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さて、気を取り直して、問題は逃げていったハヤトだ。僕の足では置いてけぼりだろうと思いきや、彼らはすぐそこでにらみ合っていた。
広い、両側に露店の並ぶ道で、そのうちの果物をたくさん載せたリヤカーをハヤトは盾にしていたんだ。ガゼル・レイド・エドスは路上の三方に散り、大人の背丈2人分くらいの距離から、じわじわ包囲網を狭めている。後ろに民家の壁、目の前に屋台、その周りをフラットメンバーに包囲されたハヤトは、逃げるきっかけがつかめないのか「ぷにぃ……」と苦鳴をもらしていた(ついでに、目つきの悪い盗賊・帯剣した騎士・上半身裸の大男に包囲されたリヤカー露店の主も、わけもわからずうろたえていた)。
逃げ道を探し、プニムなハヤトは右を左をせわしなく見回す。と、その大きな瞳が一点で止まった。彼はいきなりその場でバウンドし、
「ぷにっ!」
気合とともに大きく弾んで、リヤカーの果物も、その向こうのエドスの頭をも越えて、ちょうど通りを走ってきた立派な馬車の屋根の上に着地した。さすがAT極振り、すごいぷにぷに具合だ。
「やべぇ! 逃げられるぞ!」
ガゼルが焦った声を上げるのと同時に、僕は杖を掲げた。
「来い、エレキメデス! ボルツショック!」
「おお!」
仲間たちから歓声があがる。
「アルバの土産で作ったアレかよ! やるじゃねえかキール!」
「頼むぞ、マヒさせてくれ!」
「遠ざかる焼イモ屋の足を止めることにしか使われていなかったが、とうとうバトルデビューだな!」
僕の名誉のため言っておくと、焼イモ屋さんの足を止めろと言ったのはリプレだ。
ともあれ召喚術は発動した。現れた召喚獣が、マヒ効果の電撃を放とうとしたそのとき、
「ぷにーっ!」
屋根の上のプニムが天に叫んだ。その声に引き裂かれるように、僕の召喚獣は姿を消した。
「なっ……」
僕は絶句する。送還術だ。そうだ、彼がエルゴの王だということを忘れていた。というかあのぷにぷにした物体がハヤトだということも、ぼちぼち忘れそうになっているんだけど。
凍りついたように動けなくなった僕の横を駆け抜け、
「てめえっ、俺の足から逃げられると思うなよ?!」
ガゼルが地を蹴った。6歩ダブルムーブの俊足が瞬く間に馬車をとらえ、併走しつつ扉に手をかけたとき、
「ぷにーっ!」
もう一声、プニムが吼えた。天に召喚の光が現れ、
「よけろガゼル!」
レイドの警告は間に合わず、次々と降ってきた四角い物体が、容赦なくガゼルを下敷きにした。
「ガゼル!」
悲鳴に近い声を上げた僕らの頭上で、新たな召喚の光が瞬いた。
現れたのは、チョッキを着て大きな時計を持ったウサギだ。それが馬車に吸い込まれたとたん、馬の駆けるスピードが目に見えて増した。
「しっかりしろ、ガゼル!」
レイドとエドスと、僕の召喚したゴレムが召喚オブジェクトをどけている間に、ハヤトを乗せた馬車は見えなくなってしまった。掘り出されたガゼルはHPが半減しているようだったが、
「あんの野郎……! 絶対ふんじばってイムランの前に突き出してやるからな……!」
こめかみに青筋マークが浮かんでいた。完全に怒り状態だ。
「落着けガゼル。ハヤトも必死なんだろう」
「だったらこれの下敷きになってみろよレイド! あの野郎、本気で殺しにきてるぜ」
湯気を出しながらガゼルが指差した召喚オブジェクトを見て、エドスが「待てよ、こいつはもしかして……」と声を上げた。落ちてきたそれは、一抱えもある、茶色い厚紙で作られた箱だった。確かに僕にも見覚えがある。ハヤトはこれをダンボールと呼んでいたような。
エドスが慌ててその封を解き、目を輝かせた。
「ほれ、見てみろ! こいつの中身は全部、おちびさんたちの大好きな菓子じゃないか!」
僕たちはダンボールの中を覗き込む。確かに、彼が名もなき世界から持ち込み、フラットの子ども達が大喜びした『冷凍ホットケーキ』というものが詰まっていた。
「ハヤト……あんな状態になっても、子ども達への気遣いを忘れていないのだな……」
「ああ、やはりワシらの仲間だ」
レイドは遠い目をし、感動屋の気があるエドスなど涙声になっていて、
「だからてめえらこれにつぶされてみろってんだ!!」
同じく涙声のガゼルの抗議は軽く流されている。どうやらこれは美談として片付けられることになったようだ。
……うん。なら僕も、単にハヤト自身のおなかがすいていただけじゃないのかという疑いは封印することにしよう。
「それより、ハヤトを追わないと。あの馬車はどこに行ったんだろう」
軌道修正の声をかけると、レイドがこちらを振り向いた。
「そのことなんだが……。あれは、騎士団の馬車だったんだよ」
ガゼルがはじかれたように立ち上がった。
「まさか……城か?!」
10.05.21