+  カツヤのリィンバウム奮闘記 2  +


「……あの、センパイ、聞きたいんすけど」
「ん? なんだよ、カツヤ」
「いつになったら、クラレットさんに会えるんすか?」
「え? この周では会えないよ。キールがクラレットの代わりだから」
「……え?」

   *  *  *  *  *

「ふふふふふふふ」
 ……終わった。さよなら、オレの青春。
「ふふふふふふふ」
 ああクラレットさん、オレはもうあなたには会えないそうです。あのギザマントがあなたの代打なんだそうです。
「ふふふふふふふ」
「……そこの少年?」
 オレ、何のために今日まで頑張ってきたんでしょう? 言うまでもなくあなたのためです。あなたに会うためであって、あなたと部長が会った場所に来るだけのためじゃありません。でも、その願いも、今日までのがんばりも、全てむなしいことでした。
「ふふふふふ……」
「おーい、そこの少年……。できれば、城門前で体操座りしてうつろな目で笑い続けるのはやめてほしいんだが……」
「ふふふふふ……オレに構わないでください……。今ちょうど、人生の希望が消えたところなんスから……」
「そ……そうか……心から同情するよ……。でも、騎士団長の自分としては、とりあえずよそでやってほしいんだが……」
 ほら通行人も怯えてるからね、と、立派な鎧を着た金髪のにいちゃんがはきはきした声で言ってくる。見ればきれいな青い瞳、背が高く顔もとっても二枚目な好青年だった。
「ふふふ……おにいさん、もてるんじゃないすか?」
「自分が? そうでもないと思うが」
「いや、きっともててるっすよ。ふふふ……いいっすねえ。オレは……オレはクラレットさんへの恋がちょうど終わったとこっすけどね……ふふふ……」
「イリアスさま、話し合いは通じません、実力で排除しましょう」
「待てサイサリス。初めからライフルはよせ」
 金髪にいちゃんは他の誰かと何かを言い争い始めた。と、オレをはさんで彼らの反対側から、
「ほう……あなた、クラレットさんに恋をしていらっしゃるんですか」
 ぽろろろん、と竪琴の音がした。オレはのろのろと顔を上げる。
「いいですね、恋とはすばらしいものですよ。私も恋の歌をたくさん知ってはいますが……」
 また、ぽろろろん、だ。立っていたのは、長髪の優男。
「未だ真実の恋にめぐりあったことはないのですよ……」
 ぽろろろん。指先で竪琴をかき鳴らす音だ。ハート模様の服を着た青白い男が、竪琴を抱えて立っているのだ。
「どう見ても不審人物です、イリアスさま。拘束しましょう」
「そうだな、サイサリス。騎士団に出撃命令を!」
 きびきびと動き出す金髪兄ちゃんを無視し、優男はオレに近づいてきた。
「私は旅の吟遊詩人でレイムと申します。ぜひ、あなたの恋のお手伝いをさせてください」
「ふふふ……ほっといてください……もう終わったことっす……。クラレットさんには会えないんすから……」
「おや、そんなことを誰が決めたのですか?」
 吟遊詩人は薄く笑って言った。竪琴をかき鳴らす。
「私は知っていますよ。クラレットさんの居場所を知っていて、隠している人がいると……」


 夜。フラットの一室。暗く静かな部屋のドアノブが、不意に外側から回された。細く開いたドアをくぐって入ってきたのはキール。ノックの一つもないのは、ここがキール本人の部屋だからだ。手にしていた明かりを机に置いたキールは軽く肩を回し、
「ふう、明日はまたフリーバトルか……」
 そうつぶやいたところで……オレは隠れていた机の影から飛び出し、そののどに短剣を突きつけた。
「なっ……カツヤ? 一体なにを……どういうつもりなんだ?」
 青くなって早口に言うキールに、オレは押し殺した声でたずねた。
「……クラレットさんの居場所を知ってるな?」
「!」
「知ってるんだな?!」
「…………知らない。僕は何も知らない」
 一瞬の沈黙が、本当は知っているのだとオレに悟らせた。あの吟遊詩人の言ったとおりだ……。
「知っているんだろ! オレに教えろ、じゃないと……!」
「知らないと言ったら知らない。脅されたって、知らないことは答えられない」
 刃物を突きつけられているというのに、キールはガンとして口を割ろうとしなかった。これもあの吟遊詩人の言った通りだ。……なら、あの詩人が教えてくれた方法を使うまでだ。
「ふふふ、これを見ても同じ事が言えるか?」
「……! そ、それは!」
 オレがポケットから取り出した本を見て、キールの顔色が変わった。
「ふふふ、そうだ、引き出しの奥に大事にしまってあった『プニムファンブック完全版・初版特典プニぐるみ付き』だ……。これがどうなってもいいのか? 」
「か、返してくれ! 頼む、それだけは……!」
「無事に返してほしかったらクラレットさんの所に案内しろ」
「分かった、案内するから!」
 第一段階は成功だ。こうしてオレは、クラレットさんの元へと向かうことになった。


「あの館の中だ……」
 早朝、不気味な霧が立ちこめる深い森の中、キールは木立の合間に見える古い建物を指さした。徹夜で歩かせたせいか、ちょっとげっそりしている。
「あの中にクラレットさんがいるんだな? よし……」
 木立をかき分けて進もうとした俺のそでを、キールがつかむ。
「待て、ちゃんと案内したんだから本を返してくれ」
「ここで帰るつもりなんてだめだからな。ちゃんと、クラレットさんのいる部屋まで案内してもらわないと」
「いいじゃないか、ここまで案内したんだから! とにかく返してくれ!」
 キールは妙に必死の形相だ。不思議に思ったとき、
「誰? そこに誰かいるの?」
 霧の向こうから少女の声がした。
「ここはうちの屋敷の庭のようなもの。すぐに出て行って。じゃないと、実力で追い出すよ……」
「なんだと、おまえこそ誰だ! 誰であろうと、オレの恋心を止めることはできないんだからな!」
 オレはそう宣言して剣を構える。クラスチェンジしろクラスチェンジしろと言う部長に経験値を多く割り振られ、オレは結構なレベルに達しているのだ。さらに言えば、剣道部できたえた経験もある。
 ……あれ? 違うぞ、オレはバスケ一筋だったはず。なのに、どうして竹刀持って素振りしている記憶があるんだ? 中学からずっとブレザーだったのに、なぜ詰襟着た自分の記憶があるんだ?
 あれ? セーラー服着たエミが「トウヤせんぱーい、待って下さいよー」とか言ってる記憶まで……。
 いきなりわいてきた記憶にトリップしかけたオレを現実に引き戻したのは、ゆっくりと口を開いた少女の声だった。
「……警告、したからね……。ゲルニカ! やっちゃって!」
「へ?」
 霧の中に召喚の光が見えて……現れた巨大な竜が、一声吠えた。と、口の中に赤い光がたまり……。
「うわーっ!」
 吐き出された炎の渦を、オレは間一髪よけた。背後の木々が炎を受けて消滅する。森の中にぽっかりと、木も草も絶えた広い空間が現れた。直撃していたらどうなっていたことか、背筋がぞっとするのをおさえられない。
「待て、カシス、僕だ、撃つな!」
 キールがオレの前に飛び出し、両手を大きく振った。霧の向こうで息をのむ気配がし、やがて近づいてきたのは、明るそうな可愛い女の子だった。オレとキールを見比べ、
「キール兄さま? 一体どうして?」
 『兄さま』? ということはこのコ、キールの妹か? 似てるよーな、似てないよーな……。しかしいいなあ、オレの趣味とはちょっと違うけどこんな可愛い妹がいるなんて。
「その人は?」
「あー、彼は、その、えーっと、だから、」
 即答できずオレと彼女を見比べるキールに、カシスはいぶかしむ顔つきになり、少し目を細めた。
「兄さま……もしかして、そいつにおどされてる?」
 す、するどいっ!
 オレ達の表情の変化を、彼女は実に敏感に読みとった。
「やっぱり……おどされて、うちの館まで案内させられてるんだね。安心して兄さま、あたしが助けてあげるから! おいで、ペン太くん!」
 ぼとぼとぼとっと、オレの周りにペンギン型爆弾が落下してきた。その数かるく十数個。
「やっちゃえ!」
「ぎゃーっ!」
 オレは悲鳴を上げて、導火線が燃え尽きる寸前にその囲みを駆けぬけた。背後で爆音がして、爆風に押されたオレは思い切りつんのめった。
「カシスやめろ! 僕のプニム本がーっ!」
 キールが悲鳴を上げている。オレの心配は? なあ、オレの心配はないのかよ?! さっきあんなに必死になって本を返せと言ったのは、こういう状況を予想してたからなんだな?!
 だが、そう文句を付けにもどることは出来なかった。オレはとにかく爆風とは反対方向に走り、時折飛んでくる怪光線をよけながら、霧に紛れた木立の中を逃げまどった。
「兄さま、大丈夫だった? あいつはやっつけたから、もう安心だよ」
「ううう……僕のプニム本……」
 霧の向こうに遠く、二人の声がしている。追撃は止んだらしい。
 と、霧のすぐ向こうに、古びた壁が見えた。館だ。いつの間にか、すぐそばまで来ていたらしい。

 クラレットさんのいる館の、すぐそばまで……。

 忍び込むしかない。オレは即座に決意した。手近な窓に手をかけると、予想に反してするりと開いた。

04.00.00


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