+  きみを探して・後  +


「で、僕を呼んだのかい」

 無線機(ハヤトたちはケータイと呼んでいた)で呼び出され、やってきてくれたのはトウヤという名前の少年だった。落ち着き払った彼は、ちらりと僕を見て、
「……確かに、どこからどう見ても異世界の服装だね。彼の話に嘘はないみたいだ」
「言外に、変な服着てるって言ってないか?」
「思い過ごしだよ」
「……僕の目を見て言えるか?」
「思い過ごしだよ」
 まっすぐ目を見て言われたというのに、どうして疑いが消えないんだろう。
「それよりも、あの石のことですよ。深崎くん、あの石はどこで拾ったんですか?」
 これまでの回り道はなんだったのか、異様にさくさくとアヤが仕切る。
「あれは中学のそばで拾ったんだよ。ほら、中学と僕の行っている高校との間くらいに、小さな公園があるだろう?」
「あ、あれね」
 この三人は同じチュウガクに通っていた仲なんだそうだ。ハヤトとアヤは今いるこのコウコウ、トウヤだけはちがうコウコウに行っているという。
「一月ぐらい前の、夕方かな。近くを通ったら、公園で何かがきらきら光ってるのが見えたんだ。行ってみたらこの石がざっくざく。きれいだなあと思って眺めていたら、偶然ポケットから缶ジュースが落ちてね」
 トウヤは、ふう、とため息をつく。
「いや、びっくりしたよ。缶ジュースが触れた石が光ったかと思ったら、いきなり人が現れたんだからね。 彼の方も相当びっくりしてて、『カシスと姉上はどこに行った? 森の館にいたはずなのに!』とか言って大慌てしてたけど」 
 僕は血の気が引くのを感じた。
「まさか……。そ、その人というのは、」
「落とした缶ジュースっていうのがソルティードッグだったからね。だからソルなんだろうね、彼の名前」
「深崎、ソルティードッグはジュースじゃなくて酒……」
「そ、ソルも来てるのか! 今どこに!」
「あれ、君ソルの知り合いかい?」
「僕の弟だ! 今どこにいるんだ!」
「うちの道場を手伝ってもらってるよ。じいさまに気に入られて、なかなかなじんでるけど」
「すぐに連れて行ってくれ!」
とトウヤにすがりかけた僕を、すごい力でアヤが引き戻した。
「ダメですよキールさん。ナツミさんを探すんでしょう?」
「え、いや、別にナツミのことを諦めたわけじゃ……」
「身内の情に流されてはいけません。愛と身内、どちらを取るつもりですか?」
「…………ナツミの方を」
 すまないソル、薄情な兄さんを許してくれ。ナツミとお前をハカリにかけたわけじゃなく、ただ、アヤが笑顔で握りしめるペーパーナイフが怖かっただけなんだ。
「そのナツミさんのことだけど、実は僕に心当たりがあるよ」
 トウヤがいきなり言った。「えっ」と場が凍る。
「深崎! どうしてそういうことを最初に言わないんだよ。アルコールの話なんかどうでもよかったんじゃないか」
「いやハヤト、それも僕には相当重要だったんだけど」
「待ってください、新堂くん。私、わかりました」
 アヤがまた悲痛な顔で言った。くるりと僕に向き直り、
「キールさん……。残念ですが、ナツミさんのことはあきらめてください。彼女はもう、他のひとのものになってしまったんです」
「なっ……、どういう意味だ?」
 アヤは僕をなだめるようにうなずき、
「ナツミさんに心当たりがあった深崎くんが、今まで黙っていたのは理由があるんですよ。そしてナツミさんがキールさんとの想い出の品を捨ててしまったのにも」
「……まさか!」
「そう、ナツミさんは今や、この深崎くんとおつきあいしているのです。キールさんの入り込む隙はありません。あきらめるしかないんです」
「そんな! 元サヤを狙えと言ったのは君じゃないか!」
「それは相手が普通の人だった場合です。残念ながら、相手が深崎くんではキールさんに勝ち目はありません」
「あー、そりゃ勝ち目ないな。深崎だもんな」
「正直かつ裏のある感想をありがとう、新堂。そのあたりは後でじっくり話し合うとして、半分は樋口さんの言うとおりなんだよ。相手は僕じゃないけどね」
 まあ、とアヤが手を打つ。
「良かったですね、キールさん! 深崎くんじゃないならどうとでもなりますよ! このわら人形セットで!」
 どこからともなく取り出したわら人形と五寸釘を熱心に勧めてくるアヤから何とか逃れ、
「半分っていうのはどういうことなんだ、トウヤ」
「樋口さんの言った通りさ。僕の知っているナツミ……橋本さんには、付き合っている人がいる」
 トウヤの言葉は二重に僕を打ちのめした。前半部分、ナツミは、確かにハシモトという姓だと言っていた。そして、後半部分。付き合っている人がいる、というのは、つまり恋人がいると言うことで……。
「ううっ……やっぱり僕の罪は永遠に許されないものなのか……」
「なんか変なトリップしてるよ……。おーい、俺が許してやるから戻って来いって」
「そうですよ、ナツミさんの居場所がわかったんですから。ダッシュで行って彼を撃退です!」
 私たちも手伝いますからね、とアヤは五色のサモナイト石をざくざくポケットに詰め込む。あれだけ全部誓約済みなんだろうか……。
「ちょっとまてよ樋口、その相手のこと、どういうやつか聞いておいたほうがいいんじゃないのか?」
「そうですね。間違えてちがう人を抹殺しても大変ですから。深崎くん、ナツミさんの彼と言うのはどういう人ですか?」
 今すごく不穏なことを聞いたような。先ほどのペーパーナイフまでいそいそとポケットにしまう様は、魔王とだって笑顔で対面できそうな迫力がある。わかりやすく言うとZOC特大だ。
「ええっと、僕も最近見かけるようになったんだよ。学校帰りに待ち合わせしてるみたいで、よく一緒に歩いているところを見るね。毎日二人で出歩いてるんじゃないかな」
「最近見かけるようになったってことは、深崎の学校のやつじゃないのか」
「あれはちがうよ。生徒会副会長としてお断りだね」
 きっぱり言ったトウヤはふと窓の外を眺め、おや……という顔になる。アヤは小首をかしげ、
「変な人なんですか?!」
「変な人だね。……あの通り」
と言って窓の外を指すトウヤに、アヤがいきなり立ち上がる。走っていって窓にはりつくなり、
「……あそこを歩いているのがナツミさんですね? じゃ、じゃあ、横にいるあの人が?」
 うろたえた声をあげる。
「ナツミがいるのか!」
 窓にかけよろうとした僕のえり首を、戻ってきたアヤがつかむ。
「こうしてはいられませんよキールさん! 今すぐ行ってナツミさんに迫る魔の手を撃退です! さあ、行きますよ!」
 移動力4で引きずられ、窓からナツミの姿を確認することもできず僕は廊下へと連れ去られた。

「あれです! 新堂くん、深崎くん! せーのでかかりますよ!」
 結局えり首を放してもらうこともできず、僕は引きずられたまま建物の外に連れ出される。この三人、どうしてそろって足が速いんだ。
 アヤの号令に、ハヤトとトウヤは身構える。アヤ本人もまた僕のえりから手を放し、サモナイト石を握り締めた。
「よし、キールの幸せのためだ、やるぞ!」
「竹刀を持ってきておいてよかったよ」
「それじゃ行きますよ、せーの、」
「待ってくれ!」
 僕はなんとか立ち上がった。サモナイト石やら刀やらを構えている三人の向こうには、

 …………ナツミ。あれほど会いたかった彼女が、目を丸くしてこっちを見ていた。

「キール! どうしてキールがここにいるの? 会いに来てくれたの!? 嬉しいよ……」
 目尻に浮かんだ涙をぬぐうナツミ。僕だって会いたかった。会いたかったことは会いたかったんだけど……。
 再開の感動どころじゃない事実に、僕は何とか声をしぼり出す。
「…………ナツミ、君のとなりにいるその人は」
「キールさん、あれがナツミさんの彼ですよ。あんな人にナツミさんを取られて良いんですか?」
「あの人と橋本さんじゃ、なにかの法律に引っかかりそうだろう?」
「樋口の言うとおりだったな。 撃退しとくべきだ、あれは」
 言いたい放題の三人はとりあえず無視だ。呆然とする僕に、ナツミは目をこすりながら笑う。
「キールってば、服が違うとわからないの? オルドレイクだよ」
「や…………やっぱり父上ぇ?!」
 そう、ナツミの横で、実に似合わないネクタイ姿をしているのはオルドレイク・セルボルト。僕の父だった。
「なんで父上が?!」
「なんとかキールを呼べないかと思って、あたしが召喚された場所で試してみたら、降ってきたの。山ほどのサモナイト石と一緒に」
 父上が生きていたなんて。それじゃさっき川の向こうで僕を手招いたあれは誰だったんだ? ……会ったこともないおじいちゃん? うちは代々あんな顔なのか!
「それで、オルドレイクはリィンバウムに帰りたいって言うし、その方法を探そうと思って、毎日こうやって情報収集を」
「だからって……。その人はリィンバウムを滅ぼそうとし、君を殺そうとした人なんだぞ? 君が助けてやることなんてないんだ」
「そんなことないよ。あたしの一番大事なキールの、お父さんなんだもん」
 ………………!
「ナツミ……」
 不覚にも胸が熱くなった。ナツミはいつもそうだ。こうやって……幸せな言葉を僕にくれる。
「えーっキールってあのオヤジの子どもー? うっわ似てない!」
「キールさん……なんてかわいそうなんでしょう……。あと数十年後にはあんな頭になるなんて、うっうっ」
「樋口さんの長い髪を少し分けてあげるというのはどうかな。それでヅラを作ればきっと隠せるだろう」
 後ろで盛り上がっているやつらにもぜひ見習わせてやりたい。
「それにね、今のオルドレイクは、昔のオルドレイクとちがってるんだよ」
 ナツミにそっと示された父上の顔を見、僕もはっとする。あれほどに狂気を秘めていた目が、静かに、穏やかに僕を見ている。確かに昔とは違う……。
「キール。おまえには苦労をかけたな」
「…………!」
 父上はいたわりと悔恨に満ちた声で語りかける。
「こちらの世界で誓約者の世話になり……わしもいろいろと思うところがあったのだ。これからは、おまえたちとも家族としてやり直したい、と思うようになった……」
「父上……」
 信じられないような言葉だったけれど、父上の顔は真剣そのものだ。……本気で言ってるのか。あの父上が……。
 胸が熱いものでいっぱいになった気がした。言葉の代わりに涙があふれそうになって深く息を吸う。
「僕も……僕も、やり直せるならやり直したい。父上、ソルやカシスたちもきっと喜びます」
「うむ……。家族として、再出発だ。わしと、おまえたち兄弟と、」
 すっと父上の指がナツミを指さす。
「新しいお母さんとで」

「…………………ツヴァイレライ」

「ああ、キールさん何をするんですか! せっかく良い話だったのに!」
「感動の場面がぶちこわしだよな」
「仕方ないよ、親の再婚というのは子供には複雑なものだからね」
「キールも、オルドレイクとはいろいろあったもんね……」
「それじゃない! 昔の父上と全然変わってないじゃないか!」
 霊界の騎士にさくさくっと斬られた父上を前に、名もなき世界の三人が抗議してくる。なぜかナツミまで参加しているのが非常に不思議だ。
「ナツミ! こんな人ほっといてリィンバウムに帰ろう! フラットのみんなも待っているんだ。リプレもガゼルも、子供たちも」
「うん……帰れるものなら帰りたいけど、どうしてもできないんだよね」
「え……?」
 ナツミは「だから、」と人差し指を振る。
「オルドレイクも送還しようとしたけど、どうしてもできないの。サプレスとかメイトルパとかから呼んだものならすぐ返せるんだけど、リィンバウムから来たやつは全然」
「……………………」
 言葉をなくした僕の耳に、三人の楽しそうな声が聞こえる。
「じゃあ、キールも帰れないんだな? 橋本さんちに泊めてもらうしかないな」
「キールとお父さんで橋本さんを取り合うことになるんだね」
「父と息子の間で揺れる橋本さん……ドラマみたいですね!」
「ふふふ……この父に勝てると思うか、キール」
 めまいがした。だというのに外野は嬉しそうに盛り上がる。
「いっそのことうちにいるソルも混ぜたらどうだい?」
「父親と兄弟が一人の女性を巡って争うのか! うわー修羅場だー」
「今はそれくらいの方が視聴率が稼げるんですよ」
「うちは二人が限界だよぉ」
「ならばこのわしと新しい所帯をもてばよい。心配いらんぞナツミ、わしの甲斐性に任せておけ」
「デビルクエイク!」
 さりげなくナツミの肩に腕などまわした父上を吹き飛ばす。不思議なのは巻き込んでやったハヤトたち三人が「いてて」程度ですんでいることだ。父上が星を出してるっていうのに、この三人、ただ者じゃないんだろうか。いや、タダモノじゃないことはイヤと言うほど理解してるけど。
 一人だけ効果範囲外にいたナツミが、あわてて僕と父上の間に割り込んだ。
「落ち着いて、キール。リィンバウムに帰る方法がなくてあせるのはわかるけど、暴力的になるのはよくないよ」
「そんなことで荒れてるんじゃない……」
 ひどく力が抜けて僕は座り込む。ナツミがそばにかがむ気配がして、やがて温かい手が背中をゆっくりさすってくれた。リィンバウムで僕たちを守ってくれた、華奢なのに力強いあの手だ。
「ナツミ……。ありがとう。君の言うとおりだ、荒れても仕方なかったね」
「うん。ね、キール、今度はあたしのうちがフラットだよ。みんなで一緒に暮らして、みんなが幸せになれる方法、探そう」
「……僕がいてもいいのか?」
「当たり前じゃない」
 ナツミは僕の大好きな笑顔で笑った。僕も、つられてほほえんだ。そして父上もにっこりと、
「妻と子が仲良く暮らしてくれる。それはわしにも一番の幸せだからな」
「……パラ・ダリオ」
 再度星を出し、追加効果でマヒした父上を見て、アヤが嬉しそうに声をあげた。
「遭難者ですよ、新堂くん! えーっと、まず車にひかれないように道の端に移して……」
「それよりプラーマのほうが早いんじゃ……」
「今の技は初めて見たね。便利そうだ、僕も作っておこうかな」
 回復の算段(ではないもの)をする名もなき世界の三人を横目に、僕はナツミに向き直る。
「君の言うとおりだ、ナツミ。幸せになれる方法をがんばって探そう」
「うん!」
 ナツミは大きくうなずいて、輝くように笑ってくれた。僕も笑顔でうなずき返す。

「……キールの言う『幸せになれる方法』っていうのは、お父さんの抹殺か?」
「きっとそうだね。ほら、何かたくらんでいる笑顔だよ」
「さすが深崎くん、たくらみ関係のプロですね」
「ははは、抹殺関係のプロにそうほめられると照れるな」
 なんだかうるさい外野もいるけれど、今はまあいいということにしておこう。
 
 方法なんか探すまでもなく、ナツミのそばにいられるならそれが幸せなんだから。

04.02.10






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