+  カツヤのリィンバウム奮闘記 最終話  +


「ふふふ……まったく、のんきですね、誓約者さん?」
 ぽろろろん、と、竪琴をかき鳴らす音。部長が鋭い声を上げた。
「誰だ? この感じ……サプレスの悪魔か?」
「おや、よくおわかりで」
 のどの奥で笑いながら、人影は木立を抜けてきた。うす紫の髪に白い顔、ハート模様の服。くっくっと笑う姿に、オレは見覚えがある。
「でも、ただの悪魔と思っていただいては困りますよ? 私はとうとう悪魔王としての力を取り戻したのです。あなたが倒してきた魔王でさえも、今の私には及ばないのですから」
 余裕たっぷりに、彼はまた竪琴を鳴らした。オレは呆然と声を上げる。
「あんた……オレにクラレットさんの事を教えてくれた……」
「こいつが?」
 部長はオレと吟遊詩人を見比べる。その手は油断なく剣の柄にかけられたままだ。吟遊詩人はオレに向け愉快そうに笑った。
「ああ……あなたにはお礼を申し上げなくてはなりませんでしたね。あなたのおかげで魔王が降臨し、サプレスからより強い魔力が流入しました。おかげで、封じられていた私の力は、完全に復活した」
「おまえ…そのためにカツヤをそそのかしたのか?」
「ええ。感謝していますよ、彼には。私の計算通りに踊ってくださった」
 ぽろろん、と竪琴をかき鳴らす。部長は座り込んだオレをちらっと見て、それからすらりと剣を抜いた。
「そんなつもりでカツヤを利用したなら……許せない。誓約者として、おまえを倒す!」
 ぶ、部長! オレのこと思いやってくれてたんスね! ちっこい部長の背中がこの上なく頼もしく見えた。
 吟遊詩人は動じない。それどころかあははははと笑い声を上げた。
「おやおや、私にかなうと思っているのですか? 今のあなたはまだエルゴの選定を受けていない。言ってみれば不完全な誓約者なのですよ。……もっとも、エルゴの選定より早く魔王が現れるようしむけたのは私ですけどね」
 こいつ……いろいろと計算尽くだったのか……。
「クラスチェンジを2回してる。問題ない」
 部長は固い声で言う。
「ええ、クラスはすでに誓約者ですね。ですがそれはステータスだけのことで、エルゴの加護はまだない。ついでにレベルもいつもより低いし、装備もお粗末なものだ。
 サモナイトソードもビリオン・デスもなしで、この悪魔王に刃向かうおつもりですか?」
「おまえが悪魔王なら、俺は誓約者だ。負けるものか!」
 部長はきっぱりと言い切った。
 吟遊詩人はのどの奥で笑い、ついで狂ったような声で哄笑した。森に響くその声に鳥たちが逃げてゆく。
「カツヤ」
 部長が小声でつぶやく。悪魔の高笑いにまぎれそうなおさえた声だった。
「おまえ、クラレットたち連れてここから逃げろ」
「えっ」
「キールはともかく、参戦してないやつらはそんなにレベル高くないままだ。大範囲召喚術で一撃かも知れない。
 ここから逃がしてやってくれ」
「そんな……センパイはどうするんすか?」
「俺はあいつを倒す」
「なら、オレも一緒に闘います!」
「だめだ。おまえはあいつらを森の外まで逃がすんだ」
 そのきっぱりとした声に、オレは悟ってしまった。部長、闘ったら無事じゃすまないかもしれないと思って……。
「センパイ、そんな……」
「おまえに言ってなかったけどさ」
 部長の声から、不意に力が抜ける。
「俺は……あいつらに呼ばれてこの世界に来たんだ。助けて、って。この世界の破滅を止めてって。あいつらがそう言って、俺を呼んだんだ」
「センパイ……」
「あいつらを守るのは俺の義務だし、それ以上に、俺の一番の望みでもあるんだ。あいつらがもう二度と、あんなつらい思いをしなくてもいいように守りたい。
 俺だけじゃないよ、橋本も、深崎も、樋口も、同じ気持ちだと思う」
 アヤ先輩も……?
 オレはセルボルト一家を振り返った。オルドレイクがさっきの爆発でケガをしたようで、それをキールが治そうとしている。けれど、笑い続ける悪魔が放つ魔力のせいか、プラーマのサモナイト石が反応しない。
 それを見守るカシスは青い顔で吟遊詩人をうかがい、その横ではソルがへたりこんだツェリーヌさんを助け起こそうとしていた。
 そして、クラレットさん。
 クラレットさんは震える手で、緑色のサモナイト石を取り出そうとしていた。あれは『もりのめぐみ』。サプレスが駄目だからメイトルパの術で回復しようとしているのか。あんな、青白い顔で……。
「ふふふ……なんの話をしているのかと思ったら、なるほど、あの人たちを逃がしてあげる相談ですか」
 悪魔は笑い声を止めていた。唇のはしをつり上げて笑い、
「お優しいですね、誓約者さん? ……そんな心配はいらないようにしてあげましょう」
 言うなり竪琴をかき鳴らした。
「やばいっ!」
 部長が走り出すより早く、
「ツヴァイレライ! やってしまえ!」
 霊界の騎士が実体化した。するどい槍がセルボルト一家に……クラレットさんに迫る。はっと振り向いたクラレットさんの叫び声がした。
「……いや! 助けて!」
 オレは一瞬で思い出した。クラレットさんと初めて会ったときのことを。内気そうで、やさしそうで、小さな声で話していた彼女を、オレは守りたいと思ったんだ。
「―――っ、エルゴたち……!」
 部長の声に重なって、
「させるかっ!」
 声が力を持って響き渡った。オレだ。オレの声が白い光になって空間に満ち、ふくれ上がった悪魔の力を止めた。霊界の騎士がくだけるように消滅した。
「何っ?!」
 悪魔が、驚きに目をみはる。オレは剣を取り走った。
「クラレットさんは、オレが守る!」
 一声とともに振り下ろした剣は、かわそうとした悪魔の右肩にとどき深く切り裂いた。傷口からあふれ出したのは、赤い血じゃない。黒い、霧のようなものが猛烈な勢いでふきだし、あわてて後退したオレのそでを黒く焼いた。
「カツヤ、下がれ! それは源罪の霧だ!」
 部長の声が飛び、オレはさらに後方へ走る。黒い霧はまもなく消えうせたが、オレが呆然とそれを見届ける間も悪魔からの追撃はなかった。
「ば、ばかな……」
 悪魔の白い顔はさらに青く、よろけるように1歩、2歩、後退った。その目は見開かれ、ただオレを映している。
「このメルギトスの力を封じられるのは、誓約者か、さもなくば調律者だけのはず……」
 …………『ロウラー』?
 初めて聞くその響きは、なぜか強い印象をもってオレの中に染み渡った。『ロウラー』……。
「大丈夫、ハヤト?!」
「アカネ!」
 森の中から近づいてきた叫びに、部長が表情をゆるめた。先頭切って走ってきたのは紅のくのいち。その後ろに部長の仲間が続いているのを見た悪魔は、くやしそうにうめいた。
「どうやら、この場はひいた方がよさそうですね。必ず魔力を取り戻し、このお礼をさせてもらいますよ……!」
 身をひるがえし、足を引きずるようにして森の中に消える。部長がほっと力を抜き、
「勝てた……」
 オレがそう息をもらしたのと同時だった。
 ピシーンと、どこからか音がしたのは。
「あ」
 部長とアカネがハモる。
「クラスチェンジだ!」
「なになになに? 何になったの?」
「え? ええっと……」
 オレはもたもたとステータス画面を開く。その間、オレの頭の中には一つの単語がこだましていた。
 ……『ロウラー』……
 さっき悪魔が口走ったその響きが、なぜかオレの頭を占めていた。
『このメルギトスの力を封じられるのは、誓約者か、さもなくば調律者だけのはず……』
 もしかして、オレの新しいクラスって……。
 むやみに胸を高鳴らせながら、開いたステータス画面をのぞきこむ。そこにはまぎれもなく新しいクラスが記されていた。

 『class : ローラー』

「……それって丸いつつ状の回転する道具のことじゃないっすか!」
 ロードローラーとかローラースケートとか! キレるオレの後ろでアカネと部長がぽんと手を打つ。
「つまりロウラーのパチモンってことだよねえ?」
「あー、確かに。ブランドコピー商品の名前みたいなやり口だもんな」
「いやっすよ、そんなの!」オレは両手を振り回して叫ぶ。「センパイ! 他のまともなのに変えてください!」
「イヤ俺、そこまでは出来ないから」
「そんなぁ……」
 ああ、自分でもわかる。今オレ涙目だ。
「あ、でもカツヤおまえすごいぞ! 4歩の横切りの誓約可の全属性召喚じゃん!」
 部長は本当にうれしそうに言って手を叩いた。
「ますますレギュラー決定!」
 オレはがっくりと肩を落とし、地面にひざをついた。他に何ができるっていうんだ……。
「めでたいめでたい! よし、じゃあフラットに帰るぞ!」
 部長が明るく号令をかけた。あちこちから「おー」と声があがり、みんなはぞろぞろと森の出口へと移動し始めた。その中にはなぜかちゃっかりセルボルト一家も混ざっている。家、こわれちゃったしなあ。
 オレの方といえば立ち上がる気力もわかず、土の上に手をついて沈み込んでいた。
 ……ううう……オレのがんばりはなんだったんだ……。いきなり異世界に飛ばされて、戦わされて利用されて、クラレットさんにふられて……。
 と、
「あの……」
 ひかえめな声がした。
「さっきは、守ってくださって、ありがとうございました……」
 クラレットさんだった。
 思わず顔を上げたオレに向けて頭を下げ、ちょっと赤くなったほほを押えながら身を返し、一行の後ろを歩くカシスとソルのところへと駆けて行った。
「おーいカツヤ、帰るぞー」
 部長が遠くから呼んでいる。キールはツェリーヌさんと何か話していて、アカネは気楽そうに伸びなどしている。他の仲間たちも、のんびりとあちらへ歩いていて……。
「……ぃよっしゃーーーーっ!」
 オレの叫び声にそれらみんなが一斉にこちらを見た。
 オレは飛びはねるように立ち上がる。ほとんどスキップ状態で歩き出した。そのまま、ぽかんと立ち止まった部長の横を追い越す。
「セーンパイ、なにしてんすか、早く帰りましょーよぉ!」
 ゆるみまくった顔で振り返ると、部長は眉を下げて苦笑した。
「……何だよ、おまえ急に元気になったじゃん」
「ええ? そんなことないっすよ〜。ほら、行きましょ、センパイ」
「変なヤツ。前にもあったな、こんなこと」
 部長は笑っている。オレも笑い、ふと遠くのクラレットさんと目が合った。すぐはずかしそうにカシスのかげに隠れてしまったけれど、屋敷の2階で会ったときのおびえた色はもうなかった。
 部長はまだ笑っている。オレもそれにあわせて、もう一度笑った。

04.00.00


サモン部屋トップへ




初の長編、終了でございます。
掲示板投稿時、コメントくださった皆さんありがとうございました。
それにしてもセルボルト家総出って、夢のようです。天国みたいやんなあ。
誓約者総出はよく書きますけど、セルボルト兄弟総出はあんまり書いてないなあ。