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カツヤのリィンバウム奮闘記 第1話 +
「……あの、センパイ、聞きたいんすけど」
「ん? なんだよ、カツヤ」
「いつになったら、クラレットさんに会えるんすか?」
「え? この周では会えないよ。キールがクラレットの代わりだから」
「……え?」
* * * * *
オレは西郷克也。バスケ部所属の平凡な高校一年生……のはずだった。ついこのあいだまでは。
「あっ、とどめ刺しそこねた! そっち行ったぞ、アカネ!」
「まかせてっ! ほいしょっと」
「ナイス! あとはあいつ一人か。キール、そこからガルマザリア届く?」
「届くもなにも、この周はまだ持ってないよ」
「あ、そっか。じゃあ、次のターンで俺が追いつこうっと」
つ、ついていけない……。
今、オレの目の前に広がるのは戦闘風景。ギザギザマントの魔法使いと、オレンジ衣装の自称くのいち、そしてオレの高校の先輩であり、普通のバスケ部長だったはずの人が、襲いかかってくる不良たちを蹴散らしている。
と言っても、相手は街角でタバコ吸ってる程度のカワイイ不良じゃない。ぎらぎら光るナイフを手にした、危ないやつらの集団だ。そしてそのリーダーというのが……。
「はぐれ野郎! てめぇきたねぇぞ! 毎回毎回イヤと言うほどレベル上げやがって……」
半泣きでどなっている青白いヘビメタ。なんか気の毒だ。
「イヤなら因縁つけて来なけりゃいいのにね〜」
アカネがけらけら笑いながら言った。ますます気の毒だ。
「今回はいつもよりレベルが低いじゃないか。割り振る相手が一人多いから」
キールがオレを横目で見ながらぼそっと言う。尻馬に乗るようにアカネが、
「そうそう、見苦しいよ、ばのっぴ〜?」
「妙な名前で呼ぶんじゃねえ! ちくしょう、おぼえてろよ!」
気の毒なバノッサは捨てぜりふとともに逃げていった。最後は本泣きだったっぽいのに、部長たちは気にした様子もなく「終わった終わった」と笑っている。
「だれのレベルを上げる?」
「うーん、俺のクラスチェンジをとるか、キールのMP底上げをするか、まだ見ぬカツヤのクラスチェンジを目指すか、難しいな」
「未だに初期クラスだもんねぇ。いつになったら上位クラスになるの?」
「んなこと知らないっす……センパイたちがなに話してるか、よくわかんないし……」
……オレはどうしてこんな異世界で、こんな人たちに囲まれて闘ってるんだろう……。
まっ元気だしなよ!と言うアカネにばんばん背中を叩かれながら、オレは心の内で涙し、思い出していた。
* * * * *
始まりはいつもの帰り道、部活を終えた部長が、一緒に帰ろうと声をかけてきたのだった。
「おまえ、俺とクラレットが初めて会った場所に行きたいって言ってたよな?」
「は、はい! 行きたいっす!」
クラレットさんというのは部長の知り合いの女の子。とっても、とおっても可愛い女の子で、一目会った瞬間からオレはもう他のコのことなど眼中になくなってしまった。
しかし会えたのはその時一度きり。せめてもう一度会いたいと、そう願うばかりだったのだ。
「じゃ、ちょっと公園行って考え事しよう」
「は? はあ」
ヘンだな、と思った直感に従うべきだったのに。うかつなオレは部長について公園に行き、そこで、いきなり別世界に引きずり込まれた。
目が覚めてみると一面の荒野。パニックにおちいるオレを後目に部長は平然と、
「あっちに街があるから。サモナイト石全部拾って、と。よし行こう」
慣れた足取りで街に向かった。街に入ると、待っていたらしい二人組がさっそく出てきて、
「よう、ハヤト、久しぶり」
「久しぶり、ガゼルにエドス。みんな元気にしてる?」
「おお、ワシらもリプレも変わりない」
和やかにあいさつを交わしたのだった。
「そいつ、誰だ? 見ねぇ顔だな」
「後輩のカツヤ。たぶん戦えないから、攻撃しないでやって」
わかったわかったと二人はうなずき、そして何の脈絡もなくいきなり戦闘が始まったのだった。
そして……その途中だった。呆然と観戦していたオレに、軽々と剣を振り回す部長が声をかけたのは。
「……あっ! カツヤ、おまえ4歩で横切りじゃん!」
めちゃくちゃ弾んだ声だった。
「レギュラー決定!」
* * * * *
「4歩の横切りって役に立つんだよなー。さすが剣道部とバスケ部かけもちだけあるよ」
部長は満足そうにそんなことを言う。いやオレ、剣道となんかかけもちしてませんから。……あれ? なんか、剣道部だった思い出があるような……。おかしい、オレはずっとバスケ一筋だったはずなのに、なんでこんな鮮やかな記憶が……?。
「でもぉ、結局クラスチェンジしなかったよねぇ?」
茶化すようにアカネがオレの背をどついた。「せっかく2つもレベル上げてもらったのにねー」
バノッサとの戦闘を終えた帰り道だ。あのあと、オレにはよく分からない仕組みでレベルが上がって、突然筋力がついた感触があった。だめだ、どうしてもなじめない……。
そして今、オレ達は4人連れだって商店街まで帰ってきていた。時々歩いている仲間たちに挨拶しながら武器屋の前までさしかかる。
「そーだっハヤト! さっきもうけたお金で、新しい着物買っていい?」
「僕も新しいローブがほしいな」
「ん、いいよ」
部長が気前よくうなずいたので、二人は防具を買いに行った。部長太っ腹だ……もともとはバノッサのお金だけどさ。
「あーハラ減った、リプレのご飯楽しみだよなー。明日はどうしよっか、また釣り行く?」
オレと二人残された部長は、のほほんと話しかけてくる。
「……あの、センパイ」
「んー?」
のんびりした部長とは対照的に、オレは深刻だった。……もうこれ以上我慢できない。
「聞きたいんすけど」
「ん? なんだよ、カツヤ」
今日なのか明日なのか、そんな思いで毎日を過ごしてきたんだ。待っていたのはただ一つ、彼女と出会える瞬間。
今日ではなかった。今日でもなかった。部屋に帰るたびそうため息をつく毎日がずっと続いてきた。もう我慢できないんだ。
「いつになったら……、いつになったらクラレットさんに会えるんすか?」
オレがしぼりだしたその台詞に、部長は大きな目をぱちくりさせた。
「え? この周では会えないよ。キールがクラレットの代わりだから」
意外そうに放りだされた言葉に、オレの時間は凍った。
「……え?」
04.00.00