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「ハヤト!」
声をかけると、プニムはぱっと振り返った。両手でりんごを持って、もぐもぐやっている。どこかからもらってきたんだろうか。そういえば彼も僕も朝食を食べていなかった。
「逃げないでくれ、ハヤト、話し合おう。きっといい案が見つかるはずだ」
いつでも逃げられるように身構えていますという姿勢で、路地の奥のハヤトは(りんごをもぐもぐやりながら)僕を見ている。僕は警戒させないためにひざをついて、なるべく彼と目の高さをあわせようとした。
「イムランはいやなんだな。僕もその気持ちはよく理解できるよ。キムラン、カムラン……も、きっといやだろうな。それくらいは僕にもわかるよ」
フラットの面々の話からすると、僕には少々ずれたところがあるらしいが、今のハヤトの気持ちはよくわかった。
少し考えて、
「ミモザさんとギブソンさんに頼んでみるっていうのはどうだろう。蒼の派閥にはたくさんの召喚師がいるから、中には1人くらい、30歳以上の霊属性でかわいい女の子にしか見えない男がいるかもしれない」
ハヤトはぷにぷにと首をかしげている。確かに、本当にそんな人がいるのだろうかと不安になる話ではあるだろう。でも、僕にはそれが一番いい案のように思えた。
「どうだい? 蒼の派閥まで手紙を送るか、それともいっそ、何か空を飛べるものを召喚して、僕と一緒に蒼の派閥まで行くか。
……うん、そうだ、今から聖王都に行こう。それがいい。ほら、ハヤト」
「ぷにぃ〜」
ハヤトはりんごを抱えたまま困惑した顔になった。差し出した僕の両手から逃れるように、半歩あとずさった。
「ハヤト……」
僕も同じように困ってしまう。二代目誓約者である彼が、うかうかと聖王都に近づきたくない気持ちは、わからないでもないんだ。でも、他に霊属性の召喚師のあてなんて……。
「ハヤト……、……もし、僕が……」
ためらいながら言いかけたそのとき、背後でものすごい絶叫が響いた。
「ぷにぃぃぃぃぃぃぃ―――っ!!」
「待つんだハヤト!」
「てめえ、止まりやがれ!」
「悪いようにはせんから落着いてくれ!」
「ぷに、ぷにっ!!」
振り返った僕の眼に映ったのは、4歩の猛スピードで大通りを逃げていくプニム一体と、それを追いかけるレイド・ガゼル・エドス。この路地から見える範囲をあっという間に右から左へ、通り過ぎたと思ったら急停止したガゼルが駆け戻ってきた。
「おいキール、そんなとこで一休みしてる場合じゃねえぞ、ハヤトがいたんだ、来い!」
一声かけてまた4歩で走っていってしまう。
僕は顔をめぐらし、前にいるプニムと目を合わせた。
「ぷに?」
りんごを抱え、無邪気でつぶらな瞳で、首をかしげてプニムはこっちを見上げていた。
「……お前、ハヤトじゃなかったのか」
「ぷに」
「知らない人によくわからないことを言われて困っていただけと」
「ぷに」
僕はのろのろと立ち上がった。……まあ、今から急いだところで、もうすでに3歩の僕では到底追いつけないくらい距離を開けられてしまっているだろうからいいか。
と、そんな僕のマントのすそを、例のプニムがはっしとつかんだ。すがるような目で僕を見ている。
どうやら、召喚師なら自分をもとの世界に帰すことはできないかと訴えているようだった。
「お前、はぐれなのか。そうか……。メイトルパに帰りたいだろうけど、今は僕らの誓約者がちょっと大変なことになってるから無理だ」
「ぷにい……」
プニムはがっかりと肩を落とす。と言ってもものすごいなで肩だから、落とすほどの肩は無かったんだけど。
「そうだね、この件が落着いたら、お前をメイトルパに戻してくれるよう誓約者に頼むよ。だから、無事ハヤトが元に戻るように祈っててくれ」
「ぷにい!」
僕の言葉が伝わったのか、プニムはぷにぷに弾んで喜んだ。それから、
「ぷに、ぷにい」
僕の手を取り、心ばかりのお礼ですという風に、食べ終わったりんごの芯を渡してきた。
「……いや、気持ちはありがたいけど返す」
「ぷに?」
首をかしげるはぐれプニムをその場に残し、僕はガゼルたちが走っていった方へと急いだ。
10.03.29