+  地流宗家とご一行  +





 ある日のことです。地流闘神士飛鳥ユーマは、とある天流の社に来ておりました。その瞳にはいつも以上に強い意思が燃えています。彼は今、最強と名高い天流の伝説的闘神士に戦いを挑まんとしているのでした。


  ・ 場面1 ・

 鳥居をくぐるなり、ユーマは叫びました。
「出てこい、天流の伝説! この飛鳥ユーマが相手だ!」
 闘志に満ちたその声に、石畳の真ん中で立ち話をしていた和装の二人がこちらをふりむきました。それぞれ竹箒を手にしているところからみて、どうやら境内の掃除をしながら他愛ない雑談に花を咲かせていたようです。こちらを見る二人には緊張のかけらもありませんでしたが、ユーマには彼らが自分と同じ闘神士であることがすぐわかりました。
 ……こいつが、天流の伝説か!
 ユーマは思います。二人のうちどちらがそうなのかはすぐわかりました。むろん眼鏡にあごひげを生やした、若々しくも貫禄のある中年男性の方でしょう。というのももう一人のほうはまだ若い、ユーマといくつも違わないほどの少年だったからです。伝説と呼ばれる闘神士が、そんな若いはずはありません。
「貴様が天流の伝説か! 神操機を抜け!」
 中年男性に人差し指をつきつけたユーマに、若いほうがたもとに手をつっこみつつ口を開きかけましたが、それより早く『天流の伝説』が「まあ待て」と彼を制しました。
「ここは俺に任せろ、ヤクモ」
「とうさん」
 若いほうが目を丸くします。その言葉を聞いて初めて、ユーマはこの二人がとてもよく似ていることに気付きました。どうやら親子のようです。
『天流の伝説』は余裕ある笑みを浮かべ、竹箒を肩にたてかけたまま言いました。
「飛鳥ユーマくんと言ったか? 地流本部から京都まで、はるばるご苦労だったな。せっかくの挑戦状だが、うちは見ての通りしがない社でね。一般の参拝客も来る。境内の真ん中で堂々と戦うわけにはいかないんだ。まあゆっくりお茶でも飲んで、おとなしく帰ってはもらえないか?」
「ふざけるな!」
 ユーマの応えは一つです。
「大まじめに言ってるんだがな……満願成就のお守りもつけよう。おみくじ一回タダでも…」
「戯れ事を言うな! さっさと神操機を抜け!」
 やれやれ、と『天流の伝説』は苦笑しました。
「俺が相手になってもいいが……境内で騒ぐと叱られてしまうかな」
「とうさん」
 息子の方がまた呼びます。『天流の伝説』は彼を見て薄く笑い、
「心配するなヤクモ、まだまだ隠居には早いさ。符だけでも、地流の若いのに負けはせん」
 その言葉にユーマは一気に血を頭に上らせました。
「符だけだと? ふざけるな天流! この飛鳥ユーマ、二人掛かりでもかまわん!」
 怒声を浴びせ掛けます。しかし『天流の伝説』は動じる気配もなく、
「さて、どうするかな……」
 あごに手を当てて考え始めました。




  ・ 場面2 ・

 と、息子のほうの袂から、すうっと現れた霊体がありました。
「なあに、『天流の伝説』たる父上が相手するまでもないでおじゃるよ。地流の未熟者の相手など、父上の下っぱの我らで充分でおじゃる。そうであろ、ヤクモさま」
 榎族の式神でした。何か企んででもいるかのようににやにやするお猿に、息子の方が「こらサネマロ、おまえな……」とあきれた声を出します。続いてもう一体、
「そうそう! 前座のワタクシたちに任せて任せて! 『天流の伝説』はどーぞでーんと構えていて下さい!」
 黒鉄族の式神が現れます。ユーマが思わず目をこすったのは、その2体がどちらも息子のほうの袂から出てきたように見えたからでした。式神は一人一体と相場は決まっています。どちらかが『天流の伝説』の式神のはず……とユーマは思ったのですが、
「うむ、この者はわれらで追い返して、『天流の伝説』どころかその子どもにすらかなわなかったと地流に報告させるであります」
 さらにもう一体、同じ袂から青龍が現れました。あまつさえそのあとから、
「……? 皆の言ってること、よくわかんないや。だって『天流の伝説』ってモンジュさんじゃなくて……」
「タンカムイ、少し待て」
 いぶかしげな顔の消雪族と、その大きな口を後ろからおさえた雷火族が現れたのです。ユーマはあっけに取られてしまいました。式神が合計5体。一体が息子の、一体が『天流の伝説』のだとしても、あと3体は確実に余分です。しかも、じっと見てみても5体はやはり同じ一人の袂から出てきたようにしか見えなかったのでした。
 雷火が消雪になにやら言い聞かせているのをさりげなくユーマの視線から隠し、
「さあ、我らが相手になるであります!」
「まあ楽勝でおじゃろう。言うておくが、後ろの父上は我らよりさらに強いでおじゃる」
「泣いて帰るのも芸の肥やしってね〜」
 青龍と榎と黒鉄が前に出ました。ユーマには榎がかなり楽しそうにニヤついていることに気付く余裕もありません。5体の式神が一人の闘神士の袂から出てくるなどという状況は、経験したこともないのです。
「ほれ、さっさと神操機を抜くでおじゃる」
 先ほどのユーマのセリフで茶化した榎の一言に、
「……なめるな! 式神、降神!!」
 ついにキレてしまいました。と、
「白虎のランゲツ、見参!」
 障子の間から飛び出してきたランゲツを見たとたん、『天流の伝説』たち2人から一気に余裕が消えたのです。息子の方が目にも止まらぬ速さで袂から出した神操機を振りました。
「とうさん下がって! いくぞみんな、式神、降神!」
 現れた障子の向こうから『天流の伝説』が叫ぶ声も聞こえます。
「待てヤクモ、無理をするな!」
 そしてランゲツもひるんだような声を上げたのでした。
「ぬっ?! うぬら、まさかあの時の……」
「何だ? どうした、ランゲツ!」
「気をつけろユーマ! こやつら……」
 切羽詰ったランゲツの声をさえぎって、
「消雪のタンカムイ!」
「雷火のタカマル!」
「榎のサネマロ!」
「黒鉄のリクドウ!」
「青龍のブリュネ!」
「「見参!」」
 五重奏が聞こえました。障子の向こうから次々に式神がとび出してきたのです。
「式神が五体?! 伏兵か、卑怯な!」
「ユーマ、わしの話を聞け!」
 ランゲツは言いますが、ユーマにも悠長におしゃべりしている時間はありません。さらに、
「タンカムイ!」
「はい!」
「タカマル!」
「はっ!」
 五色の光がランゲツの周りを飛び交い、あっという間にランゲツは五芒星の内側に閉じ込められてしまったのです。
「何だこれは?! ランゲツ!」
「ユーマ! 印を切れ!」
「無駄だ! もはやこの技から逃れることはできない!」
 切った印は五芒星に阻まれ消え去りました。「バカな!」ユーマの焦った声、「ユーマ!」ランゲツが吠える声、そして若い闘神士の「刹管相輪……」という叫びを、
「……ヤクモさま」
 ドスの利いた声がさえぎりました。
 ぴたっと動きの止まった若い闘神士の背後……社のほうからしずしずと歩んできたのは巫女さんです。たいへんにたおやかな動きで近寄ってきた彼女は美しい微笑を浮かべました。
「境内で暴れるのはおやめくださいと、何度申し上げました?」
 息子のほうは一声もありません。しかし一方で、ランゲツを閉じ込めていた五重塔がすうっと解け、5体の式神たちがそそくさと彼の神操機に戻ってゆきました。構う様子もない巫女さんは重ねて、
「そちらにいらっしゃるのはお客様ですか」
「……うん」
 一気に幼い声になった彼の横を通り抜け、巫女さんはユーマの前まで来て立ち止まりました。
「ようこそいらっしゃいました。……ところで、ここがどこかはおわかりですね?」
 笑っていますが、声は凍っています。静かなる般若、とでも申しましょうか。その圧倒的なプレッシャーに、ユーマは気圧されるのを感じました。返事も出ないユーマに、巫女さんはますます迫力のある笑みを深くします。
「ここは一般の方もいらっしゃる社です。……おわかりになりますか? ちょっとそこにお座りください。ヤクモさま、モンジュさま、お二人もです」
 その声に、こっそり逃げようとしていた闘神士親子がびくっと立ち止まりました。


 二日後、京都から戻ったユーマが地流本部で目撃されました。それは勝手な行動を叱ってやろうと待ち構えていた直属の上司ですら声を掛けることをはばかられるような、憔悴しきった姿だったといいます。
 ひそかにユーマの単独行動に関する情報を仕入れていた彼の上司は、あらためて天流の伝説への警戒心を募らせたのでした。


 世の中には、知らないほうが幸せなこともあるのです。



 − 完 ー 

06.3.06



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コミックス3巻入手記念。……と言い張ってよいものか……。
ラストシーンが加筆されてましたが、ううむ、本誌掲載時のほうが好きだったかも。
とりあえずツクヨミさん再登場シーンが見れたので大満足。
ツクヨミさんも書きたいけど、かっこよすぎて書けないです。