+  カツヤのリィンバウム奮闘記 第5話  +


 心臓がどくんと一つ鳴った。
 迫り来るツヴァイレライが急にコマ落としになるような違和感が広がる。
『……手間取りやがって』
 意識の底から響いた低い声、唐突にわき起こったそれはオレの魂をわしづかみにしてゆさぶった。
『このまま終わるつもりか? 蹴散らしちまえよ、こんなやつら……』
「蹴散らす……」
『そうだ、蹴散らすんだ。出来るだろ?』
 声が冷たくせせらわらうとともに……。
「うおおおおおお!」
 オレは自分でも信じられないような声で叫んだ。真っ赤な衝撃波が全身から放たれる。部屋中に暴風が舞い、目の前にあった霊界の騎士が、砕け散るように消滅した。
「なに!?」
「なんだ、こいつのこの力は!」
 風圧で物が散乱した床の上で、座り込んだセルボルト一家が驚きの声を上げていた。ふたたび、オレの内側から深い声がした。
『さあ、やっちまえ。邪魔者は叩きつぶすんだ……』
「オレと、オレとクラレットさんの邪魔をするヤツは……消えろっ!」
 ふたたび赤い衝撃波がふくれあがった。カシスが悲鳴を上げて頭を抱える。
 オレの視界の端で、ドアが外側から蹴破られた。
「やめろ、カツヤ!」
 部長の声と共に、発動させようとした衝撃波が霧散した。吹き荒れていた風がおさまる。おそるおそる顔を上げたキールが、驚いた顔をした。
「ハヤト……どうしてここへ?」
「イリアスさんが教えてくれたんだ。捕まえた不審人物が、カツヤをそそのかしたと白状したって」
 ドアから中に入ってきた部長は、いつも通りのちっこい部長なんだけれど、オレには妙に恐ろしい人間に感じられた。この人と正面からは戦いたくない。
「あーでも、ちょっと遅かったか。もう憑かれてるな」
 部長はオレの顔を見て渋い表情になった。
「なかなか吐かなかったらしいんだ、その不審人物。サツマイモ?か何か見せたら、突然青くなって白状したらしいんだけど……せめてもう少し早ければ」
 くそ……あのハートマークの人、意外に根性ないな。もしかして、途中でやってきた騎士団に連行されるのを見捨てて帰ったことを恨んでるのか?
「しかし、これは……一体どうなっているんだ? 彼はいつの間にあんな魔力を……それに、あの悪魔のような姿は……」
 混乱しきっているらしいキールに、部長はちょっと眉を下げる。
「うーん、ちょっとやりすぎたってことなんだろうな……。バノッサもカノンも無事なのはいいんだけど……」
 その一瞬のスキをついて、オレは部長にかけより突きとばした。部長が思わずしりもちをつく間に、全力でドアを駆け抜け廊下を走る。
「待て、カツヤ!」
 クラレットさん、とにかくクラレットさんだ。居場所は何となく分かる。サプレスの魔力が薄くただよってくる方へと、オレは階段を駆け上った。追ってくる足音があるが、4歩同士だ。スタートが早ければ追いつかれることはない!
 2階にたどり着くと同時に、あの扉だとオレは確信した。ろうかの一番奥、魔力はそこから感じられる。ドアにかけられたハート型のプレートには、「クラレット」とリィンバウム文字が記されていた。
 く、クラレットさん! とうとう会えるんすね!
 オレは扉を蹴り開けた。一瞬でも早くクラレットさんに会いたかった。はねとんだ扉の向こう、パステルカラーで整えられた部屋の中に、クラレットさんは……いた。
「く、クラレットさん…………」
 白いレースのかけられたソファの上、きっちり足をそろえて座ったクラレットさんは、目を丸くしてオレを見つめた。ひざの上に詩集を広げ、横にぬいぐるみを座らせて、クラレットさんはオレを見つめていた。
「クラレットさん、オレっす、カツヤっす、前に日本で会った……」
 一歩、二歩、オレはクラレットさんに近づく。「ひっ」とクラレットさんののどが鳴った。
「いやぁぁ、こないで、むらさきおばけ! 助けてレヴァティーン!!」
「……え?」
 サモナイト石がかがやき、武装した竜が現れる。その口の中にレーザーが集まり……。
 ……森の館は壊滅した。


「あーあ、だから魔王ルートっていやなんだ」
 そんなことを言いながら、なぜか無傷な部長がオレの方にやってくる。
「おーい、大丈夫か、カツヤ」
「うう……センパイ……」
 館が吹き飛んだ後の地面に突っ伏し、頭の上で星が回ってるのを感じながら、オレはうめいた。
「オレ……またふられちゃったんすか……?」
「うん」
「…………」
 情け容赦ない部長の一言に、返す言葉もない。部長はかまわず、
「そりゃ、青黒くって顔に模様入ってて変な目つきでイヤな笑い浮かべたヤツがハーハーいいながら部屋に入ってきたら怖いよ、俺でも。な、クラレット?」
 クラレットさんは、そこだけ無事に残ったソファの上でしくしく泣いていた。
「怖かった……母さま……キール兄さま……助けて……」
「……キール兄さま……ってことは……」
「うん、キールの妹」
 はは……そうか……じゃあオレがモノ質とって脅迫したこととか、全部ばれちゃうじゃん……。
「センパイ……オレ、日本に帰りたいんすけど……」
「ん? うーん、そう言ってもなあ。さっきのダメージで魔王は飛んでっちゃったみたいだし」
 部長はぽりぽりと頭をかいているらしい。らしい、というのは、脱力したオレは地面につっぷしていて部長の姿が見えないからだ。
「今回は勇者エンドめざして、そのまま2の誓約者ルートに初参加するつもりだから、日本に帰るのまだ先になるなあ」
 つーのりんかーるーとってなんスかセンパイ……。なんの説明もなくここまでついてきたオレの身にもなってくださいよ…。
 オレはようやく身を起こした。何とか地面に座り込んだ姿勢になり、ふと顔を上げるとクラレットさんとばっちり目があった。
とたんにクラレットさんは悲鳴を上げ、
「兄さまーっ!」
 キールの所へと逃げて行ってしまう。ははは、オレ、望みなしっすね……。
 なんか泣きたくなってきたオレに気づく様子もなく、部長は腕組みして考えている。
「それにしても困ったな。まだエルゴのイベントもやってないってのに、もう魔王送還しちゃったぜ。これからどうしよう」
 不意に、冷たい風が吹き付けた。オレがぞっとしたのと同時に、部長が素早く剣に手をかけるのが見える。
 身構える先、森の中に、細い人影があった。

04.00.00


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