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修羅場中のご一行 +
ある日のことです。天流闘神士吉川ヤクモさんは、伏魔殿で、神流闘神士ウスベニさんに抱きしめられておりました。
と言っても先に抱きついたのはヤクモさんのほうで、それには心音を確かめるという大義名分があったにはあったのです。それを知ってか知らずか、ウスベニさんは邪悪な笑みを浮かべたのちヤクモさんを雰囲気たっぷりに抱きしめ返したのでした。目撃者となったウスベニさんの弟が「ヤクモめ、俺の姉上を盗る気か!」と瞬間沸騰するのは仕方のないことなのです。
・ 場面1 ・
「いやーっ!」
そう叫んでウスベニさんはヤクモさんを放り出しました。さっきまで嬉しそうにヤクモさんを抱きしめていたのを忘れたかのようにあわれな声音で、
「ヤクモが、仲間になれば呪いを解いてくれると言うのです!」
大嘘を弟に吹き込むのです。マサオミさんの脳内では当然のごとく「ヤクモが、自分とつきあうなら呪いを解いてくれると言うのです!」と即座に変換されてしまうのでした。なぜって、マサオミさんにとってのウスベニさんは、そりゃあもう才色兼備性格最高、パーフェクト美人なのですから。マサオミさんは世界中の男がウスベニさんを狙っていると思っているのです。もちろんヤクモさんだって例外ではありません。
「おのれヤクモ! 姉上をたぶらかそうったってそうはいくか!」
マサオミさんは怒り心頭でヤクモさんに叫びました。たおやかな女性とも思えない怪力で突き飛ばされ地面に転がったヤクモさんには正直「何の話だ」という感想しか出ませんが。
「とぼけるな!」
頭から湯気を出しているマサオミさんをとりあえず放置し、ブリュネにかばわれたヤクモさんは何とか身を起こします。ヒートアップするマサオミさんは、相棒青龍のどこか白々した視線をあびつつ叫ぶのでした。
「姉上と付き合いたいならまず俺を倒してゆけ! その後にはたぶんタイザンも控えてるからな!」
……なんだ、この人すっごく面白いじゃないか。これがシスコンってやつか? 俺もイヅナさんがいるから分からないでもないけど、ちょっと熱くなりすぎだよなあ。
ヤクモさんは一瞬なごみかけ、それから妙な濡れ衣を着せられていることに気付きました。
「俺はその人をたぶらかそうなんてしてないぞ」
「嘘をつくな! 天流め、生かして返さん!」
「……ボクにまた名落宮に落ちろと」
「安心しろキバチヨ、すぐ迎えに行ってやる」
「それはフォローのつもりかなマサオミくん」
姉上を愛するあまり、式神との絆にヒビが入りかけているマサオミさんに、ウスベニさんが泣きながらすがります。
「助けておくれ雅臣。殿方にぎゅっと抱きしめられてしまっては、わたしはもうヤクモのお嫁さんになるしかないのです」
「なっ……!」
マサオミさんは絶句します。頭の中ではもう、借金のカタにとられてしまう姉上と悪徳高利貸しのヤクモさん、くらいのキャスティングで昼メロが始まっています。もしくは水戸黄門辺りの定番時代劇でしょうか。
「姉上、泣かないで下さい。私がヤクモの息の根を止めてみせましょう。そしてお嫁になど行かず、ずっと姉弟2人で支えあって生きてゆけばよいことです。いやむしろそのほうが」
「息の根止めるのは自分でやってよねマサオミくん。しかも今の未来図、ナチュラルにボクの存在抹消してたでしょ」
「あ、いや、キバチヨはいて当たり前だからな。タイザンとかの牽制にも不可欠だし」
「マサオミくん? キミが現代でどんな自堕落な生活してたか、ウスベニにばらしちゃってもいいんだね?」
「悪かったキバチヨそれだけは」
いきなり式神にぺこぺこ頭を下げまくるマサオミさんを見つつ、やっぱり面白い人だなあ、同じクラスだったら学校生活がもっと楽しくなってただろうに、と、ヤクモさんは和みました。というより傷が痛いのであまり深い思考ができないのです。
・ 場面2 ・
「ちょっと待つであります!」
高らかに声をあげたのは降神されさっきまで戦っていたブリュネでした。
「黙って聞いておれば勝手なことを。ヤクモ様は神流ごときに婚姻を申し込んだりしないであります」
「神流ごときって言い方もないと思うが……」
怪我を負ったヤクモさんの声はいつもより弱々しく、ブリュネの耳までは届きませんでした。
「ヤクモ様と結ばれるのはナズナ殿であります。あの凛とした闘神巫女っぷり、ヤクモ様の花嫁にふさわしいであります」
ウスベニさんはきょとんとしただけですが、マサオミさんとキバチヨとヤクモさんは凍りつきました。
「ヤクモ、おまえ、あのナズナを……?」
「Lolita complex……?」
「ブリュネ! おまえ何を考えている!」
「……ちがったでありますか?」
青くなった天流青龍使いが契約青龍を問い詰めている間、
「雅臣、ナズナとはあの小娘ですか? 今の異国語は……?」
問い掛けたウスベニさんに、
「姉上は知らなくてもいいのです!」
「そうそう!」
青くなった神流青龍組が、ウスベニさんに必死の言いくるめを敢行しておりました。数分後、
「驚かせてすまなかった、うちの青龍、闘神士は巫女と結婚するものだと思っていたらしい。ただの誤解だ」
「そ、そうだよな。それならいいんだ」
「sorry、ボクも取り乱してひどいことを言ったよ」
ようやく落ち着きを取り戻したヤクモさんとマサオミさんとキバチヨは互いに非を認め合い、さりげない友情を芽生えさせておりました。ところでブリュネの姿が見えないのはどうしたことでしょう。
と、
『はいはいはいはい!』
いきなり挙手のポーズで零神操機からリクドウが現れました。何事かと思わず見守ってしまった一同に向かい、嬉しそうな早口でまくし立てます。
『タンカムイが実は女の子で、最終回にヤクモと電撃入籍ってオチはどうでしょう! 予想外の大どんでん返し!』
あたりにはしばらく静寂のみが漂っておりました。数分後、
「……すまない、うちの連中のことは気にしないでくれ。悪ノリしやすいだけで、根は悪いやつらじゃないんだ」
「ああ、それはわかるんだけどな」
「うんうん、よくわかるよ」
殊勝に頭を下げるヤクモさんを、マサオミさんとキバチヨは穏やかに受け入れておりました。ところでリクドウの姿も見えないのはどうしたことでしょうか。
「雅臣、なぜ天流などと仲良く話しているのです。ウツホ様のためにも、ヤクモを討ちなさい!」
よく分からない話が一段落したと見て、ウスベニさんがマサオミさんをたきつけます。マサオミさんは現状を思い出したらしく、慌てて神操機を構えました。
「そうだった、姉上に不埒なマネをしたやつを生かしておくわけにはいかない。覚悟しろ、天流のヤクモ!」
「あのねえマサオミくん、もう一度言うけどね」
「キバチヨ、おまえは平気なのか、姉上に手を出すやつを地獄に落としてやりたくはないのか!」
「…………雅臣。ボクがさっき言ったこと、覚えてる?」
「自堕落な生活か? ばらせるものならばらしてみろ、おまえだって共犯だ!」
ざく。
と音がしました。キバチヨがいきなり逆鱗牙を地面に突き刺したのです。あれ?という顔でわめき散らすのをやめたマサオミさんは、なんとなくそーっとうつむき加減のキバチヨの表情を覗き込もうとしたのですが、
「……どう見てもおかしいだろ、さっきからのウスベニの行動! あれがボクたちの大好きだったウスベニだってキミは本当に思ってるのか! それでもキミはウスベニの弟なのか!」
とうとうキバチヨの堪忍袋の緒が切れたとみえます。在りし日の姉上を思わせる気迫で叱りつけられたマサオミさんは一気に腰が引けました。
「そっ……ソーリィキバチヨ、リラックスリラックス……」
「黙れ! ボクはウスベニの式神だ! ウスベニが偽物か本物かも見分けられないやつのことなんか知るか!」
必死でなだめようとするマサオミさんと、その手を振り切りどこかへ飛んで行ってしまおうとするキバチヨとの間で緊迫した攻防が始まりました。傷も痛いのでぼけっと見ていたヤクモさんでしたが、
『ヤクモ。討って出るべきではあるまいか?』
零神操機からタカマルの声がしました。
『敵の仲間割れに乗じるのは勝つための定石でおじゃるよ、たぶん』
『朱雀くらい、ヤクモとボクたち3人の敵じゃないよ!』
サネマロとタンカムイも声をそろえます。それにしても二人ほど足りないのはどういうわけでしょう。
ヤクモさんはしばし考えました。
「……そう、だな。勝つための戦い方は必要だもんな」
ウツホを止めなくてはなりませんし、リクに伝えなくてはならないこともあります。なにより傷が痛いから早く終わらせて帰りたいのです。
「木克土だな……。サネマロ頼むぞ、式神降神!」
ヤクモさんの視界の端で、目を丸くして弟と式神の修羅場を見ていたウスベニさんがはっと気付いて振り返りました。上空では、朱雀のバラワカが頬をひきつらせ、未だ眼下の醜態に目を奪われています。
……なんか結構、楽勝そうな気がするな……。
左手で痛む腹をかばいながら、ヤクモさんはぼんやりとそんなことを考えました。ただし右手は容赦なく高速印入力です。サネマロが軽やかな動きで槍を振り上げました。
ヤクモさんが直接リクに言葉を伝えられる時も、そう遠くはなさそうです。
− 完 ー
05.11.05