+ ハロウィンのご一行 +





 雨の日曜日のことです。天流闘神士吉川ヤクモさんは、おうちでぼーっとしておりました。
 ヤクモさんには珍しいことです。もともと小学生の頃から、学校から帰った次の瞬間には遊びに飛び出してしまうのがヤクモさんという人でした。加えて天地神の大戦が終わってからは、それまでの忙しさの元を取るかのように、休日ごとにシマムラたちとつるんでいたのです。
 しかし今日は特別でした。みんなで遠くまで出かける予定であったと言うのに、当日の朝を迎えてみれば天気予報を裏切る大雨。電話で力なく延期を決定したものの、なんとなく気がそがれて何をする気も起きず、部屋でぼーっとしていたのでした。


  + 場面1 +

「ヤクモらしくないよ」と言うのはタンカムイです。「修行場にでも行って、ひと暴れしようよ!」
「うん……。でも雨だしなあ」ヤクモさんは上の空で言いました。「出かけるのも億劫だな……」と。
 タンカムイは驚きました。一体どうしたというのでしょう。いつも雨くらいどうとも思わないヤクモさんが、今日は妙に消極的です。タンカムイは急いで零神操機に戻りました。
「みんな! ヤクモが変だよ!」
 訴えますと、他の4体もそれぞれに難しい顔をしているのでした。
「元気がないであります」
「具合でも悪いのかね〜」
「出かけられなかったことが、そんなにショックでおじゃったか」
「いや、それだけとは思えぬ」
 5体は難しい顔をつき合わせて考えました。
「今のヤクモには、以前の覇気がなくなってしまってはいまいか?」
「確かに、精力的に伏魔殿を探索していた頃に比べ、気合のようなものが足りないであります」
「前は雨が降ったって伏魔殿に出かけてたよ」
「闘神巫女に怒られることなんか平気のへいざだったっけなあ〜」
「由々しき事態でおじゃる」
 5体はうなずきあいます。
「よいでおじゃるか。こういうときこそまろたち契約式神が働く時でおじゃる」
「そうだね、ヤクモのために、ボクたちががんばらなきゃね」
「式神は戦うことしかできぬなどとは未熟者の言い訳に過ぎぬ」
「闘神士の役に立ってナンボですよ〜」
「力をあわせるであります!」
 5体は手(と前足とヒレ)を重ねあい、気合を入れると、さっそく細部の相談に移りました。
「あの頃の気合を取り戻してもらうには、やはり戦いの緊張感を思い出してもらうのが一番でおじゃる」
「しかし、今となっては妖怪もそうそうはいないでありますが」
「本物じゃなくっていいよ。ボクたちのうちの誰かが変装するんだよ!」
「頭から衣でもかぶって、そこいらの草でもつければいい」
「舞台は隠し社あたりがいいかねえ〜」
「では、少し下見に行くでおじゃるよ」
 未だにぼうっと雨の庭を眺めているヤクモさんを残し、五行の式神たちは零神操機から抜け出しました。あちらから湯飲みの乗ったお盆を持ってきたナズナちゃんとすれ違いましたが、ちらりとこちらに視線をよこしただけで何も言いませんでした。
 妖怪が出たよ!と知らせに行けば、ヤクモさんはきっと一瞬であのころの覇気を取り戻し、零神操機を持って走ってきてくれるでしょう。そうしたらほんのちょっとだけ闘うふりをして、一段落ついたあたりで種明かしです。少しは叱られるかもしれませんが、ヤクモさんのことですから、5体の気持ちを知れば笑って許してくれるでしょう。そう思うと5体の足もはやるのでした。




  + 場面2 +

「いや、別に元気がないわけじゃないさ。ただ、平和だなってかみしめてただけだ」
 お茶を飲みながら、ヤクモさんは穏やかに言いました。縁側に正座したナズナちゃんは、自分も湯のみで手のひらを温めます。
「そうでしたか」
「ああ。大戦自体が終わってからもいろいろ事後処理があったし、一段落ついたらついたで、今度はシマムラたちと遊びまわってたからな。ゆっくり大戦のことを思い出す機会がなかった」
 ヤクモさんは縁側の柱にもたれ、庭に落ちる雨を眺めながらゆっくりと話すのです。
「一時は太極が滅ぶかどうかというとこまで行ったが、終わってみれば天地のわだかまりも解消されたし、どっちの流派も新しい宗家が立派に立ったし。
 ウツホのことは残念だったが……マサオミやウスベニさんたちにとって一番いい幕引きになった、それが一番よかったよ、俺には」
「本当に、お疲れ様でございました。ヤクモさま」
「俺は別に疲れてないさ。最後は見てるだけだったからな。太極が滅びなかったのは、リクやマサオミや地流の新しい宗家のおかげだ。……それと、ソーマとナズナががんばってくれたおかげだな」
「もったいないお言葉です」
 ナズナちゃんは頭を下げます。その生真面目な動作にヤクモさんは笑い、
「でも、まいったな。俺、そんなに落ち込んでるように見えたのか」
「はい。モンジュさまや姉さまも心配しておいででした」
「とうさんやイヅナさんも? まいったな……」
 繰り返して、ヤクモさんは頭をかきました。
「がらにもなく思い出にふけるものじゃないってことか。……よし! ブリュネたちと修行場でも、」
 そこでやっと、ヤクモさんは零操神機がカラなのに気づきました。
「あのものたちでしたら、先ほど奥へと連れ立ってゆくのを見かけました。なにやらたくらんでいるような顔つきで……」
 そこで一つ小首をかしげたナズナちゃんは、
「もしや、ヤクモさまの気を引こうと、妙なたくらみでも」
 ふいに思い当ったようでした。
 ヤクモさんは快活に笑います。
「もしそうだったとしても、あんまりしからないでやってくれよ、ナズナ」
「ヤクモさまがそうおっしゃるなら……」
 ナズナちゃんがうなずきかけたときです。
「ヤクモ! ヤクモーっ!!!」
 半分悲鳴になった、ヤクモさんを呼ぶ声がしました。
「どうやらナズナが当たりだな。……どうした? タンカムイ!」
「妖怪だよ!」
 庭に面した縁側を回って、5つの霊体がすごい速さで戻ってきます。なるほどそういう手できたか、とナズナちゃんとヤクモさんは一瞬アイコンタクトしました。しかし、
「たいへんじゃないか! どこだ?」
 気づかぬふりで乗ってやるのが人情と言うものです。
「奥の部屋でおじゃる!」
「まさか本当にいようとは」
「凶悪そうなやつが出待ちしてましたよ〜!」
「わかった、俺も行こう」
 駆け出しそうになったヤクモさんに、
「ヤクモさま! 符と神操機を忘れているであります!」
 ブリュネの声が飛びました。苦笑をかみ殺してヤクモさんはホルダーを取りに戻ります。どうせ式神たちの狂言だと思うと、ついつい丸腰で見に行きそうになるのでした。
 ですがここは真剣に付き合うべきでしょう。ヤクモさんは急いで走って突き当たりのふすまを開け、
     中にいたミイラ男と思い切り目が合いました。
 ヤクモさんはとりあえず固まりました。固まりながら、一瞬で考えていました。俺の後ろにブリュネ、タカマル、リクドウ、サネマロ、タンカムイ。全員そろってるじゃないか。
 じゃ、こいつはブリュネたちの変装じゃない!
 一瞬送れてナズナちゃんが悲鳴をあげ、思わずヤクモさんにしがみつきました。
 それで一気にヤクモさんの意識は「天流の伝説的闘神士」のレベルに引き上げられたのです。
「本当だったのか! 行くぞみんな! 式神    !」
「待て!」
 ミイラ男が鋭く声を発しました。聞き覚えのありすぎる声に、ヤクモさんの動きが一瞬止まります。その隙を突くように、
「すまんすまんヤクモ、俺だ」
「……とうさん?」
 もぞもぞとミイラ男が動くと、そのぐるぐる巻きの包帯が取れて、照れた顔のモンジュさんが中から現れたのでした。その後ろから包帯をたぐりつつ出てきたのはイヅナさんです。ヤクモさんもナズナちゃんも、これには目を丸くするばかりでした。
「父上と闘神巫女もヤクモさまを驚かすつもりでありましたか……」
「こりゃ、ブリュネ!」
 サネマロに鋭く止められて、ブリュネは慌てて両手で口をふさぎます。
「やはりそういうつもりだったのですか!」
 ブリュネたちを叱るナズナちゃんを止めることも忘れ、状況が理解できないヤクモさんはぽかんとするばかりです。そんなヤクモさんに、モンジュさんとイヅナさんは顔を見合わせるのでした。
「お前があんまり元気がないものだからな」
「すこし、いたずらをさせていただこうかと」
「い……たずら?」
「まさかお前の式神たちと被るとは思わなかったがな」
 モンジュさんは声をあげて笑いました。
 ヤクモさんは一気に脱力し、社の板張りの床に座り込みます。
「……まあ、何事もないならよかったけどさ。まさかとうさんやイヅナさんがこんな子供っぽい真似するなんて」
「まあ、たまには童心にもどってな」
「はい。季節柄もありますし」
 季節柄?と顔をあげたヤクモさんに、2人は楽しそうに笑いました。
「今は霜降、秋水族の節季だ。で、今日は」
「10月もつごもり、31日でございます」
 首をひねるヤクモさんの横で、はっとナズナちゃんが顔をあげました。
「……モンジュさまも姉さまも何をお考えなのです! ここは社なのですよ!」
 照れ笑いの2人を見て、
「あ」ヤクモさんは思い当たりました。「ハロウィン?」
 ナズナちゃんは深く深くため息をつきます。モンジュさんとイヅナさんは一層笑い、
「トリック・オア・トリート!」
 ぴったり声をそろえたのでした。

07.10.29



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久々のご一行です!
ナズナちゃんにはイヅナさんを
「ねえさま」もしくは「あねさま」
と呼んでほしいと熱烈希望。