+  続・天流宗家とご一行  +





 ある日のことです。天流闘神士吉川ヤクモさんは、実家である太白神社の境内へ続く階段を登っておりました。
 長かった天・地・神3流派の大戦も終わり、今日は幼馴染たちと久しぶりに遊び倒しの一日を送ったのです。
 平和な日々がやってきたことを実感しつつ階段を登っていたヤクモさんは、ふとその足を止めました。階段の一番上に、座っている人影があったのです。


  + 場面1 +

「リク?!」
「あ、ヤクモさん」
 天流宗家太刀花リクは、どうやら階段の一番上でうとうとと眠りかけていたようでした。ヤクモさんの声に顔をあげ、「待ってたんです」と微笑みました。
「だいぶ待たせたみたいだな、すまない。今日はどうしたんだ? 何か事件でもあったのかい」
「いえ、事件じゃないんですけど。実は、コゲンタと契約満了してずいぶん経つし、そろそろ新しい式神と契約しようかなと思って。前にヤクモさんにお願いしに来た時は、なんだかよくわからないうちにまた今度ってことになっちゃいましたから」
「………………」
 ヤクモさんは思わず微妙な顔つきになってしまいました。前回、リクが新しい式神と契約したいと言ってやってきた時には、妙などたばたの末に、「また式神と契約する気になったら来いよ」と言ってかなり強引に帰してしまったのです。そしてどうやらリクは、懲りることなくまた式神と契約する気になったようでした。
「僕、あれからまた考えたんです。どんな式神と契約したいかって、ずっと。そうしたら1つ思い出したことがあるんです」
「思い出したこと?」
「はい。ずっと昔、3歳よりも前の……僕の父のことです」
 ヤクモさんはつい興味をひかれました。3歳より前というならば、1000年前、リクが都で天流総本社にいたころの記憶に違いありません。
「きみの父上ということは、先代の天流宗家か?」
「いえ、宗家は母方ですから。でも、父も闘神士でした。その父が契約していた式神を、おぼろげですけど思い出しました。……もし出来るなら、僕はその式神と契約したいんです!」
 ああ、いいよなあそれ。ヤクモさんは心から同意しました(前科あり)。決意を秘めた目をするリクの肩をぽんと叩き、
「リク、きみの気持ちはよく分かるよ。俺も手伝おう。で、きみの父上が契約していた式神というのは……」
「はい、芽吹のバンナイという式神です」
 リクはにっこりと笑ったのでした。ヤクモさんはあごを落とします。
「え、ええっとリク、もう一度いいかい。芽吹の……」
「バンナイ、です。ハ虫類系の式神だったと思います」
 聞き間違いではないようでした。バンナイさん。バンナイさんなのか。ヤクモさんは思わず胸中で繰り返しました。
「ヤクモさん、会ったことありますか?」
「………あ……ああ………」
 あからさまな歯切れ悪さに気付くこともなく、リクは目を見開きました。
「じゃあ、今誰かと契約してるんですか?! そうか……どうしよう、僕……」
 一気に気落ちした表情になるリクに、待ちぼうけをくらわせた罪悪感も思い出したヤクモさんは「いや、そうじゃないんだ」と思わずフォローに走りました。
「今はバンナイさんはフリーのはずだが…」
「そうなんですか! よかった……」
 たんぽぽのような笑顔に変わり、リクは胸をなでおろします。その一方で、
「あれ? 今ヤクモさん、バンナイさんって呼びました?」
 ヤクモさんの失言にしっかり気付いてきました。
「もしかして、芽吹のバンナイと契約してたことがあるんですか?」
「あ……いや、契約は……」
 言葉を濁してしまったヤクモさんでしたが、そこへいきなり乱入して来た者がおりました。
「ヤクモ様はその芽吹と面識があるでおじゃるよ」
「よく遊びにも行ってるよね!」
「リクもつれていってやってはどうか、ヤクモ」
「賛成であります。今すぐにでも行くであります」
「いや〜、人のためになることをするってのは気持ちがいいですねえ!」
 ヤクモさんの五行の式神たちでした。あっおまえたちちょっと待てとヤクモさんが制止する隙を与えず、
「芽吹のバンナイは、今名落宮にいるんだよ」
「名落宮に住んでいる、珍しい式神であります」
「一度顔を見に行ってみるとよいでおじゃる」
「ヤクモなら名落宮とも自由に行き来できますからね〜」
「うむ、さすが我らの闘神士だ」
 あっという間にリクにいろいろ吹き込みました。吹き込まれた天流宗家は目をきらきら輝かせています。
「ホントですかヤクモさん! お願いします、僕を芽吹のバンナイのところに連れて行ってください!」
 ヤクモさんは20秒ほど沈黙しましたが、
「……ああ」
 結局、そう言う以外に選択肢などなかったのでした。



  + 場面2 +

「ヤクモくん。よく来てくださいました」
 奈落宮の一室です。いつも通り、両手を広げてヤクモさんを迎えたバンナイさんは、ヤクモさんの後ろに見える人影に首を傾げました。
「ヤクモくん、その方は」
「天流宗家のリクです。バンナイさんに会いたいというんで、連れてきました。リク、バンナイさんだ」
「始めまして。太刀花リクといいます」
 きっちりと頭を下げる天流宗家に、バンナイさんは優しく微笑みました。
「芽吹のバンナイです。ようこそ奈落宮へ……というのもおかしいですが。わたくしに何かご用なのですか?」
 穏やかに問い掛けたバンナイさんにリクはうなずきました。少し切羽詰ったような真顔で、
「はい。あの、イッセイという闘神士を覚えてませんか? 僕の父なんです」
「イッセイ!?」
 バンナイさんはまた目を丸くし、それからその目を懐かしげに細めました。
「………覚えておりますよ。彼はいい闘神士でした。そうですか、彼の……。ではあなたがヨウメイくんですか。わたくしがイッセイと契約していたころはあんなに小さかったのに、大きくなりましたね」
「僕のこと、覚えてるんですか?」
「もちろんですよ」
 リクの顔に、雲間から光がさすように笑みが広がりました。
「僕も少しだけバンナイさんのことを覚えてました。父上が降神するところを見せてもらったこととか……」
 2人はにこにこと千年前の思い出を語り合います。盛り上がるその輪から少し離れたところで、ヤクモさんは会話に加わることも出来ず黙って立っておりました。
「いや、いいコンビになりそうでおじゃるな」
「うんうん」
 零神操機から現れたサネマロとタンカムイが嬉しそうにうなずきあっています。
「ヤクモもそう思うでしょ?」
「え? いや……あー、」
 ヤクモさんは言葉を濁します。
 実を言えば、ヤクモさんは内心困惑しているのでした。
 バンナイさんはヤクモさんの友達です。小学生時代、名落宮に落ちたコゲンタを取り戻す手伝いをしてもらって以来、用事があってもなくても、ヤクモさんは頻繁にバンナイさんのもとを訪れ、元気をもらってきたのでした。
 そのバンナイさんが、リクと契約してしまったらどうなるか。ヤクモさんの住む京都とリクの住む天神町は、新幹線を使わなくては行き来できない距離です。ヤクモさんですから符でショートカットも可能ですが、他の闘神士と契約した式神に、頻繁に会いに行くというのはあまり好ましいこととは思えません。
 例えて言えば、お友達が結婚して遠くへ引越ししてしまうようなものです。結婚はおめでたいことですが、契約は別にめでたくもないので、ヤクモさんは正直寂しいばかりなのでした。
 そんなヤクモさんに対し、五行の式神たちはそろって上機嫌です。
「いやいや、めでたいですね〜」
「契約成立であります」
「もっと早くにこうなるべきだったでおじゃるよ」
「宗家たるもの、式神と契約していないというのは、やはり不自然だからな」
「ヤクモもそう思うでしょ?」
「…………あー、いや……」
 またしてもヤクモさんは言葉を濁しました。それから慌てて、
「おい、みんな勝手にリクとバンナイさんが契約するって決め付けてるが、契約したいと思ってできるもんじゃないんだぞ」
 釘をさしました。サネマロが悠然と応えます。
「当然でおじゃるよ。式神と闘神士の出会いは縁でおじゃる」
「我らがヤクモと縁があったのと同じですな」
「そう、我らとヤクモ様には縁があったでおじゃるよ」
「芽吹にはなかったみたいですけどね〜」
「でもさ、これでリクとバンナイの間にも縁が出来たんじゃない?」
「そういうものなのか、縁って……」
 困惑するヤクモさんは、和やかに語り合うリクとバンナイさんの方を見やりました。その視線に気付いたか、バンナイさんが顔を上げます。
「ヤクモくんもこちらにいらっしゃいませんか。ずっと立っていらっしゃるのは疲れるでしょう?」
 微笑んでリクと並んで座っている泉のふちを示します。リクも楽しさを抑えきれない様子で微笑みながら、
「そうだ。ヤクモさんとバンナイさん、どうやって知り合ったんですか?」
 そう尋ねてきました。ヤクモさんとバンナイさんは顔を見合わせます。
「そうですね……。あれは先の大戦のさなかでした」
 バンナイさんはそう語り始めます。ヤクモさんが一度コゲンタを失ったこと、零神操機を目覚めさせるため、バンナイさんがヤクモさんを訪れたこと、零神操機の封印を解いたヤクモさんの前に、マホロバ四転王のひとりが現れたこと。そして、彼を名落宮の底に封じるため、バンナイさんの師であるラクサイ様が姿を消したこと……。
「師はわたくしに後事を託してゆきました。ですからわたくしは、ヤクモくんの行く末を見届けながら、この場所で師を待とうと決めたのです」
 そう語り終えたバンナイさんに、リクは目を見開きます。しばらくの間をはさんで、
「……今も待っているんですか?」
「ええ、今も待ってはおりますがそれは、」
「そう、ですか」
 リクはうつむいて少し考えました。それからヤクモさんに向き直ります。
「ヤクモさん、僕、やっぱりやめておきます」
「えっ」
と言ったのはヤクモさんだけではありませんでした。零神操機から次々に五行の式神が飛び出してきます。
「どうして? リク」
「芽吹と契約するべきでおじゃるよ」
「考え直せ、宗家」
「ここは名落宮だし、強く願えばきっと契約出来ますよ〜!」
「そうであります。すぐに作戦遂行するであります」
 式神たちの熱烈な勧めにも、しかしリクは頭をふりました。
「出来たとしても、僕はしたくありません。バンナイさんがラクサイ様を待っているように、ラクサイ様もバンナイさんが待っていてくれるのを信じていると思うんです」
 生真面目な顔で言い、バンナイさんが「あの、」と言いかけるのを手で軽く制して、
「今日はありがとうございました。父のこと、たくさんお話を聞けて、僕、すごく嬉しかったです。また来てもいいですか?」
 バンナイさんはリクの唐突な言葉に瞬きしてから、
「はい、もちろんですよ。ぜひおいでください」
 穏やかに応えたのでした。リクはぺこりと頭を下げます。
「じゃ、僕、そろそろ帰らないとおじいちゃんが待ってるので、失礼します。ヤクモさん、ありがとうございました」
「あ、ああ。じゃあ」
 ヤクモさんは符で、太刀花家の社へ続く道を開きます。リクは一度バンナイさんを振り返り、それからまた深く頭を下げて帰ってゆきました。ヤクモさんたちは無言で見送ります。
「せっかくのチャンスだったのに〜」
「オチをつけずに引っ込んじゃあダメなんだよなあ」
「われらがこれだけサポートしたというのに」
「まったくでおじゃる」
「何のために名落宮まで来たでありますか」
 障子が閉まったとたん、一斉に言い始めた五行の式神たちは、
「おまえたち、何か企んでたのか?」
 ヤクモさんの声にぴたっと静かになりました。
「……別になにも企んでいないでおじゃるよ、たぶん。さ、戻るでおじゃるよ」
 サネマロの号令一下、さっさと零神操機に戻ってゆきます。
 あとにはバンナイさんとヤクモさんが残されました。
「ヨウメイくんはわたくしになにかご用があったのではありませんか?」
 バンナイさんが首を傾げます。ヤクモさんは「いや、えっと」とまた言葉を濁し、
「そういえばラクサイ様遅いな。今日はどこまで散歩に行ってるんだろう」
 思い切り話題を変えました。バンナイさんは不審に思うそぶりも見せず、
「最近はよく遠出なさるのですよ。ヤクモくんがいらっしゃらないとつまらないとおっしゃって」
と応えます。ヤクモさんは「ははは」と笑いつつ、内心では遠出に感謝しておりました。
 もちろんヤクモさんは、今バンナイさんが待っているのは『ラクサイ様が散歩から帰ってくること』であることを知っています。神流との大戦が始まる前に、ラクサイ様が名落宮の奥底から戻ってきたのも知っています。何しろ、零神操機の封印を再度解いた時には、すでにラクサイ様は戻っていたのですから。
 そして、あれだけの話を聞いたリクが、ラクサイ様は未だ名落宮の奥底で、その帰りをバンナイさんが待ち続けていると誤解したのも知っていました。その誤解を解く気は、実はヤクモさんにはないのです。
 ……誤解させたままでいいや。本当のことに気付く前に、さっさと他の式神と契約させてしまおう。
 そんなことを考えてしまうヤクモさんなのです。
「バンナイさん、俺もそろそろ帰ります。遅くなるとイヅナさんが心配するので」
「そうですか、ではまたお越しください。お待ちしておりますよ」
「ハイ。必ず」
 いつものあいさつをかわし、ヤクモさんは来た時とはうってかわった上機嫌で、奈落宮を後にしたのでした。




 ― 完 ― 

06.8.2



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ゲームのほうで、バンナイさんがイッセイの式神として出ていたので。
父上の式神役というより、プレイヤーのための解説役でしたが。
でもバンナイさん好きなので、リク父の式神だと嬉しいなあ。
あ、ブリュネたちの行動理由については『名落宮のご一行』にて。
……うちのブリュネたちはやきもち焼いてばっかです。