+ 続続・天流宗家とヤクモさん +





 ある日のことです。天流闘神士吉川ヤクモさんは、自宅太白神社の石段を登ってくる人影を見つけ、ちょっと身構えました。
「あ、ヤクモさん! こんにちは」
 ほっこらした笑顔で駆け寄ってきたのは、天流宗家の太刀花リクでした。ヤクモさんはやや身構えた姿勢のままで、
「やあ、リク……。今日はどうしたんだ?」
「はい、コゲンタと契約満了してだいぶ経つし、新しい式神と契約しようと思って!」
 やっぱり……とヤクモさんは思いました。3回目です。前の2回は、いずれも微妙にごたごたした後、契約をしないままリクは天神町に帰っていったのでした。
「今度は……どんな式神と契約したいんだ?」
 警戒しつつたずねると、リクは「はい」と意味もなくほほを染めました。
「空を飛べる式神がいいなあって」
「空を飛べる式神?」
「はい。コゲンタは空を飛べませんでしたから、ソーマくんがフサノシンにつかまって空を飛んだり、テルさんがイソロクさんに乗って空を飛んだりしてるの、すごくうらやましかったんです。僕も、式神に乗って空を飛んでみたいなあって」
 ああ、とヤクモさんは納得しました。その気持ちはわかるような気がするのです。
「よし、わかった。式神に乗って空を飛べるやつ……だな。俺に任せてくれ」


「で、何で俺のところに来る?」
 マサオミさんはかなりいやな顔でヤクモさんとリクを見ました。そんな些細なことにはめげず、
「検討した結果、おまえのキバチヨが一番適役だって結論になったからだ」
「乗って空を飛ぶんなら、キバチヨさんの大降神が一番かっこいいって、僕もヤクモさんも思うんです」
 リクが、誰かのおいしい手料理をほめるような幸福な笑顔で言いました。やや斜め上、神流隠れ里を取り巻く森の梢を見上げ、
「大降神したキバチヨさんの背中に乗って空を飛ぶって考えただけで、僕、わくわくしてくるんです!」
 まるでそこに空を飛ぶキバチヨと自分がいるかのように、夢見る瞳になったのでした。対するヤクモさんは闘神士の進退を決する会議に出ているようなまじめな顔で、
「まあ、俺もリクも見たことがある大降神ってキバチヨくらいだからな。
 だが、今キバチヨは他の闘神士と契約している。それをどうにかしなきゃ、リクと契約もできないからな。まずは契約のための下準備をしに来たというわけだ」
 そしてマサオミさんに向け、まっすぐ零神操機を構えたのでした。
「勝負だ、マサオミ!」
「あんた……素でひどいことやってないか……?」
 マサオミさんは半眼でぼやきます。
「第一、キバチヨをフリーにしたところで、必ずリクと契約できるってわけじゃないだろうが」
「ああ。でも、フリーにしとかなきゃ契約できるものもできない」
「さらっと言うな。……よくナズナちゃんが時渡りの鏡の使用許可だしたな」
「ま、その辺は俺がうまく言ったからな」
「威張るなよ」
 ヤクモさんはひるまず、なおも零神操機をマサオミさんに向けました。
「ナズナにいろいろばれないためにも、夕飯までには現代に帰らなきゃならないんだ。さあ、さっさと決着をつけるぞ!」
「ヤクモさんもマサオミさんも頑張ってください!」
 リクが実に無責任な声援を送りました。
と、そこへ、
「Heyガシン! ウスベニが呼んでるよ!」
 上空からひらりと舞い降りた青い影がありました。
「キバチヨさん!」
 リクが目を輝かせます。青龍のキバチヨでした。2人に気づいたキバチヨは「あれ?」と目を丸くします。
「リクに天流の伝説じゃないか。遊びに来てくれたのかい?」
「僕、キバチヨさんに会いに来たんです」
 リクがほっこら笑います。キバチヨも「そうなのかい? 嬉しいなあ、ハハハ!」と明るい笑い声を上げました。
「だったらウスベニにも会っていってあげてよ。ねえ、ガシン!」
「あ……いや……」
 雅臣さんは渋い顔で言葉に詰まります。ふと気づいたリクが言いました。
「そういえばキバチヨさん、戦闘でもないのに降神してるんですか?」
「Yes! ボクはこっちじゃ、大体いつも降神してるよ」
「いつも?! すごいな」
 ヤクモさんが感嘆の声をあげると、キバチヨはおどけて胸をはりました。
「まあね! ウスベニはああ見えてすごい闘神士なのさ!」
 天流の2人は、同時に「あ」と思いました。ちょうどそのとき、
「まあ、天流のお二方? おいでとは存じませんでした」
 木々の間から現れたのは、話題のウスベニさんです。雅臣さんの自慢の姉上は、白魚のような手を口元に添え、大きく澄んだ瞳を懐かしげに細めてリクとヤクモさんを見たのでした。
「ボクに会いに来てくれたんだってさ」
 キバチヨの明るい言葉に、ウスベニさんはもう一度「まあ」と言って美しく微笑みました。そして、
「このようなところで立ち話などなさらず、どうぞ里の館へ。里人が作ったお茶をおいれしましょう」
 そう誘ったのでした。3人は複雑な視線を交錯させます。代表して雅臣さんが、
「いえ、私たちはここで少し話がありますので……。後で参ります。姉上は先にお戻りください」
 ウスベニさんは小首を傾げましたが、
「では、お茶をご用意して待っていますね。ガシン、お二方に失礼のないようにするのですよ」
「じゃ、ボクも館で待ってるよ。Bye!」
 たおやかに去ってゆく桃色の水干を見送り、その背が木々の間に消えてから、リクがぽつりとこぼします。
「そっか……今のキバチヨさんの契約者は、ウスベニさんなんですね」
「どうする、リク」
 ヤクモさんが聞きました。かなり緊張しつつ見守る雅臣さんの前で、リクはしばし考えます。
「そうですね……。ウスベニさんからキバチヨさんを奪い取るなんて、僕にはできません」
 俺からならできたのかよ。と雅臣さんは突っ込もうかと思いましたが、天然スルーされそうな気配を感じ取り、黙っていました。
「ヤクモさん、一緒に来てくれてありがとうございました。でも、キバチヨさんのことは諦めることにします」
「そうか……でも、どうするんだ? 新しい式神は」
「はい。式神を選ぶことはできませんし、縁に任せようと思います」
 最初っからそれしかないだろ。と雅臣さんは突っ込もうかと思いましたが、さっきと全く同じ気配を感じましたので黙っていました。
「そうか。少し残念だな。今度くらいはきみの役に立ちたかったんだが」
「そうですか……あの、僕、思い出したことがあって」
 言いよどむリクに、「何だ?」とヤクモさんは促しました。リクは頬を染めて微笑み、
「あの……実は僕、小さい頃からおねえちゃんがほしかったんです」
 そう言ったのでした。
 ヤクモさんはしばらく、そんなリクを見ていました。そしてひとつうなずくと雅臣さんに向き直り、
「勝負だな、マサオミ」
「ふざけるなぁあっ!!」
 絶叫とともに投げられた符が、辺り一面に大爆発を起こしたのでした。


 一部をのぞいて、神流の里は今日も平和です。

07.5.30



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