+  きみを探して・前  +


 爆発音と、舞い上がる煙。その向こうに、彼女の影を見つけて僕は彼女の名を呼んだ。
 呼ぼうとして、思いっきり煙を吸い込んでむせ返った。
 でも視線は影から離せない。
 長かった。彼女が、リィンバウムを破滅から救った彼女が、そのまま名もなき世界へ帰ってしまってから、どれくらい過ぎたろう。
 僕はただひたすら、彼女の世界への扉を捜し求め……、今、ようやくその扉を開くことが出来た。
 煙が薄くなる。僕は小さく息を吸って、今度こそ彼女の名を呼んだ。
「―――ナツミ!」
 窓から風が吹き込んで、煙が吹き散らされ、そして、煙の向こうの人物がはっきりと姿をあらわす。
「……樋口って、ナツミって名前だったっけ?」
「新堂くんはちがいますよね?」
「…………え?」

 二人の見知らぬ人物を前に、僕の時間はしばし止まった。


「おーい。おーいってば。生きてるかー?」
「新堂くん、ここはこの間習った救急救命法ですよ。えーっと、意識のない人を見つけた場合はまず、車にひかれないよう道路の脇に移して……」
 僕の肩を揺する少年を止め、少女の方が僕の腕をつかんで引きずり始めた。それでようやく我に返り、僕は頭を振る。
 周囲には散乱する机、椅子。四角い、少し広めの部屋に、どうやら机ばかりが並んでいたらしい。左手の壁は全面が窓になっていて、そのだだっ広い部屋には僕と、目の前の二人だけ。
「き、君たちは一体……」
「それは俺たちのセリフだって。おーい樋口、意識取り戻したみたいだぞ」
「あら、じゃあ次のステップですね。『大丈夫ですか?』と声を掛けて……」
「ここはどこだ? 名もなき世界じゃないのか?」
「……頭を打って錯乱状態ですね。こういうときはどうするんだったかしら……」
 少女の方はなにやら大きな本を取り出し、熱心にめくっている。それを横目で見ている少年の方は特に止めもせず、
「……ここは日本。地球。太陽系第三惑星。えーっと、タイムスリップ説もありかな? ドラえもんはまだいないんだけど」
「ニホン……ニホン? ナツミが言ってた国じゃないか! じゃあ成功だ!」
 小躍りする僕を見ていた少年が小声で、「タイムマシンの実験だな、これは」と確信を込めてつぶやいた。その妙に冷静な様子に僕のほうもふと冷静になる。
「待てよ……なぜナツミがいないんだ? 僕はナツミの所に来たはずなのに」
 ぶつぶつつぶやきながら考える。
「君、えーっと」
 茶色い髪の少年(さっきシルエットでナツミと間違えた人だ)を振り向くと、爆発で吹っ飛んだ椅子を直していた彼は、
「ハヤト。新堂勇人。あっちは樋口……綾だっけ? 君は?」
「僕はキール。ハヤト、か。さっきまでここに、ナツミという女の子がいなかったかい?」
 彼は首を傾げる。
「さっき……。三十分くらい前からずっと、俺と樋口だけで日直日誌書いてたから、その間は他に誰も教室には入ってこなかったよ。その前も……なあ、このクラス、ナツミって名前の子いたか?」
 ハヤトとアヤは壁に貼った紙(僕にはわからない字がずらずらと書いてあった)を眺め、
「いないな」
 断定した。僕は青くなる。
「そんなはずはない……。ここにナツミがいたからこそ、僕は結界を越えてやってこれたはずだ。ナツミが呼んでくれたんじゃなければ、エルゴの王の張った結界を越えられるはずはない」
「でも実際、いないんだよ」
「そんなはずはない!」
「待って下さい」
 きれいな右手を挙げて、アヤがなだめるように割って入った。
「私、わかりました。キールさん、残念ですが……。ナツミさんは、もうすでに亡くなっておいでです」
「えっ…………」
「亡くなったって……なんでわかるんだ、樋口」
 言葉もなかった僕の代わりに、ハヤトが尋ねてくれる。アヤは悲痛な表情でうなずき、
「ここにナツミさんがいるはず。でもいない。この矛盾を解決できる答えは一つだけ。
 昔はここにナツミさんがいたけれども今はいない、という答えです。
 新堂くん、この学校ができる前、ここには何があったかご存じですか?」
「学校ができる前って、戦前だろ。確か農家がぽつんぽつんとあったとか聞いたけど」
「そう。おそらく、キールさんが会いにやってきたナツミさんというのは、ちょうどこの場所に建っていた、農家の娘さんなんです」
 アヤは深いため息をついた。
「UFOの不時着で戦前の日本にたどり着き、ナツミさんと出会ったキールさんは、燃えるような恋に落ちました。しかし事情があって自分の星に戻らなくてはならない……。
 二人は再会を誓い合い、泣く泣く別れます。一年経ったら迎えに来るよ、待っていてくれナツミ。ええ待ってるわ、約束よキール。
 そして冥王星に戻り一年後、キールさんははやる心を抑えて地球へとやってきました。
 ところで新堂くん、冥王星の一年はどのくらいかご存じですか?」
「え? えーっと」
 慌てて机を探り、本を開くハヤトに、アヤは優等生の顔で、
「約250年です。今日の5限に習ったばっかりですよ」
「5限って無性に眠くなるんだよ……。じゃなくて、250年がどうしたんだ? ……まさか」
「そう、キールさんが冥王星で一年間過ごしている間に、地球では250年が経ってしまっていたんです。
 なんという悲劇でしょう! ナツミさんはずっとキールさんを待ち続けていたというのに!」
「いやその、そんな見てきたように語られても困るんだが」
 わっと泣き伏せたアヤ、「かわいそうに……」とうつむくハヤトの間では、すでに250年説が採択されているらしい。横やりを入れるのは気が引けたが、
「その……僕は、メイオウセイ?とか言うところからではなく、リィンバウムから来たんだ」
「聞きましたか、新堂くん。冥王星では自分たちの星のことをリィンバウムと呼んでいるそうですよ」
「すごい大発見だな。学級日誌に書いておこう」
「いや、絶対違うと思うから」
 わざわざ赤インクでなにやら書き付けている彼からノートを取り上げ、僕は頑張って説明する。
「君たちは大分誤解している。僕は、リィンバウムという異世界からやってきたんだ。少し前、そのリィンバウムにこの世界からナツミという女の子がやってきて、……僕と世界を助け、そしてこの世界に帰っていった。僕は彼女を追って来たんだ」
と自分で説明していて血の気が引いた。先ほどの250年説がシャレですまないことに気付いたからだ。
「どうかしたか? 真っ青になって……」
「そうだ……この世界とリィンバウムとで、時の流れかたが違ってもおかしくないんだ」
 もしも、リィンバウムの1年がこちらの250年ほどにも当たっていたら?
「やっぱり、そうだったんですね。キールさん、そのナツミさんが着ていた服は、たとえば私の着ているものとは大分違うでしょう?」
 僕は彼女の服をまじまじと見る。
「……確かに……。ナツミの服はそんなんじゃなかった。もっと大きなリボンがついていて、こういう形のえりが大きくて、スカートにはひだがたくさんついていたし」
「……それ、セーラー服じゃないか?」
「…………あら」
 アヤは口に手をあてて考え、はっと声を上げる。
「250年前にセーラー服……ということはナツミさんは外国の船員さんだったんですね?! 
 その時代の船員さんといえばみんな男の人…………。
 ナツミという名前にだまされていました。新堂くん、ナツミさんはムッキムキの男性ですよ」
「そうなのか! スカートはいたムキムキマッチョか……想像したくないな」
「しなくていい!」
 僕は思わず机を叩き、
「ナツミは可愛い女の子だ! ムキムキマッチョは一人で足りてるんだ、変なことを言わないでくれ!」
と言ってからそのムキムキエドスがナツミの服を着ているところをリアルに想像し、貧血を起こしそうになった。
「真っ青だぞ、大丈夫か?」
「新堂くん、やっぱり救急救命法ですよ。えーっと、まずは気道確保のために横向きに寝かせて……」
「試してみたくてたまらないんだな、樋口……」
 アヤはものすごい腕力で僕を横にさせようとする。ああ、バカ力なところがナツミそっくりだよ……。
「樋口、ちょっと待った。救急救命法よりあっちの方が早いだろう? おーい、ちょっと治してやってくれよ」
 軽く言いながらハヤトがポケットから出したのは、紫色の石だった。それがきらきらと光を放ち、リプシーハピーが現れる。きゅいっきゅいっと手を動かしたリプシーが消えたあとには、ぐらぐらしていた僕の頭は完全に正常に戻っていた。
「さ……サモナイト石? しかも召喚術まで……。名も無き世界には召喚術がないはずじゃないか! 君たちは一体……」
「あら、これのことを知っている人だったんですね。わたしたちも不思議だなあとはおもってたんですけど」
「そう言えば、これで遊んでるときだったよな、さっきの爆発が起きたの」
「なんだって!」
 押さえ込まれていた僕はがばっと跳ね起きた。(「瞳孔を確認して……」とか言いながら押さえ込んでいたのは無論アヤだ)
「まさか……まさか僕を召喚したのは君たちなのか?」
「うん? よくわからないけど、これって何か物とくっつけると色々出てくるだろ? 俺と樋口で色々試してみてて、で、」
 ごそごそとその辺を探り、「これこれ」と何か取り出す。
「爆発する前にはこれと試してみたんだよ。ピンキングばさみ」
 (注)ピンキングばさみ=布とかをギザギザに切るはさみ。
「どうせ僕はギザギザだよーっ!!!」
 わっと泣きながら駆け出した僕は、マントをつかまれて「ぐえっ」と立ち止まった。むしろ立ち止まらざるを得なかった。
「キールさん、頭を打っている可能性がある場合は患者を動かしちゃいけないんですよ?」
「絞まってる絞まってる樋口」
「あら、患者の呼吸がおかしくなってますね。えーっとこういう時は……」
「保体の教科書めくる前に、マント放してやれよ」
 ち、父上が笑顔で手招きしてる光景が見えるよ……。あの人ってほほえむと気味悪いなあアハハ……。
「大丈夫か? ほら、回復回復」
 ハヤトのリプシーハピーで、僕はなんとか父上の手を振り切ることが出来た。
「と、とにかく本当にこのサモナイト石で僕を召喚したのかい?」
「よくわかんないけど、そうなのかな」
 なんてことだ……。ナツミが呼んでくれたんじゃなかったなんて。僕とナツミとをつなぐ糸は、切れてしまっていたのか?
 ……待てよ。
「君たち、その石をどこで手に入れたんだ?」
「ああ、これは俺の中学の同級生がくれたんだよ。まだたくさんあるんだぜ」
「中学の同級生? 会わせてくれ、その人に! きっとその人はナツミからもらったんだ!」
 ナツミが言っていた。名も無き世界にはサモナイト石なんてないと。なのにここにサモナイト石があるということは、きっとナツミが持って帰ったものに違いない! 
「なるほど、それでナツミさんから深崎くん経由で新堂くんの手に渡ったんですね?」
 僕の説明を聞いたアヤが、納得顔で手を打った。
「そうかなぁ? 深崎は拾ったって言ってたぞ? あ、俺にこれくれたやつだよ、深崎って」
「良くあることですよ。わたしもお友達の付き添いでやったことがあります。新しい彼と付き合うことになったとき、元カレとの思い出の品は全部捨てるんですよ。古い彼の思い出なんて、別れた後には邪魔なばっかりですからね」
「ふーん、じゃあキールは捨てられたんだ」
「嫌なこと言わないでくれっ!」
 思わず半泣きで抗議した。
「ナツミが僕を捨てるなんて、捨てるなんて、…………ありうるかも…………」
「あ、いじけた」
 僕なんてギザギザだし後ろ向きだしあの父上の子だし、とぶつぶつ言っていると、アヤが僕の背を叩いた。
「元気出してください、キールさん、奪われたものは奪い返せですよ。新しい彼なんかけり倒して、元サヤ狙っちゃえばいいんです。わたしたちも応援しますよ!」
「あ、ありがとうアヤ……」
「そういうわけで新堂くん、ちゃっちゃと深崎くんを呼んでください。ギザギザさんを連れ歩くのは目立って恥ずかしいですからね!」
「協力的になったな、樋口」
 ついでに、さりげなくひどいことを言われた気がしないでもないが、あえて目をつぶることにした。

04.02.09






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