誓約者が、こんなわかりやすい仕掛けに引っかかるほど……」
 突然リプレが、ラムダの斬撃よりもするどい動きで紐を引いた。ばさっという音と「ぷにっ」という声がほとんど同時にした。
「キール、かごを押さえて!」
 4歩にダブルムーブも付こうかという速度で、リプレはかごに駆け寄った。かごに寄りかかるようにして、体重をかけて抑える。
「キール! キールってば」
 両手でかごを押さえながら、一生懸命僕を呼んでいる。彼女が抑えるかごの中では、プニムが一匹、ものすごい勢いでらーめんをすすっている。
 僕はなんと形容すべきか、むなしいと言うか、さびしいと言うか、心の中に秋風が吹く思いでそれをしばらく見ていた。
「食べ終わるまで待ちましょ。おなか一杯になったら、凶暴さも減ると思うの」
 リプレのじつに説得力のある意見も、割と右から左だ。とりあえず、フラットの女帝の命令通り、僕もかごを上から押さえることにした。
 やがてプニムはらーめんを食べ終わり、短い手で器を持ち上げてスープまで飲み干して、
「ぷにぃ〜」
 満足げなため息をついた。
「おいしかった、ハヤト?」
「ぷに!」
「よかった! さ、フラットに帰りましょ。塩辛いもの食べた後だから、ココアいれてあげる」
 ハヤトはやたら無邪気に、「ぷに」とうなずいた。その様子に違和感を覚える。ハヤトというより、普通のプニムの性格に見えるような……。
「……ハヤト」
「ぷに?」
 呼んだらちゃんとこっちを向いた。ハヤトであることは間違いないらしい。ということは……もしかして、プニム病が進行して、姿だけでなく心にまで影響を及ぼしている?
「リプレ、ちょっと、」
 危機感とともに声をかけた僕に、リプレは「しーっ」と人差し指を立てた。
 とにかく、フラットに、つれてかえりましょ。
 口の動きだけでそう伝えてくる。確かにそれが最優先だ。落ち着け、落ち着くんだ。自分にそう言い聞かせつつも、僕はどきどきと不安が高まるのを感じていた。
 このままプニム病が進行していったら、誓約者は、ハヤトはどうなってしまうんだ?!
 一刻も早く、プニム病から彼を救い出さなくては。とにかくフラットに帰るまで、邪魔が入りませんように……。
 エルゴに必死に祈ったその瞬間、『邪魔』が建物の角を曲がって現れた。

11.06.24



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一番頼りになるのは絶対リプレかと。