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アルバな午後・フラットにて +
※ メニュー下のほうのアルバな午後シリーズ(
特に2つめ)を読んでからのほうがわかりやすいかもです。
「キール兄ちゃ―――ん!」
いきなりドアを開け飛び込んできたアルバに、でも僕はあまり驚かず読んでいた本を閉じた。
「キール兄ちゃん、おいら……!」
「ダメだよ、アルバ」
その場に勢いよく正座したアルバが頭を下げようとする前に、僕は機先を制してみた。跳ね上がったアルバの髪が(ハヤトたちがアルバのしっぽと呼んでいるあれだ)ぽてんと落ちて、それからアルバは「え?」と顔を上げた。ぽかんとした顔だ。
「言いたいことはわかってるよ。僕に、サプレスの召喚術を教えてほしいって言うんだろう?」
「ええっと……なんで」
「フラットの大人は、君のすることくらいお見通しなんだよ」
しれっとした顔で言うと、アルバはますます目と口を丸くして、感動したようにため息を漏らした。
「そっかあ……兄ちゃんたち、すごいなあ……」
……そんなに素直に感心されると、冗談だよと言いにくいじゃないか。ハヤトといい、アルバといい、ここの人間は人を疑うということを知らないのか。
そんなことを思いながらきらきらした目で見られているのは気分のいいものじゃないので、僕は早々に種明かしをすることにした。
「ネスティから聞いたよ」
という一言だけで、アルバはぴんと来たらしい。
「あ、あ〜」
バツの悪そうな顔をした。
「聖王都の蒼の派閥本部まで、ロレイラルの召喚術を教えてほしいって押しかけたそうだね」
「う……うん。というか、ネスティ、わかってたんだ」
「あとで3日くらいマグナと協議した結果、そういう結論に達したらしいよ」
「うん。結局、教えてもらえなかったしさ」
「で、僕はその話をネスティから聞いて、もしかしたら次は僕かな、と思って待っていたんだ。戦士系は、霊属性で自己回復できるのが一番だからね」
アルバはますますバツの悪そうな顔で茶色い頭をかいた。
「うん……そうだよ。せめてリプシーが召喚できればなって……。キールにーちゃん、」
「だめだよ」
僕はすぱりと切って捨てた。
「君も知ってるだろうけど、僕の術はもともと無色のものだ。魔王召喚のための技術を残すつもりはないよ」
「………………」
アルバは少し顔を曇らせ、迷うような顔になった。
あの事件があったころ、彼はとても小さかった。でも、小さいなりに大人たちの物々しい雰囲気は感じ取っていて、僕にいろいろ事情があるということもなんとなくわかっている様子だった。
時がたって、彼もそれなりに大きくなり、あのころわからなかったことも今は理解できてきているだろう。もしかしたらフラットの誰かから、詳しいところを聞いているかもしれない。
アルバはいろいろ考えているような顔をした。2、3回、、何か言おうとするように口を開けかけ、でも結局は何も言わず口を閉じることを繰り返した。
やがて、
「わかった。サプレスの召喚術のほうはあきらめるよ」
そう、アルバは言った。
……『ほうは』?
「実は、キールにーちゃんに会ってほしい人がいるんだ」
会ってほしい人? 首をかしげる僕の両手をつかみ、アルバは強く握り締めた。声を低め、
「驚かないで聞いてくれよ、にーちゃん。おいら……帝国で、キールにーちゃんの兄弟を見つけたんだ」
僕は愕然とした。僕の……兄弟だって? それは、つまり……。
「父上の……オルドレイク=セルボルトの子供と言うことか?」
アルバは真顔でうなずいた。
「にーちゃんのとーちゃん、あっちこっちで子ども作ってるんだろ? その……バノッサみたいにさ。おいら、帝国で見つけたんだよ。
その人も、バノッサみたいにオルドレイクに放り出されて、小さいころから一人でがんばって生きてきたんだ。
おいらも悩んだけど……せっかくの兄弟だし、やっぱり一目会ってあげてほしくて……。
いいかな、にーちゃん」
僕は戸惑いながらうなずいた。アルバはぱっと顔を輝かせ、
「よかった! にーちゃんならそう言ってくれると思って、もうつれてきてあったんだよ。ライ!」
廊下に向かって呼んだ。1、2、3と数えるくらいの間があって、すごく出づらそうに銀髪の少年が戸口に姿を現した。
「紹介するよ、にーちゃん。帝国で、たった一人で、宿屋を経営してるライ。おいらたちのチームのリーダーだよ。
ライ、この人が昨日話した、ライのお父さんの子どものキールにーちゃん。ライのほうが年下だから弟になるかな?」
ライという彼は、ものすごーくきまずそうに僕を見た。僕も、そんな彼を観察した。
父上の面影のかけらもない顔立ち、銀髪、戦士系の体つき。
……うん。違うだろうこれは。うん。
相手を見ると、その彼もなんとなく僕と同じことを考えている様子だった。
確かに多少バノッサと通じるところもあるみたいだけどアルバ。それ系の父親の全部が、うちの父上なわけじゃないんだよ。
「……参考までに聞くけど、きみの父上はワカメかい?」
「いや……。あんたの親父さん、マッチョ?」
「いいや」
僕たちはなんとなくうなずきあい、そしてなんだかシンクロした動きでお茶を飲んだ。
フラットの食堂で、向かい合わせにテーブルに着いた僕らと、その向こうのほうでは、アルバが壁に隠れるようにしてうれしそうにこっちを見ている。
「よかったなあライ、キールにーちゃん……」
時々ハンカチで目頭を押さえているようだ。
「アルバに、なんて説明しようか」
「俺としては、あんたから言ってもらえるとうれしいな……」
「……僕からは、とても……」
ぼそぼそと話し合い、そして僕たちはまたシンクロした動きでお茶を飲んだ。
09.08.09