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「じゃあ、このプニムが」
レイドはそこまで言って、一度ごくりとのどを動かした。
「ハヤト……が姿を変えたものだというんだね?」
「呼び方はプニトでいいのかしら」
リプレが真剣な声で言った。彼女も相当混乱しているようだ。
「間違いないみたいだ。本人もそう言ってるし」
「ぷに」
僕の言葉に、プニムは……プニムの姿をしたハヤトは深くうなずいてみせる。
「ラミ……わかるよ……」
ラミちゃんが静かにハヤトにうなずいてみせ、プニムなハヤトもうなずき返した。もしかしてこの子、メイトルパの召喚術の才能があるんじゃないだろうか。
レイドはまだ信じられない様子で腕を組む。
「そういうことはあるのかいキール。人間がプニムになってしまうなんて……」
「聞いたことはあります。稀な病気ですが、プニム病というのがあって、サプレスの悪魔だけがかかってしまうと。ガルマザリアなんかがよくかかるそうですが」
「ガルマザリア……。昨日、ハヤトがガルマザリアを呼んだら、プニムが出てきたということがあったな。あのプニムが、まさか……」
「プニム病にかかったガルマザリアだったんでしょうね。そのときに、ハヤトにも感染ったと」
一同は重いため息をついた。リプレが気遣わしげに、
「でも、その病気、サプレスの悪魔しかかからないんでしょう? どうして人間のハヤトがなっちゃったのかしら」
もっともな疑問を呈した。僕は少し考える。
「サプレスのエルゴが彼とともにあるし、エルゴの王に普通の召喚師の常識は通用しないのかもしれない。それに彼は名もなき世界の人間で、リインバウムの『人間』じゃないし」
「ああ、なるほど」
僕の説明にリプレとレイドは納得し、
「実は魔王ルートだったって話じゃねえだろうな……」
ガゼルがぼそっとつぶやいた一言には、全員、聞こえなかったふりをした。
「それよりキール、治療法はあるのかい? それが一番大事じゃないか」
レイドがさくっと話題を変える。
「ええ、それは解明されています」
明らかにほっとした空気が食堂に流れた。僕は少し誇らしくなる。魔王を呼ぶため派閥で叩き込まれた知識だけれど、それを今こうしてハヤトの役に立てることができる。あの日々が少し報われる気がした。
胸を張り、僕は言う。
「プニム病は、年齢30歳以上、霊属性の召喚術を使える男性のキスで治すことができます」
レイドとリプレは真剣な顔でうなずいた。それぞれに腕組みし考える。
「なるほど、年齢30歳以上、霊属性の召喚術を使える男性か……」
「マーン三兄弟の人はどうかな。ぴったりじゃない?」
「ああ、本当だ。よし、私が頭を下げてみるよ。イリアスやラムダ先輩からも頼んでもらえるよう、話をしてみよう」
「でも、あのマーン三兄弟が素直に言うことを聞いてくれるでしょうか」
「あの人たちだって悪人じゃないわよ。困ってる人を見過ごしたりはしないでしょ?」
「なに、こういうときのために、ちょっとした貸しも作ってあるんだ」
レイドは珍しくいたずらっぽい笑いを浮かべた。
「いざとなったらそれを持ち出してみるさ」
「あらレイドったら、いつの間にそんな策略を使うようになったの?」
「はは、誰に毒されたかな」
僕とリプレとレイドはなごやかに笑いあい、
「よかったわねハヤト」
「イムランかキムランかカムランかがキスしてくれそうだよ」
「今日中には元に戻れるだろうな」
と振り返った僕らが見たものは、ドアの隙間をすり抜けて猛スピードで逃げ出したプニムの、その尻尾のほんの先っぽだけだった。
「いやだったみてえだな」
やたら平坦な声でガゼルが言った。
いやなのか。
……いやだろうなあ。
10.02.05