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お誕生日のご一行 +
ある日のことです。天流闘神士吉川ヤクモさんは、伏魔殿探索を一休みし、実家の新太白神社に戻ってきていました。季節は秋にさしかかり、日差しの強さとはうらはらに涼しい風が吹いているのでした。
ヤクモさんとしては神流の動向がとても気になるのですが、定期的に戻ってくるようにとモンジュさんにもイヅナさんにも言われているので、毎回ちゃんと次に戻る日を約束して無事な顔を見せるようにしているのです。
・場面1・
さて、久々に実家の前に出たヤクモさんは、そこに予想外の人物を見つけ、少し驚きました。
「リク?」
思わず声をあげると、ほうきを動かしていた彼はぱっと振り向きます。
「ヤクモさん! こんにちは。待ってたんです」
「今日は確か土日じゃないだろう。中学校はいいのか?」
自分のことをたなにあげています。ともあれ新太白神社の前庭で竹ぼうきを手に立っていたのは、天流宗家の太刀花リクだったのでした。
「秋分の日で休みなんです」
リクはにこにこと笑い、ヤクモさんも「ああ」と納得しました。石畳はきれいに掃き清められ、落ち葉がリクの足元で山を作っていました。自分ちの社でもないのにほうきを持って掃除しているあたり、とても感心な子です。
「天神町からわざわざ京都まで来るなんて、何か困ったことでもあったのか?」
心配して尋ねたヤクモさんでしたが、リクはちょっとはにかんだように笑ったのでした。それから、
「ヤクモさん、そろそろ誕生日ですよね。おめでとうございます!」
ヤクモさんはちょっとびっくりしてしまいました。
「よく俺の誕生日なんか知ってたな」
「コゲンタから、ヤクモさんの節季は秋分だって聞きました」
「ああ、なるほど……」
不意にリクの左肩ななめ上にコゲンタが現れ、「へへっ」と笑みを浮かべました。ヤクモさんも思わず笑い返すと、白虎はますますいたずらっぽい笑いで顔をいっぱいにし、そしてすっと消えたのでした。
「それで、プレゼントというのもなんですけど、バースデーケーキを焼いてきました」
リクはそう言って、社の階段に置いてあった箱を手にとり、差し出しました。ヤクモさんはまたまたびっくりです。
「ケーキ? 君が自分で焼いたのか? すごいな」
「ヤクモさんの口に合うといいんですけど。ヤクモさん、ししゃもは好きですか?」
「……………嫌いじゃ、ないが」
「じゃあよかった!」
ケーキを手渡されながらししゃもの話をされることが、こんなに不安をかきたてられることだとは、ヤクモさんは今の今まで知りませんでした。じわりと恐怖が湧いてくるのを自覚しつつ、ヤクモさんはケーキ(仮)の箱を受け取ったのでした。
・場面2・
と、いきなりヤクモさんの零神操機からタンカムイが顔を出しました。首をひねりつつ2人に問い掛けます。
「タンジョウビって、何?」
まだ若い式神である彼は、人間のことをあまりよく知らないのでした。さらに言えば式神と人間の常識は微妙に違うので、
「俺の生まれた日のことだよ」
「生まれた日? 生じた日のこと? ヤクモが生じたのはもう何年も前じゃないの?」
ヤクモさんの説明もよく分からないのでした。
「人間の節季のことでおじゃる」
続いて零神操機から出てきたのはサネマロです。そんなざっくりした説明でタンカムイは納得し、「それっておめでたいの?」とさらに尋ねました。
「うん、すごくおめでたいことだよ」
すぐに応えたのはリクでした。
「だって、天流の伝説の闘神士が生まれた日なんだよ。一人で伏魔殿探索ができるくらい最強だし、誰も真似できないくらいの符の達人だし、ヤクモさんは本当に完璧な闘神士なんだよ。そんな人が生まれた日って、すごくおめでたいよね?」
ああ、確かに、とタンカムイは納得してしまいましたが、ヤクモさんはちょっとひきつりました。
「ええっと……リク、俺はそこまでは……」
「僕もいつかヤクモさんみたいな、すごくすごく立派な闘神士になれるようがんばります!」
ヤクモさんの顔は微妙な半笑いになります。
「前から思ってたんだが、リク、俺のことちょっと誤解してないか?」
「いいえ、大丈夫です!」
そう自信持って断言されるとお兄さん不安だなぁ、というのがヤクモさんの本音でしたが、言っても仕方ない気がしたので言いませんでした。
「……コゲンタ、おまえリクに昔の俺のこと話してるか?」
「いや、あんまり」
「話しとけ、包み隠さずにな……」
遅刻魔だとか「チカミチ!」だとか。そんなことをぼそぼそと話し合うコゲンタとヤクモさんに、リクは手招きします。
「さっきイヅナさんに会ったとき、お茶の用意をしておいてくれるって言ってました。食べましょう、ケーキ」
ヤクモさんははっと現実に引き戻されました。リクの言うケーキというのは今ヤクモさんの手の上にある箱のことでしょう。なんというか微妙な匂いがしているのですが、それをかいだタンカムイ(種族:イルカ)が「おいしそうだねえ」とか言っているのが非常に不安なのでした。
「食べるのか? 今すぐ?」
「はい、ケーキは生ものですから」
どういう類の生ものなのか考えると、ヤクモさんの胸には暗雲が立ち込めるのです。
「あとにしないか? えーっと、……どうせならとうさんも一緒に。この時間なら夕飯の買い物に行ってるくらいだろ?」
ごめんとうさん、俺はわが身かわいさにとうさんまで犠牲にしようとしているよ。孝行息子はそんな風に思って自己嫌悪に陥りましたが、湧き上がる恐怖の前には仕方ありません。しかしそんな一時凌ぎは、
「モンジュならさっき戻って来てたぜ。おまえが帰ってくる約束だからって」
コゲンタの一言で叩き潰されたのでした。二の句の継げないヤクモさんに、リクは微笑むのです。
「そうですね、みんなで食べましょう。あ、でもモンジュさん、もずくは好きかなあ」
「…………嫌いじゃ、なかったと思うけど」
「そうですか、よかった!」
リクの笑顔はまるで春の陽だまりのようでした。その笑顔を曇らせるのは非常に悪いことのように思えましたので、ヤクモさんはもずくについて詳しい説明を求めるのをあきらめました。
君のほうがよっぽど最強だよリク。これが宗家の力か……。
ヤクモさんは散りゆく落ち葉を見上げ、感慨にふけりました。
せっかくの誕生祝いだというのに、新太白神社のはかない平和は終了カウントダウンに入ったようです。
− 完 ー
05.09.23